374 【刀士郎】 躊躇う
話は少し前に遡る。
――――――
――――――――――
ただひたすらに進んだ。
皇帝のいる皇宮に向かって。
その邪魔をする鬱陶しい兵士どもをまとめて叩き潰した直後……
見覚えのある石ころが転がった。
『――――おい、聞こえるか』
…………誰かすぐにわかった。
『ローガン! こちらにはお前の姿が見えている。お前の方はわからないかもしれないが――――俺だ、義勝だ』
別に名乗られなくてもわかっていた。
『……おい、聞こえているのか? いないのか? 聞こえているなら返事を…………て、おい、何をするつもり――――……』
俺は石を拾い上げ、取りあえず壁に叩きつけた。
バキ、と鈍い音がして地面に転がる。石はあちこち砕け小さくなっていた。
『ザザ……ザ……にを…………何をする!! ビックリするだろう!!』
「まだ息があったか」
『お、お前……俺への憎しみを物にぶつけるな!』
「腹立つ声が聞こえたら体が勝手に動いた」
『…………俺はどうすれば。おい待て! 斬るな! 落ち着け! 声は……声はどうしようもないだろ!? シ、シド、俺の代わりに喋るか……? ああ、そうだな、嫌だよな……』
「おいローガン、何か見つけたのか? って、この石って……」
落ちていた剣で切り刻もうかと考えたところで、ディランに邪魔をされた。
その後義勝から皇宮で起きたこと、皇帝が逃げ出したこと、逃げた先の想定場所について話があった。
「はあ……な、なるほど……皇帝が……逃げ……げほげほ」
ジーク・アスター・ルークスはぜえぜえ息を切らせて遅れてやってきた。
その背後には例の情緒不安定な騎士が「大丈夫ですか!? やはり自分が背負って……」と申し出て、それをジークが却下している。
ジークはどこからか帝都の地図を取り出し、義勝が指示する場所に印をつけていった。
……隠し通路の出口。
そんなもの、わかる訳もない。
なぜ皇帝を追わなかったと思ったが、「隠し通路には数々の罠が用意されてあるはずだ。追うのはあまりに危険過ぎる」と言われればまあそうかもしれないと何も言えなかった。
『皇宮の敷地内についてはこちらで待機させます。ロー……ジーク殿にはそれ以外のところを頼みたい』
「わかりました。ですが、街の方に出口があるとなると相当の距離です。さすがにその可能性は低いのではないかと思いますが……」
『いえ、罠を張り巡らせ、追っ手を殺しながら進むとなると相応の距離が必要ですし、複数の出口を用意してある可能性も。そもそも隠し通路を使うタイミングと言えば、皇宮を襲撃された時ということでしょう。皇宮は確かに広いですが、逃げるためにいっそ街の方にまで作ったというのは考えられると思います。特に裏が山になっているこの辺りは逃げるのに最適ですし、可能性としては一番高いかと』
義勝が指示した場所は複数あった。
その中でも最も可能性が高い……そう指摘した場所は、寂れた街の一角。
と言っても、そこだけでも広い範囲だ。
皇帝がどこから出てくるかわからない。
建物に入って一つ一つ確認する訳にもいかない。
団員を大勢投入して目を光らせたとて、そう簡単に見つけられるとは思えなかった。
「……ここ」
墓地、と言葉にしたのは、ジークだった。
「この辺り…………ここに墓地があるな」
「墓地ぃ? こっから出てくるってのか? さすがにそれはねえだろ、ジーク。いくら何でも罰当たりが過ぎるぜ」
「む……無礼ですよ!!」
「エイト、気にするな。ディランは100%無礼でできている。今更敬語じゃなくなってもそれはそれで気持ち悪い」
「しかし……」
「あー……悪い悪い。あんたにとっては大切な主人なんだよな。でもまあ、ご本人様もこう言っていることだし、な?」
「………………」
騎士はどうも納得のいっていない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。
ジークは咳払いし、「ただの勘だ」と言葉を続ける。
「皇帝の部屋の隠し通路ならば代々使用されてきた可能性も高いだろう。……“魂は巡る”……その言葉を信じるシノノメならば十分あり得る話だと思っただけだ。まさか墓地に出口を作るなんて誰も思わないだろうし……」
“僕が捕らえられていたのも墓地のような場所だったしな――――……”
何でもないことのようにぼそりと付け足した言葉は、他の奴らには聞こえなかったようだが、俺の耳には確かに届いた。
――――――――
――――――――――――――
………………俺はあいつのことを何も知らない。
初めて見た時は高慢な弱者としか思わなかった。
さっさと追い出してやるつもりだったし俺が何をしなくても嫌になって出て行くだろうと思ったのに、這いつくばることも厭わないあの姿勢に、どう扱っていいのかわからなくなった。
……いや、考えるだけ無駄だ。
あいつの過去がどうであろうと、俺には関係ない。
「ッ……!!」
ガガガ……と耳障りな音を立てながら、銃が乱射される。
一体何だ、あれは。あんなものは初めて見た。
墓地に来て皇帝を追い詰めたと思ったらまんまと逃げられ、おかしな連中に囲まれた。
今まさに銃を乱射しているあの男は腕を改造されていた。
あれは一体全体どういう仕組みだ? 銃を腕にするという時点で頭がおかしいのはもちろんだが、その性能も含め常軌を逸している。
銃と言えば一発一発、ゆっくり発射することしかできないものと思っていたが、無数の玉を一気に乱れ打ち、墓石を破壊するほどの威力となると全くの別物だろう。
「チッ……」
銃弾を避けている途中で、背後から鎖が飛んでくる。
それが木刀に絡みつき、ギリギリと引っ張られ、耐えきれなくなった木刀が音を立てて破壊された。
「へッ、木でできたおもちゃかよ。……舐めやがって」
「てめえ今まで散々好き勝手してきたんだろ。俺たちが血祭りに上げてやらあ」
「………………」
言葉程の余裕はない。男達の顔には焦りがあった。
ここで失敗すれば待つのは死、か。
全部で七人。
手が銃のやつ、剣のやつ、口から紫の息を吐く男に、鎧男、鎖男、手の異様に長い四つん這い男に、歪な羽のようなものが生えた鳥男…………。まるで百鬼夜行だな。
「いいからさっさと殺すわよ!! 相手は丸腰!! 軽口叩いてる暇なんてないから!!」
………………鳥男は女だったのか?
いや、もしかしたら他の奴らも実は女…………なのか?
背筋が凍った。
顔は醜く歪み肌の色も青く澱んだ奴らばかりだが、それも実験によるものかもしれない。元は普通の女性だった、としたら…………
空から弾丸が降ってくる。
まず真っ先に鳥女をどうにかするべきだとは思うが、石を投げるのも躊躇った。
「……クソッ」
飛びかかってきた四つん這い男……女? を躱し、突進してきた鎧……人間の勢いをいなし、地面に組み伏せる。転ばせてしまえば鎧人間はそう簡単に立ち上がれないようだった。
そこに、また銃弾が撃ち込まれる。
味方がいようと関係ないのか、いや、鎧で守れた体は銃弾を防ぐのか。
銃弾がこめかみを擦る。血がパッと飛び散った。
銃の止まったタイミングで、両手を巨大な剣にした奴が勢いよく迫り来る。隠れる場所はない。四方を囲まれ、武器もない。避けるしかないがどう躱していくべきかと思考を巡らせたところで…………
――――――――空から、刀が降ってきた。




