22 【カノン】購入する
やっぱ無理だった。
そりゃそうか。兄妹として過ごした時間なんてほぼゼロだもんな。無茶言ってごめん。
結局、フレア様はいつものドレスを一人で着て、ルカを私室に通した。言われてみれば、確かにフレア様のドレスはこっちに来てからシンプルで町娘とさして変わらないものだったと気づく。容姿が綺麗だと簡素なドレスも映えて見えるってあるんだな。客間じゃないのはご機嫌斜めだからだと思う。部屋の隅に立派なドレスが飾ってあった。鮮やかな青いドレス。紺碧の薔薇の飾りが胸元に輝いている。宝石やレースが散りばめられていて、超高級品だってことは誰にだってわかる。
「このドレスって……?」
ルカがまだ赤い頬を押さえながら質問する。
「王太子からのプレゼントなの。今日来るから着といてって」
「そっか……。素敵なドレスだね」
ルカのため息に俺も同意する。さすが王太子殿下。贈り物の格が違う。
フレア様にとってジーク殿下は、やっぱり特別な存在なんだよなと改めて思う。
「以前ここに来た時に、あいつアポなしでね。私はちょうど裏の畑を耕しているとこで、私の格好を見て大爆笑。それでこんなドレスを送りつけてきたってわけ。ろくなドレスがないと思われてるのよ」
いつも澄まし顔で何を考えているのかよくわからないジーク殿下が珍しく、あの時は普通の子供のような顔になっていた。
この屋敷の裏にはそこそこ広い畑がある。最初は草がぼうぼうで絶望的な状況だったが、フレア様の指揮の下、雑草を抜き畑を耕し野菜を育てている。なかなかの肉体作業だったけどその分体力がついたようで楽しかった。新しい鍛錬みたいだ。花とか植えた方がいいんじゃないかと思ったけど、フレア様としては食材が欲しかったらしい。公爵から全くお金を貰っていない訳じゃないのに、異常に節約に気を配っていて、最初に市場で買い物をしたときも身分を隠して値切りとかしている。あれを見た時はさすがにびっくりしたけれど、ルベルは次の日からフレア様と同じように値切りまくっていた。適応力が高いというかなんというか……。普通に迷惑な客だと思うけど、どうなんだろう。
「そっか。あのジーク殿下が大爆笑かあ……」
「それで、ルカは何の用なの?」
「誕生日おめでとう。お母様からのプレゼントも預かってきてるんだ」
「……私に?」
「直接来られなくて申し訳ないって」
そう言ってルカが取り出した品々は、これまたセンスが違った。
キラキラ光る華奢なネックレスや、可愛らしい金のブローチ。どれもフレア様にめちゃくちゃ似合いそうだ。宝の山って感じで、改めてイグニス家の財力を思い知る。
「……ありがとう」
お、フレア様がちょっと照れている。
普段キツいけどこういうところが可愛いよなーって思っていると、隣であいつが動揺する気配を感じた。なんかあったのかと思って顔を向けると……
あれ? 赤くなってる?
ルベルの耳が赤い。なんなら顔も赤いし、目は動揺したように泳いでいる。どうした、こいつ。肩を小突くと、さして力を入れていないのに大げさによろめいて、「な、なんだ!」と擦れた声で睨まれた。
お前がどうした。フレア様の可愛い顔を見てこうなるって、まさか、まさかなー……と思いながら首を捻る。ルベルは昔からあんまりフレア様のことをよく思っていないっぽかったし、まさかそんなあり得ないよな。うん、ないない、それはない。……ないと信じたい。
「これは僕から。その……全然高価なものとかではないんですけど……」
ルカが顔を赤くして恥ずかしそうに出したのは、額縁に収められた小さな一枚の絵だった。
イグニスの家紋でもある赤い薔薇が描かれた、淡いタッチの幻想的な絵だ。
フレア様はじっと絵を見つめて、小さく微笑んだ。
「……頑張ったのね」
「えっ」
「よくできてるじゃない。こんなに絵が得意だったなんて知らなかったわ」
フレア様の言葉に驚いてルカを見れば、あいつの顔がみるみる赤く染まっていく。
「ど、どうしてわかったの……?」
「指に薄く絵の具の跡が残ってる。一ヶ月くらい前からずっとね。ほんのり絵の具の匂いもしてたし。だから何か描いてるんだろうとは思ってたけど。気づかなかった?」
「ちゃんと落としたと思ってたんだけど……あ、ほんとだ」
言われてみれば、確かにほんの僅かに跡らしきものがある。でも普通に見落とすくらい些細なものだ。やっぱフレア様すげえな。
「それに薔薇を差している花瓶も本邸で見たことがある。私の部屋の前の廊下に置いてあったものでしょ?」
「あ、うん。その通り……」
「淡い感じもなんかルカっぽいわよね。花弁なんてすごく繊細で――」
「あ、あの、フレア」
ルカの顔が薔薇みたいに真っ赤になってる。
「それ以上は、その……」
自分が描いた絵をあれこれ言われるのってこっ恥ずかしいよな、うん、わかるわかる。俺は昔一生懸命描いた絵を使用人含め全員に大爆笑されて以来しばらくトラウマになった。
フレア様は最後に、にやっと意地悪な笑みを浮かべた。
「でも、薔薇って意味深な花言葉があるから他の子には送らない方がいいわよ」
「へ?」
「薔薇が1本だったら……確か、一目惚れ、だったかしら」
その瞬間、ボンっと破裂しそうなほどルカの顔が赤くなる。まさか自分の顔に起爆能力使っちゃったか? 本当に爆発するんじゃないかと不安になったけど、ルカはただ背中を丸めて小さくなっただけだった。額に手を当てて項垂れている。手も顔も体中の血を集めたんじゃないかってくらい赤い。
……一応、医者、連れて行った方がいいかな。
「あははっ、冗談よ! イグニスの家紋だから使っただけでしょ? わかってるわかってる。そんなに赤くなって面白いんだから」
フレア様、けっこう残酷だな。でも俺も、ルカが本当にそういう意味を込めたのか、ただ恥ずかしがり屋なだけなのか、今はよくわからない。一応兄だし、ないとは思うけど……でもなあ、兄として過ごした時間なんてゼロだし、今だってあんまり兄妹って感じじゃないし。
……わかんねえよなあ。
「ありがとね。飾っとくわ」
瀕死の重傷となったルカを横目に、俺は内心めちゃくちゃ焦ってた。
薔薇を1本……一目惚れ……
やっぱり知ってるよな。なんたってイグニスを現す大切な花だし、本数によっていろいろ意味が違ってくるのは常識だ。第一、男性が女性に花を贈るってだけで十分意味深な行為だし。貴族の家紋が基本的に花をモチーフにしたものであることからしても、この国で花の持つ意味は大きい。庶民でも簡単に手に入るものでありながら、指輪やドレス以上にハイレベルなプレゼントとも言える。
……でもなあ、俺は今だからこそ贈りたいんだ。
救ってもらったってことと、子供だからまだぎり許されるかなって言う、今だからこそ。
ルカにしたみたいに笑い飛ばしてくれたらいい。でも、今この話題になったのにそれでも贈ったら……もし気づかれたらクビになるかもしれない。それは避けたい。でも、でもなー……
「何してるの? カノン、出かけるから早く準備して」
「えっ、あっ、はい!!」
しまった。ぼーっとしてて声掛けられてるのに気づけなかった。
慌てて準備しながら、こそっとルベルに尋ねる。
「なんで外に出ることになったんだっけ?」
「……本気でぼーっとしてたんだな。ドレス。ここじゃ着られないから、店に行って着せてもらうことになったんだ。午後にはジーク殿下がいらっしゃる。言われていたのに、さすがにプレゼントを着ない訳にもいかない」
「なるほど……」
青いドレスを彩る見事な青い薔薇。青い薔薇は……なんだっけ、奇跡? 夢叶う? それとも……一目惚れ?
ていうか、ジーク殿下がフレア様にプレゼントなんて初めて聞いた。
殿下がフレア様について何か言っているのは聞いたことがないけど、それだけ深く接している感じもなくて、プレゼントやお茶会もないって言うのは有名な話だった。元々政略結婚だし、殿下はフレア様に恋愛感情がないんだろうなって思ってた。
だけど……もしかしたら今は違うのかもしれない。
ぐだぐだ考えているうちに店に着いた。
「じゃ、着替えてくるから店の中で待ってて」
フレア様が店の奥へ消えていく。
ドレスだらけの店内で肩身の狭い思いをしながら、ルカとルベルが何気ない会話を交わす。
「着替え終わるには時間がかかるぞ。良かったのか?」
「あのドレス姿のフレアを見て行きたいし。ジーク殿下がいらっしゃる時はさすがに一緒にいられないけど」
「別にいいんじゃないか?次期公爵なら同席も許されるだろ。義兄だし」
「いや……まだちょっと緊張が……」
「立派な公爵になるなら今から慣れといた方がいいんじゃないか?」
「少しずつにするよ。考えを見透かされているみたいでちょっと怖いんだ」
……きっと、ジーク殿下の姿を見たら俺のちっぽけな勇気は粉々に砕けるだろう。
ならもう……今しかないんじゃないか?
「悪い。ちょっと俺、市場まで行ってくるわ」
「え?」
「……すぐ帰ってこいよ」
ダッシュで向かった花屋で、薔薇を1本、購入する。結局どれにするか死ぬほど悩んで、時間がかかりすぎちまった。やっぱ一番でかくて赤くて元気そうなのが良くて、そしたらなかなか決められなくて……。
小遣い全部出して、イグニス家のプレゼントに比べたらささやかだけどラッピングまでしてもらった。
胸がドキドキする。
買っちまった! やっちまった!
笑われたっていい。いや、笑われるくらいがちょうど良い。
けっこう経ったから、もしかしたらフレア様を待たせてるかもしれない。急ぎ足で戻ろうとした時だった――
突然死角から少女が飛び出してきて、俺に激突した。
いつもだったらこれくらの衝撃、なんてことはなかった。
でもその時の俺は慌ててて、めちゃくちゃ緊張してて、手だって震えてて……
激突された衝撃のまま、地面に倒れていた。
気づいたら花を落としてて……
ちょうど通りかかった馬車の車輪が、大切な薔薇を無残に潰していった。
それを見た瞬間、カッと頭が熱くなった。




