372 【義勝】 追い詰める
アカツキ王国と手を結んだのは、大きな賭けだった。
ただ、ほむらとシド、二人の故郷であるあの国を守るには必要なことだったと思っている。
何より聖騎士たちのあの力があれば、皇帝廃位を速やかに進めるのに役に立つ。
「お前が……アカツキ王国と……!? でたらめを――――」
「デタラメかどうかは確かめてみれば良い。通信石を使ったらどうだ? アカツキ王国周辺へ。張り巡らせておいた兵士と連絡を取ってみてればすぐにわかる」
皇帝は鋭く舌打ちし、俺を殴りつけた後通信石がずらりと並ぶ台に体を向けた。
いくつか操作して、やがて「ザザ……」と雑音が混じった後、繋がった。
『――――……ソ、こんな――――聞いて―――……』
「おい、何があった!! どういう状況か説明しろ!!」
映像が映る。
刃のぶつかる音、発砲音、悲鳴……それらが騒々しく響き渡る。
場所はアカツキ王国国境付近だろう。
映像はいまいちはっきりとしない。
草原の広がる場所のようだった。
『皇帝!? き、聞こえますか!? これは一体――――――』
『何をしている』
こちらの声に応えた兵士の首が飛ぶ。
映像に映ったのは、大柄な男だった。
独特な民族衣装、丸太のように太い腕、馬を操り巨大な剣を振り回しながら次々と兵士たちを屠っていく。
アカツキの騎士団とは明らかに装いが違った。
「あれは、まさかッ……!!!」
皇帝の顔が憎々しげに歪んだ。
見たことのある顔だったのか? だとすればやはりアカツキ騎士団の一つなのかもしれない。
『久しぶりに帰ってきたら……こんなと~んでもないことに巻き込まれちゃうなんてねえ』
続いて軽やかな声が聞こえる。
この場に似つかわしくない、甲高い女性の声だった。
『ま、面白いからいいけど。きゃはは!』
突然竜巻が起こる。
濃緑の団服に身を包んだ派手な女性が、笑いながら竜巻を起こし兵士たちを弄んでいる。
あの超常的な力は、やはり………………聖騎士の一人か?
『ヴェントゥス殿!! 味方に害の及ばない範囲でお願いします!!』
『やぁ~ん。ギリギリの範囲を狙ってたんだけどな~ごめんね~。こういうの久しぶりなんだも~ん。ゲイルちゃんに怒られないように気をつけよ~っと』
彼女は映像石に気づいたらしく、『あら、綺麗な石♪』と手にしたと思ったら、急につまらなそうに放り投げた。
映像が揺れる。
『よく見たら汚ぁい』
その言葉を最後に、石は竜巻に巻き込まれ粉々に砕けた。
映像が途切れる。
「…………貴様」
皇帝は俺の胸ぐらを掴んだ。
「貴様何をした!!!」
「……アカツキ王国と手を組んだと言っただろう」
「それ以外に何をしたかと聞いている!! 手を組んだだけでどうしてすぐ戦闘が――――」
「あなたが派遣していた間者、兵士、その行動範囲や拠点としていた場所、全てをアカツキと共有した」
「ッ!!!」
どうやって、という苦々しい声が聞こえる。
そんなもの、皇帝の部屋に侵入するなりこいつの側近に近づいて探るなりすればいくらでも入手できる。
……汚いやり方なのは間違いない。
だが手段は選んでいられない。
「戦闘準備に入っていた兵士たちもいたようだな。ジーク殿下とのことがなくても、近々戦争を始める予定だったか?」
「………………」
「拠点は数カ所。その全てを同時に叩いてもらった。他の場所と通信を取っても同じことだ」
「……私はまだ出撃命令は出していなかった!!」
「武装集団をあんなに張り巡らせておいてその言い訳は通じないだろう。アカツキ王国を襲撃するつもりだったのは明白。捕虜になった兵士があなたの名を吐くのも時間の問題だ。そもそも、戦争を始める通達も何も必要ないと、今すぐ始めると言ったのはあなただろう。私はそれを聞いていた。ノアも、……シドもだ。その意味がわかるか?」
勝ってしまえば正義。
だが、負けてしまえばどうなるか。
規則を無視して積み重ねた分だけ、自分の首を絞めることになる。
「……この程度で勝った気になったか?」
「いいや」
パチ、と何かを操作するような音がした。
ノアが、平然と通信盤を操作している。
『――――わ、我々は皇帝陛下の――――ぐえッ』
『ひいッ、ま、待て待て待て! 俺はもう降参する! 降参するから!』
映し出されたのはこの街の一角。
兵士たちが地面に膝をつき、自警団によって拘束されている最中だった。
「!? なッ――――――」
先導しているのは…………
長い髪を静かに揺らし、音も立てずに次々と意識を奪う。あの、剣技は……
「刀士郎……」
あいつが……こちら側に回ったということか。
「なぜあいつがここに……!! 奴はサピエンティア邸にいるはず――――」
「ヴェントゥス公爵と合流したのだろう。……おや、こんなに早く合流するとは思っていなかったか? 俺がそんな指示を出しているわけがないと?」
「貴様ッ……!!」
皇帝が拳を振り上げる。
……黙って殴られるのはもういいだろう。
俺は皇帝の襟を掴み、背負い投げた。
皇帝の体は一瞬宙を浮き、そのまま仰向けに床に叩きつけられる。
「ッ――――!!?」
「うわ、何今の~? 痛そ~」
ノアがケラケラ嗤う。
兵士たちも何が起こったかわからなかったらしい。
戸惑いながら「こ、皇帝から手を離せ!!」と俺に剣を向けた。
「……君たちはそれでも皇帝につくか?」
「ッ……わ、我々は……」
「さっさと寝返った方が身のためだよ~? 宰相大臣将軍法務官……み~んな僕が買収しちゃったし」
「え?」
「は?」
ノアの言葉に、兵士も皇帝もわなわなと震えている。
その様子を見て、ノアはにやあっと歪んだ笑みを浮かべた。
……全員、というのは正しくはないが、兵士を焦らせるには十分なインパクトだろう。
案の定、彼らの表情に迷いが生まれる。
「可哀想なお父上。皆に裏切られてたって気づかなかったんだね。もっと早く全員極刑に処しとけば、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
「ノア……! お前……」
「手駒は用意済み。ほんとはもうちょっと先の予定だったけど……。ま、もう大人しく死んじゃって? お前の時代は終わったんだよ、ヒューゴ・ファートゥム」
「……俺には、まだ切り札がある」
「ああ、人間爆弾? ざあんね~~ん。あいつら帝都の実験施設にいるんでしょ? あの施設の被験者なら、僕がここに来る前にみ~んな毒で動けなくしたから、今から動かそうとしても無駄だよ~?」
「は?」
「責任者はこっち側に引き込んだからね~。皇帝には黙っててって言いつけといたんだ。ちょこっと大変だったよ~? ま、あの爆弾どもを殺されたら皆まとめて爆死だからね、僕の言うこと聞くしかなかったみたいだけど」
皇帝の顔が憎しみに歪む。
およそ息子に対するものとは思えない。
「……お前か」
「んん?」
「お前だな。忘れな人の開発者が行方不明になったのは…………お前が消したんだろう」
「ああ、あれねえ。僕はただタソガレ王国に突き出しただけだよ~? リアン・マギーアって知ってる? お人好しで間抜けだけど頭は悪くない。おかげで弱点も見つけたし、書類は向こうに流したからもう開発は無理だね」
「…………」
「え、それともまだやっちゃってんの? うわ、諦めが悪い――――」
皇帝の目がギラリと光った。
隠し持っていたナイフをノアに向けて投げる。
「ノア!!!」
ナイフは当たらなかった。
だが――――俺の意識が逸れた、その僅かな一瞬。
その隙に皇帝は俺を殴り飛ばし、兵士たちを睨み付け「このゴミどもを捕らえよ!!」と命じる。
兵士の動きは鈍かった。
……迷っている。
皇帝につくべきか、皇子につくべきか。
皇帝は舌打ちし、ずっと静かに気配を消していた……シドへ、今度は鬼のような形相を向ける。
「シド!!!」
皇帝に名を叫ばれ、彼の体がびくりと震える。
青ざめ、俺と皇帝を見てブルブル震えている。
俺はそっとシドの肩を支えた。
彼は泣き出しそうな顔で、小さく頷いた。
「チッ――――役立たずが!!! 仕置きを楽しみにしていろ!!!」
皇帝はガン、と壁を叩いた。
力任せに叩いた途端、壁が動き始め、小さな入り口が現れる。
あいつは迷いなくその中へ飛び込んでいった。
慌てて覗きこんだ時には遅かった。
足音はすでに遠く、道の先はランプをかざしても真っ暗だ。
かなり長い隠し通路のようだった。
あの皇帝が、まさか迷いなく逃げ出すとは。
「……逃げたねえ」
「そうだな」
「僕の手下に追わせようかなあ。それとも君たちがいく?」
「へ?」
「え、ええと……」
兵士たちは顔を見合わせ……情けなく項垂れた。
ノアがため息を吐く。
「何? まだ腹を括ってないわけ? もう君たちは僕らの下についたんだよ。さっき皇帝の命令に逆らったじゃない。今更皇帝側についても、この騒動が終わったら君たちみ~んな極刑だよ?」
「そんな――――……!!」
「わかったら大人しく従ってろこの無能ども」
「…………」
ノアは容赦ない言葉を吐いた後、嫌そうに隠し通路を眺めた。
「この通路、な~んか罠とかすごいありそう。まだどんな兵器を隠し持ってるかわかんないし」
「兵器? それならお前が全部無効化したんじゃ……」
「実験施設にある分はね。でもそれが全部とは限らないでしょ? それに人間爆弾以外にもいろいろあるかも」
「…………どれだけ悪趣味なものを作れば気が済むんだ、あの人は」
「で、どうする? どうやって捕まえる?」
「……この隠し通路がどこに繋がっているか、いくつか候補を出す。出口に人を向かわせて待機。何が出るかわからない狭い通路に入るよりは、その方がまだ確実だ」
後は連絡手段をどうするか、だが……
俺は巨大な通信盤に視線を移した。
「これで、全て終わらせる」




