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375 【レイン】 重ねる




 駆けつけたら大変なことになっていた。

 墓地でこんなに暴れるとか、罰当たりにも程がある。墓石粉々だし地面ぼっこぼこだし。

 信心深くない私でもドン引きしちゃうレベルなんですけど。



 鳥女ちゃんがあいつを追い詰めるみたいに低く飛行した瞬間、木の上からその背に飛び乗った。



「ぐえッ!? 何あんた!?」

「キヒヒッ、ちょっとお邪魔するよ~~」



 暴れるのを押さえつけながら、用意していた刀をあいつ目がけて落とした。

 誰が落としたかもちゃんと確認できてないだろうに、あいつは迷いなくそれを手にすると、流れるような動作で刀を抜き、“剣が手男”の剣をすぱっと両断する。

 うわ~……いくら切れ味がいいからって普通ああはならないでしょ。怖ッ。



「な、何、あん――――……」

「悪いけど、私はあいつほど優しくないんでね」


 鳥女ちゃんの背に跨がって、その耳元に囁く。


「…………もし生まれ変わったら、今度は良い人に巡り会いな」

「何、言っ――――――」



 喉に短刀を当て、一直線に引いた。

 バッと血が散り、鳥女ちゃんは空から地面へ落ちていく。

 私は落ちながら体勢を変えて彼女の体を腕に抱き、着地した。


 鳥女ちゃんは瞳孔が開いてしばらくガクガク体が震えてたけど、やがて静かになった。


 ……可哀想にね。

 どんな事情があったか知らないけど、こんな酷い体にされるのはあんまりだよねえ?

 これじゃオシャレも難しそうだし、お店に入るのも苦労しそう。まあ便利は便利な面もあるけど、聖騎士さんみたいに自由に畳めないんじゃ、ちょっとどころじゃないくらい邪魔。



「ゆっくりお眠り」



 君の死は無駄にしないよ。

 後でたっぷり解剖してあげるからね。


 生温かい血で濡れた指先で、頬を撫でる。

 赤い血がべっとりついた。

 真っ白な顔に色がついて綺麗だ。

 ぼんやりそれを眺めてから、腰に差した刀に手を当てた。



「――――ヒヒッ、君も解剖されたいのかなあ?」

「ッ!?」



 振り向きざまに刀を抜く。

 私に飛びかかってきたお手手の長~い男の子を切り裂く。

 腕が飛んで、首元からも血が溢れた。



「うッ……ぎぅ……」

「……君もゆっくり眠るんだよ」



 多分まだ年端もいかない男の子だろう。むりやり成長させられて、腕は特に異様に伸びている。

 止めを刺す前に、男の子は動かなくなった。



 バキ、と酷い音がした。



 人殺し君が振るった刀が、鎖男の鎖を全て断ち切ったらしい。

 バラバラと砕けた鎖が、地面に落ちる。銃男がすかさず銃を乱射して、人殺し君はそれを避けながら壊れた墓石の上を飛び、間合いを詰め、斬りかかる。



 キン――――、と音を立てた直後、銃が両断されて滑り落ちた。



 わあお。



 人殺し君は銃男の背後に降りる。

 首の辺りを峰打ちすると、鈍い音と共に彼の体がずるずるとその場に崩れ落ちた。

 斬られた訳じゃないとは言え、いったそ~……。

 あんなことされたらしばらくまともに寝られないよね。て言うかいくら峰打ちでも当たりどころ悪かったら死ぬと思うんだけど。



「うおおおおおおおおお!!」

「ッ!!」



 おっとっと。

 私もこの戦場の一参加者ってこと忘れてたなあ。

 背後からでっかい鎧男が突進してきた。既に破壊された墓石を更に情け容赦なく粉々に砕きながら。


「よっと」


 動きが単純だから避けるのも全然難しくない。

 横に避けてひょひょいっと距離を取ると、鎧男は勢いのまま突進していった。……丸腰の“手が剣”男と鎖男君を追い詰めている、人殺し君の方へ。



「あ」



 迫り来る鎧男をどうするのかと思ったら、人殺し君は表情一つ変えずその攻撃を避けた。

 まあそりゃそうだよねえ。これどうなるんだろうって見てると、鎧男はそのまま煉瓦塀に激突した。



「…………」

「…………」



 塀がガラガラ崩れて、鎧男はその下敷きになり、動かなくなる。


 まあ…………こういう間抜けなこともあるよね、うん。

 戦闘なんて何があるかわかんないんだし。



「た、助けてくれ……」

「頼む! 俺たちは、どうしようも――――」


 命乞いを始めた二人の男――“手が剣”男と鎖男君――に、人殺し君が刀を振り上げる。

 あ、そのまま切り刻むのかな? と思ったらやっぱり峰打ちだった。バキ、と嫌な音がして、二人の体が崩れ落ちる。


「うう……うううう……」


 啜り泣きのような声は、今し方倒れた二人からではなく、近くの茂みからだった。

 小柄な後ろ姿だ。声といい、あの感じは女の子かな?



「お、お願いします……お助けください……お助け……」



 人殺し君が明らかに動揺している。

 女の子は顔を隠しながら、よろよろと人殺し君の前に跪く。



「痛い……うう……わ、私……本当はこんなこと……。でも従わないと……うう……」



 さっさと峰打ちなりなんなりすればいいのに、人殺し君は動かなかった。

 いや、……動けない、のか。




『無実の罪で投獄され長い間拷問を受けた。――――普通なら死んでもおかしくない。刀士郎を追い詰めるためだけにお前はあれだけ過酷な責めを受け、刀士郎もまた、ずっとお前の悲鳴を聞かされ苦しめられた』




 ……優しさ、とはまた違うところにあるのかもしれない。

 この人殺し君が女性に刀を向けられない理由。


 もし私がこいつと同じような目に遭ったら。

 フレア様を、サクラを――――自分のせいで彼女たちを拷問にかけられ、その悲鳴を聞かされ続けたら…………考えただけで気が狂いそうだ。彼女たちに危害を加えた拷問官をこの手で生きたまま解剖して苦しめて傷つけて生まれてきたことを後悔させてそれから彼女たちを罠にはめた奴らを一人ずつ処刑して回ってそれから…………――――――それから、自ら命を絶つだろう。





「お願いします。痛いことはしないでください。お願いしますお願いします……」

「ッ…………」


 人殺し君の顔が苦しそうに歪む。

 ……見ていられないねえ、ほんと。


 彼女はゆっくり立ち上がった。人殺し君の目の前に立って、しばらくさめざめと泣いたフリをした後、「旦那様はお優しい……お優しい御方です」と人殺し君の様子を窺い「だから……」袖を広げて、隠していた顔を突き出した。



 醜く歪んで、真っ青になった顔。口からは紫色の息を吐いている。



「だから、私と口づけしてくださいなッ!!!!」



 …………ばあか。

 何で逃げないのさ。



「うぐッ!?」



 飛びかかる彼女の後頭部を柄で殴ると、彼女は悲鳴を一つあげて地面に倒れた。

 お、どうやらそのまま意識を失ったらしい。



「ごめんね~、こいつキスはお断りだってさ~」

「…………お前」

「何突っ立ってんの。あのままキスされたらほんとに死んでたかもよ~? 毒を吐く女なんて末恐ろしいね、全く」



 やれやれと思いながら辺りの様子を探った。他に怪しい気配はない。


 袖で血を拭い、刀を振って残りの血も払ってから鞘に収める。

 人殺し君の視線に気づいて彼を見ると、少し驚いたような間抜け面。



「……何?」

「いや……随分手慣れているな」

「まあねえ~」

「さっき少し見えたが……お前、その剣は、どこで…………」



 どうやら私がこいつの剣技を初めて見た時と、同じような衝撃を受けているらしい。



「…………ほむら」

「!」

「私はほむら様の唯一無二の弟子だからねえ。キヒヒッ、驚いたぁ? 驚いてるねえ、その顔最高だよ~~」

「ほむらが……弟子…………?」

「悔しい? 私はお前がくたばった後、お前の何百倍も楽しい時間をほむら様と過ごしたんだよ~~?」



 ま、正確には来世で、だけど。


 にやにやしながら人殺し君の顔を眺めると、彼はぷいっと視線を逸らした。

 おやおや、やっぱり激しく嫉妬してるみたいだねえ。いい気味。



「ほむらは……教えるのはあまり得意じゃない」

「よくわかってんじゃん」


 そこは激しく同意だよ。



 人殺し君はまじまじと刀を見た後、「どうしてお前が」とようやく聞いてきた。


「追いついてくるなら……別の、奴だと」

「一人で突っ走るとかほんとバカだよねえ、君。西支部に情報が来た時にはね、そりゃあフレア様もビックリ仰天してたよ。木刀で立ち向かうつもりかって」

「…………」

「ほんっっっと~に君のことなんて私はどうっっっっでもよかったんだけど~、フレア様に頼まれたから来たんだよねえ。せめて刀を届けてくれってさ。んで王子サマたちに墓地って聞いてここに」

「あいつらは――――」

「あの子たちはちょっと足止めされてるみたいでねえ。ま、大丈夫じゃない? 騎士サマも蜘蛛助もいるし」

「…………」

「あ~、言っとくけど感謝とか要らないから。君にされても嬉しくも何ともないしね。――――で、皇帝は? さっさと追わなきゃ――――」



 その時、「うう……」と呻き声がした。

 毒女ちゃんじゃない。……鳥女ちゃんだ。

 驚いて彼女の傍に行くと、苦しそうに息をしていた。


「あー……しまった、まだ息があるねえ」

「…………」

「……無駄に苦しませたな」


 人の皮膚より随分厚いとは思っていたけど…………そうだね、ここまで体の構造が違うんだ。人のそれとは全くの別物と思わなきゃならなかった。息も心臓も止まったはずなのに、まさか勝手に蘇生するなんてさ。

 鳥女だけじゃない、お手手の長い男の子も僅かに動いている。




「…………治すのは、難しいか?」



 ぼそりと、あいつが零す。

 私は驚いて人殺し君を見上げた。



「どんな事情があったかはわからないが…………彼女たちは、被害者だ」

「治ると思う? この体が」

「……わからない。わからない、が…………」

「何」


 人殺し君はじっと私を見て



「ほむらの弟子であるお前なら、できるのではないかと……思った」



 意味のわからないことを言った。



「いや、規格外なのはあの人だけだから。私におかしな力を期待されても…………あ」

「どうした」

「あー…………そうか、その手があったか」

「?」



 いるじゃん、何でも治すし何でも無効化にしちゃう人が。


 こんな改造された体を元に戻せるかはわからないけど、やってみる価値はあるかもしれない。魔法が関わっている場合はそれを無効化できる。そうじゃなくても、少なくとも毒女の毒は取り除ける……か? どうかな。

 正直ルーク様に彼らを引き合わせるのは気乗りしないどころじゃないけど……



「何か、方法があるのか……?」



 縋るような人殺し君の顔を見ていると、どうも断り切れない。

 その表情がどこかルーク様に似ているとか……ないない。それはないでしょ。ルーク様を重ねるとかあり得ないし。そんなことしたら、あの人とこいつの間にも、第一皇子とはまた違う特別な繋がりがあると認めるようで……腹が立つ。



「…………取りあえず応急処置して運ぶよ。君が言い始めたことなんだから手伝ってよね~」

「わかってる」



 人殺し君はほっとしたように彼らの処置を始めた。

 煉瓦塀に突っ込んだあの男も息はあるらしい。鎧で顔も手足も固めてるなあと思ったら、皮膚が鎧にくっついて一体化してた。…………うわあ。これご飯どうやって食べるんだろ?



「はあ……。やれやれ。皇帝のことは他の子に任せるの?」

「すぐに追う。そう簡単には離れられない。逃げたのも市街の方だ」

「なるほどねえ。ま、足の速い人殺し君なら余裕か」

「……その呼び名」

「うん?」

「やめろ、人…………嫌な感じがする」

「ヒヒッ、だって人殺し君は人殺し君じゃ~ん」

「だからやめろと…………」

「じゃあおチビちゃんね~」

「は?」


 これは心外だったのか、人殺し君……いや、おチビちゃんは信じられないとばかりに私を凝視した。あはは、超間抜け顔~~。


「お、おチビ……?」

「だってそうじゃん。私よりちっちゃいし~~」

「ち、ちっちゃいは……言われたことがない!! 俺はそんなに背は低く――――」

「私よりちっちゃい奴は皆おチビちゃんなんだよ~~」

「お前の背が高すぎるんだろう!!」

「はいはい煩いよ~~。後で皇帝を追うなら体力温存しなきゃ~。そんなぎゃんぎゃん騒いで疲れちゃったら後で追えまちぇんよ~~?」

「くッ……」

「やっぱチビほど騒ぐもんだねえ」

「だからチビじゃないと言っている!!」



 まあ実際、チビと言う程小さくはないけれど。

 そんなの関係ないね。

 私を苛立たせた罰だ。しばらくおちょくってやるから覚悟しろよ、おチビちゃん。


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