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19 【ルベル】動揺する


 あの女は嫌いだ。

 昔から気に入らなかった。


 そもそも異国の母親がものすごい問題児で、圧力をかけて無理矢理公爵と結婚したという時点で、彼女にそっくりの娘をよく思える訳がない。俺の母親も、何かとあの女の悪口を言いふらしていた。


 悪く言われても仕方ない悪行の数々だ。発火能力を使って使用人を虐めるわ、すぐに癇癪を起こして暴れるわ……。王太子の婚約者なのは何かの間違いであって欲しい。あんなのが公爵令嬢、しかも聖騎士だなんて、恥ずかしくて仕方がない。


 そう思っていた。

 でも、カノンだけは違った。



『フレアお嬢様はすげえよ!』


 キラキラした目で彼女のことを語る。


『どんな相手にも物怖じしないんだぞ。怒鳴られても凜としてるの。あれこそ聖騎士だよなあ。能力が発現したのもたった3歳の頃だって言うじゃん。普通もうちょっと経ってからじゃなきゃ自分の能力に気づかないのに』


 彼女の顔がタイプなんだろう。一目惚れというやつか。王太子殿下の婚約者相手に難儀なものだと思う。性格は置いといて、顔がいいのは認める。俺のタイプではないけど。


『なあ、もしかして俺たちのどっちかだったりしてな。起爆能力。そしたらあの人たちの隣で、俺たちもこの国を守れるのかな』


 騎士になるのがカノンの夢だった。

 騎士になって、この国を守る。そのために幼い頃から努力しているこいつのことは、純粋にすごいと思ってる。ちょっと短絡的で、頭が弱いところはあるけど。



 未来を疑ったことはない。

 騎士になったこいつの隣で、俺もこの国のために働くんだと、そう、漠然と考えていた。




――――――――


 ……なぜ、こうなったのか。

 砂の地? カノンの両親が犯罪者? あり得ない。奥様を殺そうとしたなんて……いくらなんでもこんなバカなことをあの人たちが……クソ、ふざけるな。どうしてカノンが。こいつは将来騎士になるんだ。一生砂の地に閉じ込められるなんて、そんなの絶対に間違ってる。

 永久幽閉が怖くないわけがない。怖い、めちゃくちゃ怖い。一生乾いた土地の檻の中で過ごさなきゃいけないなんて、怖い。でも、だけど、


 カノンのためなら命だって捧げてやる。

 そこまでする理由なんて考えたこともない。

 生まれた時から兄弟みたいに育った。実の兄や姉より劣って、両親に見向きもされなかった俺にとっては、実の家族より大切な、本物の家族だった。


 


『私……ちょうど下僕が欲しかったのよね~』









 ……やっぱりあの女は大嫌いだ。



――――――――


「ここがこれから住む屋敷?」

「……埃っぽいな」


 王都の城下町にあるその屋敷は、もう随分長い間使われていないようだ。こんなところで子供三人で暮らすなんて、無茶にもほどがある。どうせすぐに帰ることになるだろう。俺もカノンも、下僕の仕事なんて一つも知らないし。帰った後にはイグニス領の端っこの小さな屋敷にでもまた引っ越して――


「何ぼんやりしてるの? さっさと荷物を運んで」


 イグニス嬢は傲慢な顔で俺たちに指示をした。


「あーもう、ほんとかび臭い。まずは掃除からね。荷物運び終わったら掃除。いいわね」

「は、はい!」

「……はい」

 

 カノン、お前はなんで頬を赤らめてるんだ。

 掃除しろって命令されてなんでその顔? 恋ってのは何を言われてもそうなるのか? 意味不明。っていうか、荷物を運ぶならまだしも、掃除なんてやったことないだろ。どうするつもりだ。

 案の定、荷物を運び終わった後、カノンは困り顔で屋敷の中を見渡した。


「と、とにかくゴミ集めればいいんじゃないか? 埃すげえし」

「……どうやって? 道具は?」

「知るかよ。……なあ、ルベルは掃除したことある?」

「ある訳ないだろ」

 そうだよなあ、とカノンが髪を掻く。埃が鼻に入ったのか、その直後に盛大にくしゃみをした。

「まあじゃあ……何使うんだっけ? はたき、とか? え……手? 嫌だな-」

「素手で掃除なんて聞いたことないぞ」

「だよなー、良かった! でもどうするんだよ。足でするか? あ、ほうき!?」


 カノンは閃いたってどや顔で俺を見下ろした。……それくらいは俺だってわかる。


「でもこんな埃っぽいのに……あ、そうだ! いいこと思いついた!」

「いいこと?」

「まあ見とけよ!」


 一抹どころじゃない不安があったが、カノンの自主性に任せた。別に頑張る必要はない。どうせすぐイグニス領に帰ることになるんだから。それとも新しく使用人を雇うか? それだけの資金と人を見る目を彼女が持っているのかは甚だ疑問だ。



「ッおりゃああ!!」



 ぼんやり考えていると、気合いの入ったカノンの声とともに水が流れ込んできた。


 ……水?

 て、おい!?

 

 廊下の先から、巨大なバケツを転がすバカの顔が見える。冷たい水が一瞬濁流のように流れた。踝くらいまでぐっしょり濡れて、思わずカノンを睨み付ける。


「何やってんだよ!」

「え、だって、汚れ凄いし、これで一気に洗い流せば…」

「バカ! こんな方法があるか!! 大体この屋敷、すでにボロい上に木造なんだぞ!? こんなことしたら床が腐って水漏れも…」


「その通り」


 げ、と恐る恐る振り返ると、鬼のような顔をしたイグニス嬢が大量のタオルを手に突っ立っていた。


「カノン……バカも大概にしないとぶっ飛ばすわよ」


 年上で、しかも日頃から鍛えているカノンをぶっ飛ばすなんてできる訳ないのに、今の令嬢が言うと本当にできそうな迫力がある。まあ、発火能力を使われればカノンだって勝ち目はない。多分、暗殺者ってのもそれで撃退したんだろうな。


 カノンを見ればまさに蛇に睨まれた蛙状態だ。悪気はないよ。ただバカなだけだ。


「これでさっさと水を吸って、バケツに絞り出していって。バカでもそれくらいはできるわよね…? あんた、握力はありそうだしね?」

「は、はい……すみません……」


 しゅん、となったカノンが落ち込みながら後始末を始める。イグニス嬢は肩を怒らせながら廊下の奥へ消えていった。俺は後始末を手伝いながら、ちらっとイグニス嬢が向かった先を見て…目を疑った。



「なっ……」



 彼女が歩いたところから、埃を被ってくすんでいたボロ廊下が、輝きを帯びてピカピカと光り始めたのだ……。いや、あり得ない。発光しているように見えたのはもちろん錯覚だ。目にも留まらない早業でイグニス嬢が掃除をしてピカピカに磨き上げているらしい。早すぎてどう掃除しているかもよくわからないが、あんな動きはうちの使用人だって見たことがない……!

 

 お、俺は、幻覚でも見ているのか……? それともこれも聖騎士の力……!? 

 ……いや、落ち着け、俺。思考がカノン並に落ちている。掃除の特殊能力なんて聞いたことないし彼女は発火能力だろ。そもそも彼女だって掃除なんてしたこと……でもあの動き、初心者とはとても思えない……。



「一体……何が起きてるんだ」

 ふらふらとカノンの傍に戻れば、落ち込んだあいつが顔を上げた。

「どうかしたか? ルベル」

「いや……なんでもない」



 俺たちがようやくカノンの不始末を終える頃、イグニス嬢は涼しい顔で俺たちのところに戻ってきた。


「なんとか元に戻したみたいね」

「はい……本当にすみませ」

「もう謝罪はいいから。こっちも取りあえずなんとかなったから、あなたたちは料理を頼んだわ」

「えっ…掃除はもういいんですか?」

「終わったから」


 嘘だろう、と顔を見合わせて、さっきまで埃っぽかった部屋を見て回った。


 ……ほんと、嘘だろう?

 まるでずっと誰かが管理でもしていたかのように、どこもかしこもピカピカの完璧な仕上がりだ。カノンは暢気な顔で


「なるほど、業者とかに頼んでてくれたんだな!? 俺必死でタオルの水絞ってたから誰か来たことに全然気づかなかったぜ」

「…………」


 違う、バカ。

 ここには誰も来てなんかいない。一度だって呼び鈴は鳴らなかったし、話し声だってしなかった。

 冷や汗が流れた。何か得体の知れないものを前にした時の、不気味な感じに鳥肌が止まらない。



「うわっ、ここ厨房だよな? 綺麗だなー。それともここは最初から掃除してあったのかな?」


 ……違うだろうな、多分。部屋が汚いのに厨房だけ綺麗なんておかしいだろ。本当にこんなところまであのお嬢様は掃除したって言うのか……!? 調理用具一式まで隅っこにおかれてあるし……この荷物自体見覚えがない。まさか、お嬢様が市場で揃えてきた荷物か……!? 食べ物や調味料まで揃ってある。使い方は全然わからないけど。


「でも、料理なんてどうやったらいいんだ? 掃除よりわかんねえぞ」

「そうだな」


 竈の使い方もわからないし、なんなら肉の切り方だってわからない。一度だってしたことがないんだから当たり前だ。


「……さすがに、お嬢様も料理はしたことないよな」

「当たり前だろ! だから俺たちに頼んでくれたんじゃん。なんとか良いとこ見せないとな。よし! まずは肉切るか!」

「あ、ああ。何作る気だ?」

「わからん! わからんが取りあえず鍋に具材入れて煮込めば何かできるだろ!」

「……不安しかないな」



 ガコン!!


 まな板に包丁を叩きつけた途端、刃が欠けた。肉は四散して床に飛び散った。失敗した肉はそっと調理場の隅に集めた。火の付け方がわからず、取りあえず鍋に水を入れた。新しい肉を取り出したが切るのはやめてそのまま入れて、野菜もそのまま鍋の中に入れた。火の付け方がわからない。調味料を入れようという話になってカノンが持ち上げた胡椒の袋を、あろうことか全部鍋に突っ込んだ。


「ぐえっ、がはっ、げほげほっ」

「おまっ、全部入れるって、何してっ…」

「だ、だっへ、手がすべっ…げほっ」


 ……やばい、これはやばい。

 間違いなく食材を台無しにしてるだけだ。

 


「……何してるの」


 背筋が凍えた。

 振り向けば、呆れた顔のイグニス嬢が腕を組んで仁王立ちしていた。


 胡椒だらけの水スープを見て、顔をしかめる。

「……何これ」

「スープ作ろうとしたら、その……」

「スープ……」


 大惨事を理解し大きくため息を吐いた。水を捨て、食材を洗い、野菜の皮を剥いて切り、手際よく肉を捌く。その間に火をつけて水を沸騰させ……あれよあれよと言う間に、美味しそうなスープとステーキができあがっていた。

 ステーキにいつの間にか作ったらしいタレをかけながら


「出来たお皿から食堂に運んで。さっさと食事にするわよ」

「はっ、はは、はい!」

「……はい」


 俺たちに指示を出した。



「う、旨そう……」


 食堂に座れば、カノンはすでに目をキラキラさせている。

 下僕ならばこんな風に主人と同じ場所で食事を取るなんてそもそもあり得ないが……まあ、今はいいか。静かに食前の祈りを捧げた後、俺たちはイグニス嬢が救済してくれた食材による料理を味わった。



「うっ、うまっ!!!」

「……!!」


 カノンが大声を上げる。……だが、今は俺もこいつを咎められない。確かにすごく美味しい。見た目だけでなく、味まで完璧すぎる仕上がりだ。


「俺のとこのシェフが作るより旨いっすよ!!」

「そう」


 イグニス嬢は淡々としているが、褒められるのはまんざらでもないらしい。


「……恐れながら、お嬢様は料理を……?」


 聞いてみたが、彼女は首を横に振った。




「いいえ、初めてよ」






 ……嘘だろう?


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