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378 案ずる




――――――――

―――――――――――――




「皆怪我なく無事でいてくれるといいんだが……」



 刀士郎に刀を運んでほしいとレインに頼んだ後も、私はそわそわと落ち着かなかった。

 西支部と屋敷が襲撃されたのは全くの想定外。

 だがまさかサピエンティア邸にまで刺客が向けられ、義勝と女王が手を結びアカツキの国境付近でも戦闘開始、ヴェントゥス公爵たちがやってくるなど…………こんなにもめまぐるしく状況が変わるとは思いもしなかった。


 この一夜で、きっと全てが変わるのだろう。

 私一人何もできずにベッドに横になっているなんて本当に不甲斐なく情けなく――――――



『あなたはもう十分動きました。これ以上はドクターストップ。ゆ~~~~っくり寝てて』

『だが…………』


 レインの言葉を、素直に受け取ることはできなかった。

 私はただ斬れるものを斬っただけ。

 重要なことはむしろこれからだろう。


『私は何と役立たずな…………』

『あ、そうだ、いっそもうアカツキに帰ってもいいんじゃない?』

『いやそれは……! できれば最後まで見届けさせてはもらえないでしょうか!?』



 第一、まだシドのことも何とかなっていない訳だし……まあ義勝があれだけシドの面倒を見ているならもう大丈夫とも思えるが、それでも気になるものは気になる。

 そう、刀士郎のことも不安なままだ。


『刀士郎は一人で突っ走っているらしい。元々そういうタイプと団員たちは言っていたが……私はあまりそうは思えない。あの子は元々の元々はとても協調性があって優しい穏やかな良い子――――』

『あいつのガキの頃のことなんて興味ないよ』

『しかも話によると竹刀? 木刀? それで銃弾飛び交う戦場をくぐり抜けるというのはとても無理があるし……』

『もういいじゃん放っときなよあいつのことなんて。何とかなるってば』

『いやでも……いくら腕が立つとは言えもし万が一のことがあったら……』


 懇願すると、レインは苛立ったように視線を逸らした。




『レイン?』

『…………………………あいつのことは、心配するのに』

『え?』


 レインはガシガシ髪を掻きむしり、『……だっさ』と舌打ちした。


『あ~も~~何でもないよ。で? 何だっけ、刀を―――――』

『心配……。す、すまない……心配より、信頼の方が上回ってしまった』

『……………………は?』


 レインは目を丸くして私を凝視した。

 私は申し訳なさに自然と肩が丸くなる。


 うっかりしていた。

 レインが嫌がるのも当然だ。

 誰も危険な場所になんて行きたくない。


『レインはこの中で一番腕が立つ。だからと……甘えてしまった。お前の実力は間違いない。突っ走った刀士郎と対等に協力できるのは、お前だけだと思ったんだ。だから…………いや、本当にすまない。それでお前を戦場に放り込んでいい理由には――――』

『別に、戦場だろうと地獄だろうと今更怖くもなんともないよ。ただ…………』

『ただ?』


 レインは少し迷うような素振りを見せた後、私にずいっと顔を近づけた。


『…………あそこにいる、騎士サマたちより私が強い?』

『ああ、カノンやルベルより、お前の方が実力は上だと思う』

『信頼してる?』

『? ああ、そうだな、皆信頼しているけれど、お前のことは特別信頼しているよ』

『…………ふうん』


 レインの口角が僅かに上がる。

 それから長い指で口元を隠し、『……刀士郎は?』と続けた。


『うーん……それはわからない。同じくらいかな。だが、今の刀士郎より、お前の方が強いかもしれない』


 正直に伝えると、レインは少し驚いたように目を見開いた。


『今の刀士郎は……とても脆い。心の方が、ほんの些細なことで壊れてしまうのではないかと心配になる。いつかの私のようだ』

『…………』

『木刀で戦うのも何か理由があるのだろう。だが、あいつはそれで自分が傷ついてしまっても構わないと、本気でそう思っているのではないかと……。それが、怖い』

『………………』

『すまない。私もどうかしていた。だからと言ってお前に甘えていい訳では――――』

『……いいよ、別に。あなたなら、いくら甘えても』

『へ?』


 驚いて顔を上げる。

 レインは夜闇に溶け込むような、真っ黒なロングコートを羽織った。


『ただし、条件がある』

『条件?』

『あなたは、今夜、この先何があってもどんなとんでもないことが起ころうとも、絶対にベッドで大人しくしていると誓いますか?』

『え?』

『誓いますか?』

『あ、ああ、誓う……』


 頷くと、レインはふっと優しく微笑んだ。


『じゃ、大人しく待っててね。…………師匠』







 そしてレインが出て行って、しばらく経つ。


「大丈夫ですよ。皆うまくやっています」

「ルベルの言う通りっすよ。エイトさんもいるし、隊長たちもすげえ人たちばっかりだし……。絶対、大丈夫です!」


 ルベルもカノンも私を安心させるように力強く断言し、サクラも「そうですよ!」と頷く。


「エイト様はとても優秀な方ですもの。皆さんが来て下さったのですから大丈夫です」


 三人は私の護衛として部屋に残ってくれていた。

 サクラは少し緊張した面持ちで、私の額の汗を拭う。

 手が僅かに震えていた。顔色もいつもほど良くはない。なのに……


「フレア様、お加減の方は本当に大丈夫ですか? 何でも仰ってくださいね」




 私のために、優しく微笑んでくれる。




 …………不思議だ。

 記憶はないのに、心桜とサクラは別の人間なのに……

 彼女の考えていることが、不思議とわかってしまう。



「じゃあ…………手を繋いでくれる?」

「え?」

「そしたら不安な気持ちも吹き飛ぶかなって」

「! はい、もちろんです!」


 手を繋ぐと、温かいものが掌から心を満たした。


「……ありがとう」

「いえ……いえ……私こそ」


 彼女は私の手をぎゅっと握り返した。


 サクラだって、本当は皆の事が心配で堪らないのだろう。

 なのに、私のためにそれを隠してくれている。


 微笑みかけると、彼女は泣きそうに顔を歪めた。

 その時――――……




「ええいうるさい!! フレアが寝込んでいるのにぎゃあぎゃあ騒ぐな!!」

「うるさいのはお前だろう!! 起きたらどうするんだ!! お前のせいだぞ!」

「いいやお前のせいだ!!!」

「お二人とも落ち着いてください!!」



 この声……

 廊下から、非常に騒がしい声が聞こえた。

 ルベルがくいっと眼鏡を押し上げ、表情を険しくする。



「ルベル……今のは……」

「本当にどうしようもない……」


 ルベルは扉を開けて「お静かに!!!!!!」と怒鳴った。窓が震えるような大声だった。



「あ、ああ、ルベル、すまない……」

「ご、ごめんなさい……」

「申し訳ない……」

「イグニス公爵もサピエンティア侯爵閣下もいい加減にしてください! あ、ヴェントゥス公爵はお気になさらず!! 悪いのはそこの二人です!!」


 公爵侯爵相手に一切の忖度を許さないルベル、さすがだな。

 カノンは「大丈夫かこれ」とわたわたしている。……突っ走るカノンをルベルが諫める、というのが二人の関係性かと思っていたが、いつからか逆転したようだ。頑張れ、カノン。



 イグニス公爵は騎士を率いて制圧に向かっていると聞いていたが、なぜかレインがいなくなってしばらくして西支部を訪れた。それからずっとサピエンティア侯爵と喧嘩している。



「いい加減にしてください。ただでさえ大変なことが起きている時に喧嘩なんて幼稚な真似は控えていただきたい」

「いや、しかし悪いのはイグニス――――」

「サピエンティア侯爵、異論は認めません」

「あ、はい、すみません……」

「……で、イグニス公爵閣下はどうしてこちらに? 何かあったのですか?」

「いや……順調だ。ただ、フレアの方は体調はどうかと……」

「……フレア様ならベッドに横になっています。面会は……」

「わかっている。わかっているが……早くアカツキ王国に連れて行ってやってくれ。ここはあまりに危険だ。俺が何を言っても無駄だろうが…………あの子はすぐ無茶をする」



 公爵は小さくため息を吐いた。


 …………驚いた。

 まさか、私のことが気になって一旦持ち場を離れるなんて、彼らしくもない。



「どうせ父親らしいことなどしてこなかったくせに、何を今更」



 サピエンティア侯爵は西支部を訪れてからと言うもの、「自分は協力も妨害もしない」という立場を貫いていた。突っ走るローガンを何とか止めようとしたようだがそれもできず、いつ皇帝派に傾くかもわからないと言うことで身柄を拘束されているらしい。

 まあ、拘束されていると言っても外に出られないだけで、今だって自由に支部の中を動き回り、結果こうして公爵と鉢合わせ喧嘩に発展しているのだが。



「お前に言われる筋合いは――――」

「うるさい。誰のせいで今まで――――」



 ……これはまた罵り合いが始まりそうだぞ。

 私は小さくため息を吐いた。

 本当は、彼らに会うのはフレアであった方がいいだろうと思って敢えて体調を理由に会わなかったのだが…………。




「……ベッドに横になったままなら、レインとの約束を破ることにはなるまい」




 本当は、聞きたいこともあることだし。


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