26 話を聞く
結局、あの野生動物のようにギラギラした目をした少年と病弱そうな少女を診療所に連れて行くことはできなかった。馬車に乗せる手前で、彼らは立ち止まって動かなくなったから。
「……本当に、俺たちを診療所に連れて行くつもりか」
少年は姉を庇うように前に出て、私を睨み付けた。私より少し背が低くて、威圧感には欠ける。……でも、なんて言うか今まで感じたことのないざらつく恐怖を感じた。
今にも手を上げてきそうな雰囲気にルベルたちがピリピリしている。
「嘘に決まってる。俺たちをどこに連れて行くつもりだ。お前ら、本当は何が目的なんだ」
「スリに失敗したから当たり屋ってやつ? それでお金を巻き上げようとしたのよね? 可愛いその子の顔があれば、周りが同情してくれるし」
「……」
「普通のお貴族様なら、はした金を置いてってくれるかもね。周りに責められるのも嫌だし、これ以上面倒事にも巻き込まれたくないし……もしかしたら、本当に怪我をさせてしまったかもしれないし?」
少年の額から汗が流れ落ちる。お姉さんの方は震えながら少年の袖を引っ張っている。
「なんで……」
「なんでわかっててあなた方を連れてきたかって? それはあなたのお姉さんがよくわかってるんじゃない?」
「は?」
「シ、シリウスちゃん!」
青い顔のお姉さんが震える声で少年の名前を呼ぶ。
その時だった。
「シリウス!? ステラ!?」
女性の声が響いた。
顔を向けると、ふっくらとした中年の女性がこちらを駆けてくるところだった。服装を見るに、修道女のようだった。
彼女を見た途端、少年少女は今度こそ一目散に駆け出した。
「あっ、待って! ねえ! お願い!!」
2人は女性の声には一切応じない。あんなに苦しそうだったお姉さんも、びっくりするくらい元気だこと。あの走りっぷりはなかなか凄いわね。2人の姿はあっという間に見えなくなった。
「はあ……はあ……」
「大丈夫?」
修道女の女性は汗だくだった。2人の姿が見えなくなって、悲しそうに顔を歪ませている。私が声を掛けると、初めて私の存在を知ったように驚いた。
「あ、いえ、お気遣いありがとうございます。あなたは……?」
「この辺りに暮らしている田舎の貴族よ。フレア、とだけ伝えておくわ。あなたは?」
「私は孤児院で子供たちの世話をしている者です。バーバラと申します」
そう言って、バーバラは深々とお辞儀をした。
「あの子たちは孤児院の?」
「ええ、そうなんですが……。お嬢様、あの子たち、もしかしてお嬢様に失礼なことを……?」
「まあね」
何があったかかいつまんで話すと、彼女は土下座する勢いで頭を下げた。
「たっ、大変申し訳ありません!! 私が至らないせいで……」
「いえ、いいのよ。それよりちょっと気になることがあるんだけど……」
「え?」
「あのステラっていう女の子」
私は彼女の耳に囁いた。
「……心臓が悪いわね?」
そう言うと、バーバラは驚きで目を見開いた。
「どうしてそのこと……!?」
「少し医学の知識があるものだから。わかるのよ」
ほんとは、ただ心臓の音がおかしかったのを聞いただけだけど。
――――――――
「あの子たちは数年前に親に捨てられて、この孤児院に引き取られました。ステラはとても賢くて可愛い子で、皆から好かれていました。でも、弟のシリウスはしょっちゅう暴力を振るうような子で他の職員も手を焼いていて……」
「ある日、2人と他に数名の子供たちが施設を抜け出したんです。多分シリウスが先導したのだと思いますけど……本当に困ったものです。必死で探しているのですが、すぐに逃げられてしまって保護ができません。ステラは心臓に重い病を抱えていて、絶対に安静にしておかないといけないのに」
「シリウスはそのことを知ってるの?」
「いえ……ステラから言わないで欲しいと。だから病気のことは知りません」
「そう」
バーバラはそっと目元を拭った。
詳しい話を聞いてもらいたいと、案内された孤児院は城下にある比較的大きな施設だった。カノンとルベルには廊下で待ってもらっている。私とルカは出されたお茶を飲みながら、いかにシリウスが乱暴な子供か、ステラが危険な状態かと聞かされた。
「ステラの病気は治らないの?」
「手術すれば治る可能性があります。でもその手術費は莫大な額が必要で……。子供たちには内密に寄付を集めてはいますけれど、まだまだ足りない状況です」
「そう。大変なのねえ」
「あの子はとても優しくて、本当に良い子なんです。このまま無茶な生活ばかり続けて、もしあの子に何かあったらと思うと……本当にいたたまれなくて……」
「可哀想に。少しだけど寄付をしましょう」
「あ、ありがとうございます!!」
何度もペコペコ頭を下げる彼女に、少しばかり多めにお金を渡す。
「こ、こんなによろしいのですか!? とてもありがたいです、あの子に早く手術を受けさせてあげたくて……」
「ええ。あの子が保護されたら連絡してね?」
「はい!」
「それと、少し相談があるんだけど」
「なんでしょう?」
人の良い穏やかな表情のバーバラに、私はにこっと微笑みかけた。
「実はね……私、侍女が欲しいと思ってるの」
「え?」
「まあ、下僕でもいいわ。人手が足りなくてね。良い子がいたらぜひ紹介してもらっていい? 貴族の屋敷で奉公なんてそうそうない話でしょう?」
そう伝えると、バーバラはぱあっと表情を明るくした。
身寄りの無い孤児院の子供が貴族の奉公に出られることは滅多にない。ろくに読み書きもできない子ばかりだから、文字の必要ない下働きに出る子がほとんど。その中で貴族の奉公は、もし辞めさせられても次のところが比較的すんなり見つかる、良い就職先だった。衣食住も確保されているし、運が良ければ勉強を教えて貰うこともできる。
「は、はい! あの子たちも喜ぶと思います! でもよろしいのですか? 貴族の方々が満足のできる教養やマナーは……」
「教えればいいだけだもの。うちには立派な教育係がいるの。どんな野蛮な子でも一流の召使いになるわ」
「まあ、それは素晴らしいですわ」
まあ相当厳しいでしょうけどね、ルベルの授業は。カインが毎日ひいひい言ってるんだもの。あんな臣下を持って、カインはほんと幸せ者ね。
「早く見つかるといいわね、子供たち」
「ええ! お嬢様も、もしお見かけしたらご連絡ください! あ、いつでもお越しください。子供たちもお嬢様とお話したがっております」
「あら、そう。じゃあちょっと中を見学させてもいい?」
「はい、もちろんです!」
孤児院の中を案内してもらってからまた馬車に乗り込んだ。終始ご機嫌なバーバラに見送られて、屋敷へと向かう。屋敷に着いてまず最初に目にしたのは、雑に放り込まれた置き手紙だった。
『可愛い僕の婚約者へ。明日また来る。その時は農作業着で。次いなかったら死刑』




