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34 【カノン】戦う


「ステラ!!!!」


 叫びながら、俺は懐からボールを取り出し、それを奴らに向かって投げつけた。床に直撃したボールは破裂したような音とともに、もくもくと煙を吐き出していく。

「くそっ、なんだこれ!?」

「火事か!?」

 フレア様が渡してくれた“便利なもの”……こんなの市場でも見たことないから、多分フレア様の手作りだと思うけど、ほんとすげえ。料理うまいし虫も平気だし手先も器用だし頭も良いって、弱点なんてないんじゃないかと思う。

 見失わないうちにステラの腕を掴んで、「こっちだ!」と引っ張った。驚いたような信じられないような顔をしていたけど、彼女もふらふらしながら立ち上がってくれた。部屋を抜け出し少し走ったところで、ステラが突然胸を押さえて苦しみ始めた。


「お、おい!?」

「む、胸が……」


 息もうまくできねえみたいで、体が小刻みに震えている。

「わ、わかった。俺に掴まれ。運ぶから!」

 声を掛けるけど、返事はない。いや、できないって言う方が正しいのか。聞こえてんのかもわからねえ。男たちの足音が聞こえてくるし、このままじゃまずいんでステラの体を両手で抱えた。俺より多分年上だし背だってあるのに、その体は想像以上に軽くて拍子抜けした。

「いたぞ!」

 ! やべえやべえやべえ! あまりにも軽いから走るのは全くしんどくないけど、全身から冷や汗が止まらない。必死で足を動かした。もうすぐ階段だ。それを登れば……


 そう思った時、背中に激痛が走った。




「がっ……!?」

 



 つんのめって倒れそうになって、気合いで踏みとどまる。腕の中のステラがびくっと震えた。焦点の定かでない疲れ切った目が、俺を見つめている。



「あああっ!!」



 背中に刺さった何かを、そのまま強く引っ張られる。肉を抉り出されるような感覚に震えも恐怖も止まらない。


「大人しくしなさい。そうすれば優しく取ってあげるから。随分深く刺さったから、さぞ痛いでしょう?」

「く、そ……う……るせええ!!」


 ステラを抱き締めて勢いよく走り出した。その拍子に背中にぶっ刺さってたもんは抜けたけど、代わりに言葉にならない激痛が走って足下がふらついた。ステラを放して、「あんただけでも走れ」と突き飛ばす。心臓の発作は治まったのか、彼女はふらふらと立ち上がったけど……その彼女の腕を、屈強な男が掴んだ。


「きゃっ……」

「ステラ!」


 懐から折りたたみ式の短槍を取り出して男に向かって斬りかかった。……もちろんこれもフレア様に渡された奇妙な武器だ。男の腕を突き蹴り飛ばした後、体を捻って背後に迫っていた敵を槍で薙いだ。敵は後ずさってくれたが、こんなにいたか!? っていうくらい集まってきている。

 背中の痛みがやばい。どんどん激しくなっていく。指先が震えて身体の底から寒気がくる。血もどんどん流れて、思考の方が覚束なくなってくる。

「早く行け」

 ステラが戸惑う気配が伝わったけど、もう一度行けって言ったらよろよろしながら走って行った。


 フレア様にもらった道具使って……いや、ステラがいつまた発作みてえなの起こすかわからねえ。もう少しこいつら足止めして、それから逃げる。時間さえ稼げば、きっとうまく逃げてられる。逃げたらすぐルベル見つけて早くこのことをフレア様に……




「ふうむ。これは一体どういうことだ? あの小僧はなんだ? 孤児院のガキか?」


 でっぷり太った貴族風の男が、バーバラに話しかける。


「あれはこの辺りによく来る貴族の従者です。孤児院に興味があるとかでこの子供をしばらく置いてほしいと……」

「貴族? どこの貴族だ?」

「さあ。頑なに家名を名乗らないのです。大した家の者ではないでしょう。田舎の貴族と言っていましたし、市場に来るような娘でしたからね。金は持っていましたが」

「金を。ほう……」


 デブ男は俺に「おい」と声を掛けてきた。


「正直に言えば許してやる。お前はどこの家の者だ?お前がここにいるのはその主の命令か?」

「違う!!」

「ならばどうしてお前はこんなところまで足を踏み入れた? 大体、バーバラの部屋は鍵もかかっていたはず……」


 ルベルだったらこんな時なんて言う? 

 わかんねえ、頭の中高速で回転させて目眩がした。ただ絶対、フレア様にだけは危害が及ばないようにしないと。俺の単独の行動だって、思わせねえと。



「お、俺は……俺は手癖が悪くてなあ!! だからお嬢様に呆れられてここに入れられたんだ!」

「入れる? まさかしばらく置かせてほしいっていうのは……」

「そうだよ! 厄介払いだよ! ムカついたから鍵も盗んだしここに忍び入った!」

「……あの貴族の娘、新しい下僕か侍女が欲しいと言っていたわ。なるほど、最初からあなたと交換でってことなら納得ね」

「えっ」


 バーバラは納得してるけど、俺は安心どころじゃない。フレア様……もしかして実は俺クビになりかけてたんだろうか? ちょっと悲しい……



「ここに忍び込めるほどの者ということは……こいつ、あの書類を盗んだ者かもしれん」

「ふふっ、やはりそうですよねえ。良かった、ステラに無駄な時間を割かずに済んだわ」

「あの子供は放っておいていいのか?また逃げ出すぞ」

「大丈夫ですよ、他の職員が捕まえてくれます。もし万が一逃げ出せても、あの子はどうせすぐ死にますから」


 やっぱり他の職員もグルか……。ルベル、あいつなら絶対大丈夫だと思うけど……槍を持つ手に力が入った。


「ねえ、手癖の悪い赤毛さん。たっぷり可愛がってあげるから、一緒に楽しい時間を過ごしましょうねえ?」


 そう言って微笑んだバーバラの顔は、悪魔みたいに歪んでいた。


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