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376 【エイト】 発揮する





 地獄の日々だった。




『ねえ、暇だから女の子呼んでよ~。金髪の子がいいな~』

『やっぱどの子もほむらには敵わないよね。全然可愛くな~い。つーかお前の選び方が悪いんじゃない?』

『え~サイン? 面倒くさい。お前がやっといて~』

『お菓子持ってきてよ。別に食べなくても大丈夫だけど、暇だし』

『鈍間。愚図』

『はあ? ちょっとは王子っぽくしろぉ? 誰が王子サマのフリをしてあげてると思ってんの?』

『あ、あの子いいじゃん。ナンパしてきて~』

『できないじゃなくてするんだよ。それくらいできるでしょ~。はあ、やっぱお前使えない。解雇』





 …………

 ………………………………



 俺は、何のために近衛騎士になったのか。


 なぜここにいるのか。


 いやこれも殿下のご命令であってそれを遂行するのは自分の役目……と必死で言い聞かせたが、それでもなかなか納得のできるものではなかった。兵器……おはぎと言うのだったか? あれは殿下のフリをする気など微塵もなかった。せめてそれくらいはしてもらわないと殿下の悪評が広まってしまうというのに……!!


 殺意が芽生えたが、どうすることもできなかった。




 本物のジーク殿下に、早くお仕えしたい。

 会いたい。声を聞きたい。まともな命令をしてほしい。守りたい御方だと思わせてほしい。



 最早最後の方は本物の殿下に会いたいが過ぎて禁断症状のようなものが出ていたように思う。







 …………我ながら気持ちが悪い。

 この騒動のあれこれが収まったらカウンセリングを受けよう。



 正直、ジーク殿下の替え玉だと陛下にバレた時には、何らかの処罰はあるものと覚悟していた。

 せめてあの兵器を突き出したかったが、あっという間に姿を変えて逃げられてしまった。


 俺は無能だ……。

 なのに陛下は俺を許し、こうして、また殿下の元に馳せ参じることを命じてくださった。




 ありがたい。




 だから俺は、ただ全力でこの御方をお守りするまで。

 そう、全力で――――――――……







「全力が過ぎるぞエイト!!」

「ッ! 殿下!? いかがされましたか!?」

「いや今なんかお前が考えていることが浮かんだような気がしてもちろんそんなことある訳ないんだがわかったような気がしただけだ!! エイト! 頼むから一旦下ろせ!!」

「ハッ!」


 殿下があまりにもお辛そうだったので我慢できず、両腕に抱いて走っていたのだが、怒られてしまった。

 ゆっくりと殿下を下ろすと、「急に抱きかかえるなお前はルークか!!」と怒鳴られた。



「はあ……はあ……あんたすげえな! よくジークを背負いながらこんなに速く走れるな!?」



 息を切らせて、ディラン殿が追いつく。


「自分は別に……。ですが、ローガン殿はもうとっくに到着しているかもしれません。あの方の足の速さはフレア様に匹敵するものがありますね……」

「え!? あのお嬢様、足もそんなに速えの!? やべえな!」

「フレアはこんなものじゃない! もっと速いぞ!」

「嘘だろ!? ほんとに人間かよ? あ、悪ぃ悪ぃ。つい出ちまった」

「フレアはああ見えて繊細だ。そんな言葉をあいつの目の前で吐くなよ」

「わかってるって。悪かったよ、ジーク」



 …………やはり、この人はあまり好きになれない。

 粗野で乱暴で、殿下にも馴れ馴れしい。


「ディラン殿、いい加減にしてください」


 言わずにはいられなかった。

 そもそも自警団の面々はどうも殿下の凄さがわかっていないように思う。

 殿下はフレア様のことになるとちょっと大変だがそれ以外は真面目で誠実で寛大で有能で、ちょっと体力はないかもしれないが努力家で努力家で努力家な御方だ!


「殿下は本当に素晴らしい御方です。自分は殿下にお仕えする身としてこれほど――――」

「ああ、わかってるわかってる。ごめんって」


 誠意が感じられないのだが。


「エイト、落ち着け。今喧嘩している場合か」

「いえ、け、喧嘩のつもりは……」

「あー……いや、ごめん。やっぱ俺も殿下って呼んだ方がいいか……?」

「呼び方云々の話だけではありません! 貴方からは誠意が――――」





 その時、嫌な気配を感じた。



「ッ……誰だ!!」



 殿下の前に立ち、剣を抜く。禍々しい……だが、俺は確かにこの気配を知っている。

 どこからともなく静かに現れたそれは、皇帝の危機に瀕して現れるよう仕組まれていたのか、それとも皇帝自らが解き放ったのか。



「な……何だあれ……!?」



 ディラン殿、それに他の団員たちもその悍ましさに顔色を変える。

 もし知らなければ、俺も同じように動揺していただろうなと思う。だが、今は…………



 最初ははっきりとした輪郭さえなかった。

 まるで炎のように揺らいでいたそれが、だんだん人の形に姿を変え、虚ろな目でゆっくりとこちらへ歩いて来る。……数が多いな。俺は剣を握る手に力を込めた。せめて通りに一般人がいなくてよかった。



「まさか……」

「間違いありません、殿下。あれは……“忘れな人”でしょう」



 人の記憶を覗き、その人の記憶の一番守らねばならない人物……つまり大切な人に姿を変えると言う、あの兵器だ。



「だが様子がおかしいぞ。あれは……僕か? お前もいる」



 殿下の言う通り、兵器の様子はおかしかった。

 本来大切な人に姿を変えるそれらが、ゆっくりと、俺たちの姿に変わっていく。……殿下に変化したのが俺の心を覗いたものなら納得できるが、さすがに俺やディラン殿の姿まであるのはおかしい。

 中には同じ顔をした者が二つも三つも見つけられた。



「恐らくですが……記憶を覗く力がないのでは? ただ目の前にいる人間の姿になっているだけでしょう。それに顔も虚ろで目は光がなく真っ黒。何の意志も感じられない。明らかにおかしいのがわかります。失敗作、というところでしょうか」

「失敗作……。しかしそうは言っても……」



 手を鋭利な刃物に変えた後、兵器は一斉に走り出した。

 団員たちは戸惑いながらも応戦する。

 ――――姿を変えられたからと言って、強さまで同じという訳じゃない。団員の方が圧倒的に優っていた。剣を振るい、腹を裂き、喉を狙い、次々に倒していく。だけど…………



 この兵器の恐ろしいのは、ある一点を破壊しない限り永遠に動き続けるところだろう。

 何度斬られても痛みすら感じず、流れた血は元に戻り、機械的に起き上がり襲いかかってくる。



「ッ……どうなってんだこいつ!!」

「どうやったら倒れるんだ!? 一旦離れろ!!」

「おい、お前も離れろ!!」



 ディラン殿が俺の肩を掴む。

 俺はそれを払いのけ、自分の顔をした憎むべき兵器に剣を向けた。



「今、ようやくわかったところです……」

「え?」

「あの地獄のような日々は…………この時のためにあったということを!!!」

「は? 地獄? 何言っ……」



 俺は隙だらけの兵器の左胸を突き刺した。



「だからッそんなことしても無駄――――」

「ッ!! はあッ!!!」



 突き刺した剣をそのまま力任せに引き抜く。

 その途端、ガクガク震え始めた兵器はどろりと形を失い、解けて地面に広がった。



「…………え?」



 ディラン殿がぽけんと目を丸くする。

 殿下も同様に、「な、何をした……?」と驚いていらっしゃる。

 本当に……この成果を殿下にご覧いただけて嬉しい限りです。




「ずっと、ずっとずっとずっとあの変態兵器の傍にいて、気づいたのです…………」




 液体と化したそこに、よく見ると丸い小さな破片が紛れている。

 元は小さな丸い粒だったのが、俺が突き刺したことで粉々に砕け散ったのだ。




「思った通りです……! こいつらは体の中に小さな丸い玉を隠しています! 自在に体の中を動き回りますが、正確に破壊できれば何てことはありません!!」

「え?」

「体の中に! 小さな球体があります!!」

「いや……え? お、お前、見えてるのか? それが?」

「ええ!! 自分の目は誤魔化せません!! 変態兵器の傍に居続けたのは無駄ではありませんでした!! 自分はッ、この憎むべき相手をッ、殲滅しますッ!!!!」

「どれだけ過酷な日々を送ったらそうなるんだ!?」

「ご想像にお任せいたします!!」



 俺は駆け出し、感じるままに斬り裂いた。

 感覚に身を委ねるとはこういうことか。

 フレア様に鍛えてもらった日々が頭を過る。“考えるな、感じろ――――”それがフレア様の教えだった。フレア様! 自分はようやくその境地に達しました!!




「す、すげえな……! 俺にも教えてくれ!!」



 ディラン殿が俺の後に続く。

 あまり好ましくない人物だと思っていたが、撤回しよう。

 謎の兵器を前に、なんて勇敢なんだ。



「考えないでください!! 感じるんです!!」

「お、おお! それなら得意だ! よ~し! ちゃちゃっと片付けて皇帝追い詰めるぞ!!」

「ええ!!」

「そんでもって無事戻ったらサクラさんに告白するんだ!!!」

「ええ!! …………え?」

「え?」





 ……

 ……………





 …………………………



 ………………………………………









 ………………………………………………………………え?



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