24 連れて行く
カノンが怒鳴りつけている相手はみすぼらしい身なりをした少女だった。
痩せ細っていて顔には生気がない。肌も髪も色が抜け落ちたように真っ白で、目だけが赤い。髪はパサパサだし服もボロボロだけど、よく見ればけっこう可愛い顔をしている。笑えば相当愛らしいでしょうね。でも、その顔は今恐怖と焦燥に駆られている。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「こ、んのッ……」
カノンはぎりぎりと拳を握りしめている。何をあんなに怒っているのかしら? ただぶつかれただけみたいだけど。それともスリとか? うーん、カノンが一人でここまで来る理由はないから、ぶつかられて怒って逃げるあの子を追いかけた? でもカノンがそれくらいで追いかけるとは思えないから、何か盗られたってとこかしら。
でも、そもそも盗られて困るものなんて持ってる?
「ちょっと、何してるの」
「……! フ、フレア様……!」
私の姿を見た途端、カノンが赤くなったり青くなったりと忙しなく変化した。
「その、これは、その……」
「その子がどうかしたの?」
「いえ、えっと…」
どういうわけか言い淀む。
正直に言えばいいのに。
「わ、私が、ぶつかってしまって、それで……」
女の子が泣きそうな顔で私たちを見上げる。……やっぱり綺麗な顔ね、声も繊細で可愛らしい。
でも……
「手は上げてないの?」
「お、俺が!? いえ、上げそうにはなりましたけど、してません! ぶつかられて、逃げられたんで追いかけて、掴まえたんで詰め寄ったらいきなり一人で転んで……」
「ぶつかったくらいで追いかけるの?」
「……スリだったんです。だから……」
「何を盗られたの?」
「硬貨を、少し」
額を聞けば、本当に大したことのない額だった。
ますます追いかけた意味がわからない。カノン、あんたそんなにお金が欲しいの? 少しくらい給料を検討しようかしら……最初の取り決めの時、二人には衣食住と教育を確保する代わり、お金を出さない決まりになってたけど……考え直した方がいいかもしれない。カノンが守銭奴になっちゃう。
「姉に何してる!」
怒号が響いて、青ざめた顔の痩せた少年が少女に駆け寄る。この子は私と同い年くらいかしら。ボサボサの黒髪、鋭い目つき、みすぼらしい身なりをしているけれど、よく見れば顔立ちは整っていた。
「だ、大丈夫よ、私は…」
「姉は体が弱いんだ!なんで突き飛ばしたりなんかするんだよ!」
「え、いや、俺は…」
「うっ、げほっ、ごほっ、うっ! ……っ」
女の子が急に苦しみ始めた。
カノンが動揺して「さっきまで元気だっただろ!」と睨み付ける。
「うっ……ふっ……」
汗をだらだら流して、目をカッと見開いて、胸元を強く押さえている。硬直してしまった少女を前に、人々がざわつき始める。「なんだ…?」「お貴族様の従者が女の子を突き飛ばしたみたいだ」「んだよひでえな」……まあ、わかってたけど好意的な声は一つもない。カノンが怒りに顔を赤くしていくけれど、言葉がうまく続かないらしくぎゅっと唇を噛んでいる。
「だ、大丈夫か? なあ、なあ!」
少年の目つきがどんどん鋭くなっていく。ぎろっとキツい目で私たちを睨み付ける。
「お前ら……何でこんな酷いことを!!!」
「だから何もしてねえよ!」
「落ち着け」
ルベルがカノンの肩に手を置く。少し息が乱れているのは、さっき姿が見えなくなっていたから。何の用事を思い出したのか知らないけれど、こんな時にあんたはあんたでどこに行ってたのよ。
少女はみるみる顔色が悪くなっていく。
「おい、病院に連れて行った方がいいんじゃ…」「でもあのガキどもじゃ診察費払えないだろ」「じゃあお前が払ってやれよ」「無理に決まってんだろ。元はと言えばあのお貴族様が――」
外野がうるさい。
それにしてもまずいわね。ほったらかしにしてもいいけど、もしこの後冷たくなっちゃったら気分悪い。こっちは折角可愛い格好をして楽しんでるのに。
「……わかったわ。そんなに言うなら、その子たちを診療所に連れて行ってあげる」
高らかに宣言すると、シン、と静まりかえった。ルベルはぎょっとして声を潜めた。
「本気ですか? 恐らくこれは――」
「いいの。馬車に乗せてあげるといいわ」
「しかし、殿下のお約束がありますが」
あー……忘れてた。
このまま病院になんて行ったら間違いなく遅れるわね。でも、ま
「緊急事態だもの。今から連絡なんて遅いし、ほっときましょ。もしかしたら間に合うかもしれないし」
「よろしいのですか?」
「いいーのいいーの。可愛い婚約者の言うことなら許してくれるわ」
まー多分許してくれないでしょうけど。
農作業姿を大爆笑されたし、その仕返しってことで。
あの飄々とした王子様が、どれくらい酷いことしたら怒るのか測りたいしね。一度怒らせた時は結局虫の居所が悪かったってのがあったみたいだし。何考えてるかわからない。
これくらいで処刑になることはないでしょ。
……ない、よね?




