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32 【カノン】見回る


 少し不思議に思っていたことがある。

 この孤児院はすごく静かなんだよな。これだけ子供がいたら、もっと騒がしくなるもんだと思うんだけど。それともシリウスが騒がしい奴らをまとめて外に連れて行ったのか? ……なんかそれが理由な気がしてきた。


 バーバラさんは良い人だった。急にいさせて欲しいって言うのに、嫌な顔一つせず空いている部屋を使わせてくれた。食事もうまかったし、ベッドも思っていた以上に良いものだったし。


「まだまだここら辺は物騒ですから。剣術を習っていらっしゃるとか? 孤児院は子供や女性しかいませんから、とても心強いです」


 正直、俺だってまだ子供だけどそう言ってもらえるのは嬉しかった。

 ルベルだっているし、またあの男が来たって今度はなんとかできる。そう思えた。


「見回り」


 ルベルがこそっと廊下の方を見てから俺に言った。やばいやばい。危うくベッドの中で寝そうだった。普段ならとっくに寝てる時間だしな。フレア様には何でも無いって元気にしてみせたけど、実は昨日の怪我がまだ痛い。ルベルだってそうだろうけど、こいつはそれを俺の前でさえ見せないから凄いと思う。


「次は失敗できないからな」

「おう」

「路地裏よりやりづらい。子供たちに危害が及ぶのは避けないといけないし。一応これ、わかる範囲で地図を作った。頭に叩き込んどけ」

「えっ」


 手渡されたのはめちゃくちゃ詳細な院内地図だ。まだインクが乾ききっていないところを見ると、さっきガリガリ書いてたのはこれか。

 ……やべえ。どこが何の部屋かってだけじゃなく、花瓶の位置やら窓の数やらベッドの数やら、普通の地図に載っていないような細かい情報がずらっと並べられてる。院内の案内はされたけどさらっとされた程度だし、あんな数秒みたくらいでよくここまで覚えてたな。しかもここ結構広いのに。これだけ綿密な情報があれば、部屋が仮に真っ暗でもなんとかなりそうだ。つってもまあ、これを頭に叩き込めるのはルベルくらいだと思うんだけど。

 シリウスを追い詰めた時もそうだった。めっっっっちゃくちゃ計画を練って練って練って、頭がパンクしそうになった俺は途中で何度か意識を手放しかけた。ルベルは間違いなく石橋を叩きまくって渡るタイプだ。いや、叩きすぎて壊すタイプか? 短時間で聞き込みをして、街で買った地図を修正し付け足したりしながら書き直して、どこにどんな道があるのか確認して、逃げられた時のためにシミュレーションして、同時に浮浪児が溜まっているって場所を探して……途中で日が暮れて。

 ほんと大変だった。なのにまんまとシリウスには逃げられるし、変な男が出てくるし。

 

 ルベルは再戦に燃えてるんだろうな……。一度は近衛兵に任せるって感じだったけど、腹の底では納得してなかったんだろうな……。闘志がメラメラしててちょっと怖いくらいだ。こいつほんと負けず嫌いだな。俺も人のこと言えないけど、多分こいつの方が負けず嫌いは負けてない。


「ちなみにお前、これ全部入ってんの? 頭に」

「当然だ。これから二手に分かれて見回りする。明かりがなくなる事態も考慮して、できるだけ頭に叩き込んでおけ。今夜は月明かりもあまりないし。計画の通り、俺は出入り口を重点的に見回る。お前は建物の中、特にステラの部屋の周辺を頼んだ。もし万が一職員に見つかったら、適当に言い訳して怪しまれないようにしろよ」

「おう。何もなければいいんだけどな」

「ああ。ステラの方は頼んだぞ。何か重要なことを知っているなら、シリウスたちは絶対に彼女を取り戻しに来るはずだ。今夜か、明日か……それはわからないが」


 多分ここにいられるのも、二、三日がいいところだ。それ以上になるとさすがに居続ける訳にはいかないし。だから、どうせ来るなら今日来てくれよって思う。


「あのさ、フレア様が言ったこと、どう思う?」

「…………」


 ルベルは少し迷った後、俺の方を向いた。


「わからない。……わからないが、あの人が言うと信じてしまう。明確な理由はないが、あり得るんじゃないかと思ってしまう」

「うん……」

「イグニス家に生まれた者として、この国を、民を守ることは俺たちの責務だ。……たとえ、今はまだ騎士じゃなくても」

「ああ」

 できるだけ地図を頭に叩き込んで、俺たちは明かりを手にそろ~っと部屋を出た。


 


――――――――


 今のところ、変なことは何もない。

 見回りも2週目に入った。外も静かで……うん、やっぱ不気味なくらい静かだ。


 ステラの眠っているはずの部屋も、おかしな気配はない。俺は気配を消して、廊下を歩いた。ふと、バーバラさんの執務室の方で物音が聞こえた気がした。

 ……いや、気のせいか?



 部屋の前を注意深く観察しても、特に変わったところはない。明かりも漏れてないし、静かだし、人の気配はない。こんな夜更けにここで作業なんてしないだろうし……でもなんとなく怪しい気がして、さっきルベルに渡された鍵束を取り出した。修道院の先生たちが見回りを終えた後、ルベルがくすねてきたやつ。おまけにダミーの鍵束を保管庫に入れておくという周到振り。いつの間にあいつあんなもん仕込んでたんだか。いや、そもそもどうやって保管庫を開けた? ……怖え。最近あいつがめちゃくちゃ怖え。フレア様の従者になってからあいつの成長スピードがおかしい。つーか、これ成長で合ってる? 犯罪だと思うけど大丈夫? え、世の下僕って皆こんな感じなの? いや……そんな訳ないよな? 怖すぎるだろ。



 俺は極力音が出ないように注意して、慎重に鍵を開けた。明かりはないから誰かいる訳ないけど、人の部屋に勝手に入るってのはめちゃくちゃ緊張する。当然今までこんなことしたことないし。


 ゆっくりと部屋の中を見回す。……普通の執務室って感じ。やっぱ気のせいか、と思って閉じようとした時、ふと壁の辺りに違和感を感じた。執務机の背後の辺りだ。近づいて確認したら、壁に切り込みがあって僅かにずれていた。ゆっくり押して中を覗くと、その先は長い階段になっている。近くの壁には四角い小さな凹みがあって、中にレバーのようなものがあった。なるほど、隠し通路、てやつか。貴族の邸宅なら珍しくないけど、孤児院にもあるもんなんだな。多分中に入ってちゃんと扉を閉めたらレバーの収まっている凹みも綺麗に見えなくなる仕掛けだと思うけど……壁の扉を戻しきれてないってことは、よほど慌ててたのか……つまり、ついさっきここを誰かが通ったってことか?

 なんのために? 隠し通路は普通緊急の避難に使われるもので、日常に使われることはないはずだ。


 ルベルを呼びに行くか?と思ったけど、あいつが今どの辺りにいるかわからない。なんせこの孤児院はめちゃくちゃ広いから。探すのはけっこう時間がかかるだろうと思うと、今すぐ確認したいって焦る気持ちの方が勝った。それに本当にただのうっかりだった場合のことを考えると、1人の方がいいだろう。廊下を歩いているだけの見回りなら、誰かに見られてもトイレだとかなんとか適当に言い訳できるけど、さすがにこの状況は言い訳なんてできないし。バレたら罰せられる。そうなるのは俺だけでいい。


 隠し通路の先の階段は長かった。ゆっくり下り終えてからも長い廊下が続いている。そのうちボコボコの岩肌が剥き出す通路になってて、今自分がどの辺りにいるのかさっぱりわからなかった。

 随分歩いた頃、人の気配を感じた。扉が僅かに開いていて、そこから声が漏れてくる。



「――わ、たし、は、そんなもの知りません!!」



『怪しむべきは、シリウスが関わっている男だけじゃない』



 頭の中で、フレア様の言葉が響く。



『人身売買に関わっているのは、バーバラかもしれない』


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