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2 ため息を吐く


「フレアあぁ!! 処刑場に出かけるとは一体何を考えているんだ貴様はあああ!!」


 目を覚ました途端、お父様が怒鳴り声を上げながら荒々しくドアを開け放った。

 私は思わず体をびくつかせ、お父様を見上げた。雷を落とされるかと身構えたけれど、さすがに起きたばかりの娘にそこまでするほど鬼畜ではないらしい。


「なんとか言ったらどうだ!! 親の再婚に駄々をこねて暴れまくり、王宮に行って王太子殿下に迷惑をかけ、挙げ句の果て処刑場で醜態を晒したらしいな!? 公爵令嬢が処刑場の最前列で気を失うなんて、前代未聞だぞ!?」

「……ごめんなさい」

「謝って済む問題か!!」

「ごめんなさい」

「全く……とにかく、さっさと起きて王宮へ謝罪に行け!! 今日はソフィアとルカの引っ越しに忙しいからな。しばらく戻ってくるな。いいな」

「…………」

「いいな!?」

「……はい」


 お父様は大きなため息を吐いて部屋を出て行った。

 嵐が過ぎ去った後みたい。私の頭の中ではまだ整理がついていないんだけど。

 侍女たちはどうしていいかわからず固まっているし。……今まで、私が散々虐めてきたから動けないでいるんだろう。



 ああ、思い出した、全部全部思い出した。

 この世界は、前世で私が読んだ恋愛小説『アカツキに咲く花』が舞台なんだ。

 西洋風の王国で、近衛騎士となった主人公が王太子と恋に落ちるお話。

 そして私は、小説の中で主人公と王太子を殺そうとする悪役令嬢であり、ラストで処刑されてしまうフレア・ローズ・イグニスなんだ……。



 前世の記憶を思い出してしまった私は、侍女たちに指示できないほど絶望していた。

 前世だってけっこう散々だったのに、生まれ変わってもこんなことになるなんて……。もし神様がいるとしたら酷すぎる。今度こそは幸せになりたかったのに。たった一人でいい、誰かにとっての特別になりたい。愛されたい。


 ……なのになんでこんな絶望的な運命背負った子供になってんのよ。まだ十歳なのに、人生がお先真っ暗すぎて辛い。


 どうしたらいいの? どうしたらあの小説の運命をねじ曲げられる? 生き延びられる?

 ていうか、あの小説ってどんな話だったっけ? 一回しか読んだことないし、細部が思い出せない。フレアはあくまで悪役で、基本は主人公目線、それも六年後の世界から小説は始まる。

 登場人物たちの語る過去を思い出せば、これから何が起こるのかをなんとなく推測することはできるけれど、それだってそんなに多く語られている訳ではないし……。

 ああああ……小説のことより前世の記憶が多すぎて邪魔だ。本当に邪魔。邪魔な記憶。この世界ではない遠い東の国。海の向こうから異国の船がやってきて「開国シテクダサイヨ-」て迫られて、混沌とした激動の時代が始まった。あああ……ほんと、最低最悪の時代だった。

 それに人のことをババア呼ばわりするあの目つきの悪いうるさい男のことを思い出すとイライラも止まらない。そりゃ確かに私はしわしわのお婆ちゃんだったわよ。でも、だからってあんな呼び方失礼すぎるでしょ、腹立つ。


「はあ……」


 お父様のような特大のため息が零れた。

 王宮へ謝罪に行けなんて言われたけど、正直行きたくない。


「大体、いきなり怒り出したのはあっちじゃない……」


 突然父親の再婚を告げられ、しかも新しい母親と義理の兄が本邸であるこの屋敷に引っ越してくるのがその日という鬼畜仕様。もっと早く話してくれれば私だってもうちょっと冷静になれたわよ、多分。いきなり新しい家族が来るなんて、私じゃなくても混乱するのは当然でしょ?

 怒って発火能力を使って暴れたのは悪かったけど、すぐにお父様の放電能力で雷を落とされたし。

 辛くて悔しくて、愛しの婚約者である王太子に、泣きながら会いに行って話を聞いてもらったら……



『お前のような醜い女の話なんて聞きたくもない! 出て行け!』



 と、怒鳴られてしまう始末。


 お父様には愛されないけど、彼には愛されていると思っていたのに。

 私を唯一愛してくれていると……。


 ……その気持ちも、自分の結末を知ってしまった今となっては見事に消し炭となった。だって王太子殿下は、六年後には別の女と恋をして私を処刑するんだから。そんな男に夢を見る方が馬鹿らしい。



 謝罪……行く? どうしようかな、ほんと。

 媚び売っといた方がいい? でもこのまま謝罪に行っても、ますます怒りを買いそうな気しかしないんだけど。私も全然自分の気持ち整えられてないし。前世のこととか小説のこととか。そんな半端な状況で謝罪に行っても、火に油を注ぎそうなんだけど……。


 まあ一番は、あの王子の顔も見たくないってのが大きいんだけど。


「あ、あの、お嬢様……」

「何よ」


 睨み付けると、「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。

 怯えたその顔を見ると、急に罪悪感に襲われてしまう。今までは気にもならなかった。侍女なんて結局下々の人間だし、いくら傷つけても構わないものだって……思っていた、けど。


 前世の私は底辺の人間だった。

 ここにいる侍女とは比べものにならないくらい底辺。笑っちゃうくらい底辺の人間だった。

 だからわかる。権力を振りかざして抵抗のできない者を傷つけることが、どれだけ残酷なことか。もし仕事をクビになったら、明日どうやって生きていけばいいのかわからないってことが、どれだけ不安定で恐ろしいことかって。


「……ごめんなさい」

「え?」

「ご、ごめんなさいって言ってんの! 大体、私みたいな子供にどうしてそんなにへこへこしてるわけ!?」

「へ?」


 そりゃ、公爵令嬢だものね。へこへこしなきゃいけないのはわかってる。

 でも、私まだ十歳なのよ。お父様にだって嫌われてるし、私が「クビ」って言ったってそうなるわけないじゃない。……まあ、私には発火能力っていう特殊な力だってあるけど……。でも、もっと偉そうにしたらいいのよ。イライラしたら、そう言ってくれたらいい。怒ったり、諫めたりしてくれたらいい。じゃないとわからないわよ。


 ……あなたたちからしたら、そんな価値すらないってことなんでしょうけど。



「……もういいわ。私、ちょっと散歩してくる。着替えは適当にするから、もう出て行っていいわ」

「で、でも、お着替えは私たちが……」

「いいって言ってるの。邪魔しないで」

「……は、はい」


 顔を見合わせて、侍女たちは部屋を出て行った。

 静まりかえった部屋に一人残される。誰も残らなかった。すごく静かだ。私は小さくため息を吐いて、クローゼットを開けた。


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