371 【刀士郎】 迷い、歩き始める
「ここで会ったが百年目……!! 決闘だ!! 決闘をしろ!!」
「望むところだ!! 剣を持ってこい!! そんな貧相なハンマーで勝っても面白くないからな!!」
「何が貧相だ!! 貴様のそのお飾りを叩き割ってくれる!!!」
大の大人が何をしている。
外に出た侯爵は赤髪の男を見て血相を変えた。
他に武装した騎士たちも何名も控えていたが、二人が言い争いを始めて慌てている。
イグニス公子は、二人の間に割って入るように駆け出した。
「侯爵! 父上!! 落ち着いて下さい!! て言うか何で父上がここに!?」
「事情が変わったんだ! 我々はカイウス・ファートゥム第一皇子につくことになった」
「え……そ、れは――――」
「フレアも見つかっているんだろう!? あの子は今どこに!? ゼファに聞いたら『何のことだかわかりません』とすっとぼけられるし、隊長たちに聞こうとしたらゼファが彼らに翼を生やして遊び始めるし……! どうなってるんだあの子は!」
「あー……ゼファはゼファなりに隠そうとしてくれたのかな……」
「何か言ったかルカ!!」
「何でもありません」
あの男は……ほむらの父親か。
彼女には全然似ていない。
赤髪を見ると自然と苛ついた。
公子はもう一人、緑がかった黒髪の男へ視線を向けた。
あいつは確かあの馬車を用意した…………そうか、あれが瞬間移動の力を持った男か。
「ヴェントゥス公爵……」
「すみません……。ただ、私が洩らした訳ではありません」
「……ヴェントゥス公爵、顔色が悪いようですが……あの、大丈夫ですか?」
「……………………」
「……ヴェントゥス公爵は、幼い子ども二人に酷い扱いを受けたんだ……」
イグニス公爵は、ヴェントゥス公爵を気遣うように急に声を落とした。
公子の目が丸くなる。
「え? 子ども?」
「悪者だ最低だ人殺しだ…………いろいろ責められ憔悴しきっているんだ。今はそっとしといてやりなさい」
「い、一体……何があったんですか?」
「……………………アグニがいたんだ」
そう零してから、ヴェントゥス公爵はみるみる肩を落とし小さくなった。
「屋敷で暴れていた。これはまずいと強制移動させたんだ。そしたら……子どもが二人、男の子と女の子が……泣きじゃくって…………あんな小さな子たちにあんなに罵倒されたのは初めてだ。終いにはナイフを持って、アグニさんを戻さなければ殺すと言い出して………………まさかあれはアグニの子どもか? あれにも家族がいたのか? だがとてもあいつには似ていなかったが……」
「……それで、アグニは今どこに?」
「マグマに落とした」
「わあ」
公子は口元を引き攣らせ、銀髪は「まあ仕方あるまい」と視線を逸らし、目つきの悪い男は「……こいつ一番ヤベえんじゃねえか」と引いている。
「あいつは全く私に警戒していないようだった。アグニの動きを捉えられる今の内にと力を使ったら……」
「だ、大丈夫ですよ。多分アグニなら……マグマに落とされようと生きてるんじゃないでしょうか」
マグマに落とされて死なないとはどんな化け物だ。
「まあそういう訳でヴェントゥス公爵は落ち込んでいる。そっとしていろ。で? フレアはどこだ? それと――――――」
「殿下はどちらに!?」
もう我慢できないとばかりに、橙色の髪の騎士が前に飛び出した。
必死の形相で、早くジークに会わせてくれと言わんばかりに。
「待て待て待て!! ちょっと待て!!」
侯爵は慌てた風に扉の前で通せんぼをした。
この状況で何をしている、こいつは。
「ここは私の屋敷だ!! 他の者はともかくイグニスの人間を入れさせるつもりはないぞ!!」
「そうだ、決闘が先だったな。剣は持ったか」
「お前などこのハンマーで十分ッ――――――!?」
俺はばか侯爵の頭をぶん殴りハンマーを奪った。
部屋に閉じ込められるわ睡眠薬を盛られるわ……一発くらい殴っておかねば気が済まなかったからちょうどいい。
「なな……何をするのだ……ローガン……痛い」
「話が進まん。黙っていろ」
「うう……酷い! 酷いぞ! 私は積年の恨みを今ここで――――――いッ!?」
「恨みを晴らしたいなら後にしろ」
グチグチ言うばか侯爵にもう一発入れ、倒れたところで足を掴んだ。
振り返ると、イグニス公爵が呆然と俺を見ている。
「何をしているんですか。……早く入ればいいでしょう」
「あ、ああ。君は……」
「ローガン・サピエンティアです。閣下」
俺の後に、あの橙髪の騎士が続く。
決闘だなんだと煩い侯爵を引きずりながら、俺は屋敷に入った。
そして知ることになった。
あの男が…………義勝が、どんな賭けに出たのかを。
――――――
――――――――――――
「――――――――――そういうわけで、我々はカイウス・ファートゥム様ご即位のため、手を貸すこととなりました。それで帝都に派遣されましたが……しかしまさか、こちらでの事態がこうも急変していたとは。サピエンティア邸でも何か起きたかもしれないと、慌ててこちにら来た次第です。ここに集ったのは第一騎士団と第三騎士団の精鋭たち。半分は帝都に残し、西支部、東支部へも人を遣わせています」
「そうか……。女王はさぞご立腹だっただろう」
「え、いえ! それは……」
イグニス公爵は視線を迷わせた。
どうやら大層ご立腹だったらしい。
「その……女王陛下は一番に異変に気づいていたようです。あれが殿下の影武者だったと。それで……」
「いい。小言くらい後でたっぷり聞いてやる」
ジークが小さくため息を吐き額に手を当てる。
その背後では、あの橙色の髪の騎士が嬉し涙を流していた。
「殿下ッ……! ああ、これこそ本物の殿下……! うう……声が沁みる……!!」
情緒不安定だな。
大丈夫か、こいつ。
「エイト……お前は一体何があった」
「いえ! 自分のことはお気になさらず!! ようやくあの日々から解放されたのかと……! やはり自分がお仕えするべき御方は殿下!! あなた以外におりません!」
「…………本当に大丈夫か」
影武者によほど酷い目に遭わされたのか?
ジークに会うなり号泣しながら跪くし感動のあまり抱きつきかねないし……正直、引いた。
何となく腕の立つ奴のような気がしたが、気のせいだったかもしれない。
ジークは「……後で聞く」とエイトという名の騎士から視線を逸らし、公爵たちといくつか言葉を交わした。
「………………」
その様子をぼんやり眺めながら……あいつのことを、考えていた。
義勝が、この国を救うために動いた。
自分の命を賭けて、異国にまで助けを求めた。
………………酷く現実味がなかった。
「あの子が……本当にそんなことを……」
侯爵も狼狽えている。
この人はあいつの怠惰で愚かな姿しか知らない。
あいつの、偽りの姿しか。
「そうか、カイウス殿は…………。わかった。一旦屋敷に戻るぞ。団長、異論はないか」
「ああ。……ある訳ないだろ」
団長は深く長いため息の後頷いた。
「…………………ほむら」
俺が彼女の名を零し、ジークが俺に顔を向ける。
「フレア・ローズ・イグニスは……彼女は、一体どんな人生を歩んできたんだ」
イグニス公爵の顔が強張った。
その顔を見ると心がざわつく。
……俺とて、少しは知っている。
この男が娘にどういう感情を抱いていたか。
彼女の母親、イザベラ・サピエンティアがほむらの生まれ変わりだと、ずっと思っていた。
あんなに姿かたちが似ているんだ。
転生者は前世の姿をそのまま受け継ぐと言われ、俺も実際そうだった。
まさか娘の方がほむらだなんて思いもしなかったが……イザベラがほむらだと思っていた時には、彼女の娘がどうしているかと少しは調べた。
イグニス家で散々嫌われ、疎まれていると知って、侯爵が恨むのも当然だと思った。
思ったが…………
俺はあの時、何もしなかった。
行動することを恐れ、見て見ぬ振りをした。
俺に、公爵を責める権利はない。
「前世の彼女は、確かに剣豪と呼べる実力の持ち主だった。俺よりも良い腕だった。間違いない。間違いないが……実戦にはまだ不慣れだったはずだ。もちろん殺し合いなんてしたこともない。人間爆弾なんてものを前にすれば怯えるだろう。普通の感性の持ち主だった。腹の中の物だけを斬るなんて、そんなものも見たことがない。なのに……」
数多の修羅場を乗り越えてきたのだろうと、わかってしまった。
でなければあんな風格は生まれない。絶対に。
『道を誤った時に、殺してやることもできない』
『国のために人がいるんじゃない。人のために国があるんだ』
あんなことを、さらりと口に出来るような子じゃなかった。
「彼女は、一体どんな人生を送ってきたんだ……?」
聞いておきながら、本当はわかっている。
フレア・ローズ・イグニスとしての生と言うよりも……
間違いなくほむらとして生きた頃のことだろうと。
俺が一人のうのうと死んだ後、彼女は想像を絶する人生を歩んでしまったのだろう、と。
後悔してもしきれない。
そうなる元凶を作ってしまったのは、俺だった。
「…………僕が言えることは何もない。この場にいる誰も、彼女があんなにも強くなった理由は知らない」
ジークは顔に悔しさを滲ませ、あいつの名を口にした。
「知っているのは、恐らくカイウス殿だけだ。あの二人の間には特別な何かがある。気になるなら本人に聞いてみればいい。話してくれるかわからないが、……まあ、お前なら話すんじゃないのか。前世の道場仲間なんだろう」
「…………」
「彼らは戦っている。カイウス殿も、フレアも。…………ローガン、お前はどうする」
濃紫色の目にじっと見つめられ、心が揺らいだ。
…………俺は。
俺は、どうすればいいのか?
そんなの俺が一番わからない。
何が正しいかわからない。
行動して、また間違えたら? 取り返しのつかない過ちを繰り返したら?
そうしたら俺は、俺はッ――――――――……!!
『たとえ人斬りでも、俺にとっては大切な友達だよ』
………………ほむら
『さあ! 行こうぜ刀士郎!』
『何をぼんやりしている刀士郎! 後れを取るな! 期間限定あんころ餅は早い者勝ちだぞ!!』
…………………………義勝
『二人とも甘味のことになると目の色が変わるね……』
『こ、これは仕方がないだろう! その、先生が買ってこいと言って……俺は別に……』
『じゃあ義勝の分も俺がもらってやろうか?』
『ふざけるな一口でも奪おうものなら覚悟しろ!!!』
何のために、剣を学んだ?
友達を、大切な人を、守るためだった。
『……一週間後、俺と手合わせしろ』
あの時、俺に手会わせを挑んだ義勝は、俺の記憶の中のあいつとどこか違った。
真っ直ぐなだけじゃない、清濁併せ呑んだ、潔さのような。そして……
咄嗟に、感じた。
こいつが経験してきたであろう数々の試練……その厚みのようなものを。
いくら剣で勝とうと、俺には超えられない何かがある。
そう感じた自分にも、それを感じさせた義勝にも、戸惑った。
俺だけが、また、何もできずに時代に取り残されるのか?
「…………あんな愚鈍な皇子に後れを取ってたまるか」
まだ、わからない。
迷いはなくならない。憎しみも消えはしない。
それでももう…………立ち止まってはいられない。
「今すぐ帝都に連れて行け。皇帝の身柄を拘束する。あの男の悪事を白日の下に晒し裁きを与える。……サピエンティア家を、継ぐ者として」




