377 【エイト】 認めない
『強くなりたいです。もっともっと。フレア様みたいに』
初めて会った時から、彼女は誰よりも輝く目をしていた。
けれど力強いのはそれだけで、体の方はそう強くなさそうだった。
青白い肌、線も細くて、いつ倒れてしまうだろうと不安になった。
あれはアケボノの反体制派との戦闘……彼らが基地としていた場所を殿下のお力で制圧した後、一悶着、いや二悶着程あって俺は怪我を負った。
しばらく休むことになった際、見舞いにナギの民が訪れたのだ。
なぜわざわざ……と思ったが、彼らはあの時戦闘に加わった者全員の所を、可能な限り見舞い、礼をしているようだった。義理堅く、誠実な一族だと思った。
サクラさんは屈強な一族の中で、ただ一人と言っていい程病弱そうで、なのに誰よりも熱心に怪我をした者を見舞っていた。
本当は自分も苦しいだろうに、一人一人丁寧に、お礼を言って回っていた。
あの姿を見た時に、自分の中で何かが動いたのは間違いない。
ただ、それに気づくことはなく。
偶然、彼女の弟と知らず文通を始めることになって、やがて彼女とも文通を始めるようになって、いつしかその手紙が何よりも楽しみになっていた。
やってみたいことがたくさんあると、眩しそうに、楽しそうに、生き生きとこの世界のことを語る。
彼女の言葉に魅了された。
そして、再会した時――――……
『エイトさん! 私、こんなに逞しくなりましたよ!!』
力こぶを見せて元気に笑った。あの笑顔を見た時に、多分、俺は――――――…………
(ハッ、待て待て! 何だ今の走馬灯のような回想は!?)
振り下ろした剣が空を切った。
体勢が崩れ、兵器にはそのまま逃げられる。
「お、おい。どうした? 大丈夫か?」
「いや、えっと……ええと……ええ……ちょちょちょお、ちょっと待って下さい! さっき……なん、て……」
「エイト!! そのことは今は考えるな! 目の前!! 来てるぞ!!」
殿下の声が飛ぶ。
咄嗟に手を動かす。斜め上に振り上げた剣が、兵器の腕を斬った。
「いや、それより、今、ディラン殿、何、を――――」
喋りながら手を動かす。
隣でわたわたしているディラン殿から顔を逸らせないまま、機械的に兵器たちを捌く。
「いやいやこっち見ながら手だけ動いてんの怖いんだけど!? どうなってんの!? ちゃんと前見ろよ!」
「そんなことよりディラン殿! どういうことですか!? サク、サクラさんに、告白……!?」
「おお、そのつもりだけど」
「ほん、本気で言ってるんですか!?」
「そりゃそうだろ……。本気じゃなかったら言わねえよ」
「なななななんッななななな……」
「サクラさんって可愛いよな~。もう一目惚れだよ! 一目惚れ! あのローガンにも物怖じしねえし頑張り屋だししっかりしてるし鍛錬大好きだし。それに~、俺この短期間でけっこう仲良くなれたと思うんだよね~、おっと!」
ディラン殿が兵器の攻撃を躱し斬りつける。
だが惜しい。兵器の弱点には当たらなかった。
「ディ、ディラン殿、もう少し上!」
「こ、ここか?」
「今右足に移動しました!」
「ここか?」
「違いますもう少し――――」
いやこんなことどうでもいい。
いやどうでもよくはないけれどどうでもいい。
俺は地面を蹴ってディラン殿の傍に駆け寄り、兵器の右足を斬り飛ばした。
兵器の体が崩れどろっと溶ける。
「…………サクラさんに…………告白…………」
それだ。
問題はそこだ。
どろどろの兵器の残骸を見ながら、どうも現実味のないその単語に頭がぼんやりする。
つまり、この人は、サクラさんに惚れていて、これが終わればサクラさんに告白して、もしかしたら二人は恋人同士に…………そしていつか………………
「けっこん………………」
リンゴー…………ン…………
響き渡る鐘の音、美しい神殿、大勢の招待客、花、花、花……そして、純白のドレスに身を包む…………
『エイト様! 私、幸せになります!』
……………………………………………………。
「おい、エイト……さん? 大丈夫か? 何かぼんやりしてっけど……」
「ハッ、し、失礼しました!! 意識が飛んで…………」
「エイト!! とにかくこいつのことは忘れろ! こんなのその辺に生えてるピンクの花だとでも思えばいい!」
見かねた殿下が俺の肩を掴む。
ディラン殿は殿下の言葉に気を悪くしたらしい。
「何で俺が道端の花なんだよ!」
「僕の部下の心を乱したお前が悪い! 黙っていろ!」
「俺は花って言うより虫だろ!?」
「…………。お前はそれでいいのか!?」
二人が喧嘩している。……どうしてだろう、とても遠い世界で起こっていることのように、酷くぼんやりと聞こえる。
それにしても……ピンク、ピンクか。
確かにディラン殿の毛髪の色は特徴的だな。
あんな色は見たことが…………
『桜の花って、綺麗なピンク色なんですよ』
その花を象った腕飾りを見せながら、彼女は確かにそう言った。
自分の名前と同じ花。
きっとサクラさんにぴったりの、美しい花だろうと思った。
いつか見てみたいものだと思った。けれど…………
それがディラン殿の髪の色と同じなんで、それはまるで運命なのでは?
俺は膝から崩れ落ちた。
「エイト!? どうした!?」
「二人は……結ばれるべくして……!?」
「落ち着け落ち着け! とにかくこのバカピンクのことは忘れろ! おい兵器が来るぞ! ッ――――!?」
「殿下には指一本触れさせません!!!」
跪いた状態から剣を振るう。
今まさにこちらに放たれた銃弾を、真っ二つに両断した。
「はあ……はあ……だ、大丈夫です……大丈夫です…………」
「……お前もしかしてサクラさんのこと好きなの?」
「!!!」
「だったらお前も告白すりゃいいじゃん。そうだ、お互い無事に生き残ったら正直な気持ち伝えようぜ!」
何でもないことのようにあっけらかんと言われ、呆然とした。
俺が、サクラさんに告白?
サクラさんに…………あんな、可憐な人に………………
「じ、自分は……そんな……ことは……」
「ま、無理にとは言わねえよ。どうしても言いたくねえってんなら黙ってればいい。俺は言うけどな!」
「ッ……!!」
真っ直ぐな言葉に、意志の強そうな目に、俺とは違う快活なその表情に……………
激しく嫉妬した。
「ッ……み、認めません……」
「……え?」
「認めません!! 俺は……俺は認めません!!!」
気づいたら口走っていた。我ながらなんて幼稚なんだ。
殿下もディラン殿もぽけんとしている。
俺は恥ずかしさを振り払うように駆け出した。
「おい! ちょッ……」
「ついてこれるものならついてきて下さい! 俺は……自分は……! 自分より弱い人間を彼女の伴侶とは認めません!!!」
「親目線かよ!? 意味わかんねえ……て、お前確かに強いけど突っ走るなって!!」
無我夢中で剣を振るい続けた。
兵器の数は多く、相手の戦い方も多種多様。
だんだんと剣が重くなり、息が切れる。……クソ、俺はなぜこんなにも冷静でいられないんだ。
何体目かを破壊した時、突然足を引っ張られた。
「ッ!?」
さっき破壊したと思った兵器が、上半身を再生し俺の足を掴んでいる。
…………油断した。
他の兵器が剣を振りかざす。これはまずい、と思った時……
その兵器の剣を、ディラン殿が叩き折った。
「ディラン殿……!!」
「俺もいる!! 協力すっぞ!!!」
認めない、と言い放った俺に…………。
悔しくて唇を噛んだ。
「……感謝します」
「ああ!」
ニカッと笑ったディラン殿の顔は、どこかカノンに似ている。
力強くて、明るい。
サクラさんの隣で笑うのは、きっと彼のような人間が相応しいのだろうと…………そう思う。
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――――――――――――――
それから、数十分後……。
「何てことだ……」
俺は思わず膝をついた。
この事実をすぐには受け入れることができない。
「大丈夫か? おい……」
「大丈夫では……ありません」
いっそ責任を取って自害しようかと恐ろしい考えが頭を過る。
あの兵器どもは殲滅し尽くした。
戦闘で負った怪我も軽傷で済み、命を落とした者もいない。
結果は上々だろう…………。
だから問題はそこじゃない。
問題は……
戦闘に集中するあまり、殿下を、見失ってしまったことだ。




