16 願いを伝える
「……フレア、何か言いたいことがあれば発言を許す。お前の言うことがくだらない内容でなければいいのだが」
蔑むような視線に、うんざりとため息を吐いた。
私の母が異国の人間、かつ無理矢理公爵と結婚したっていうこともあって、娘である私に対する評判は親戚の中でもあまりよろしくない。公爵の娘であり発火能力者であり、王太子の婚約者だから表面上はニコニコしているけれど、裏で酷いことを言っていることは知っている。
まあ、面と向かって嫌味を言われたり蔑まれたりしたこともあったから、表面上もあまり良い関係とは言えないか。
「手短にするわ。大嫌いな親戚連中、無能な騎士団員たちと同じ空間にいるってだけで吐き気がするから」
「フレア!!!」
あら、雷を落とす?
やれるもんならやってみなさいよ。ジーク殿下の注意を無視すればあんたも厳罰ものだからね。
案の定、公爵は放電能力を使わなかった。私は彼を鼻で笑って、殺気立つ周りの連中に挑発的な視線を向けた。……特に騎士団員たちの怒りは凄まじいでしょうね、と思ったけれど、意外なことに神妙な顔で視線を下げている。もしかしてアグニとのことで落ち込んでる? ……なんかごめんなさいね、十歳の子供より無能じゃ、そりゃ自信を失うわよね。
私は、余計なことを言うなとばかりこちらを睨み付けるルベルと、戸惑うカノンを見下ろした。
ふふっと笑みが零れる。
「私……ちょうど下僕が欲しかったのよね~」
「……へ?」
カノンがぽけ~んと口を開けて呆けている。ルベルは言葉も血の気も失っている。
「罪人の子供ならちょうどいいわ。どれだけ酷い扱いをしても問題ないもの。本来なら砂の地行きだけど、特別に私の下僕にしてあげるわ」
「フ、フレア!! 何を言っている!?」
声を荒げた公爵が私に詰め寄るけれど、私は笑顔で応じてあげた。
大人の余裕ってやつを見せつけてあげなきゃね。
「おかしなことは何も言ってないわ。別に構わないでしょう? まだこんなに幼いんだから、砂の地で寿命を待つより、私の下で有意義に働いて貰う方がいいわ。すごく良いアイディアじゃない? 私専属の侍女も一人もつけてもらっていないし、不自由していたの」
「私の決定は砂の地送りだ!……代わりにルベルを送ることになりそうだが」
ああ、やっぱり公爵もそうする方に傾いていたんだ。
ルベルって可哀想な子ね。皆ルベルよりカノンにいて欲しいみたい。
「私の下僕になればいいわ。ルベルもまとめて下僕にしてあげましょうか? 二人で罪を償ったらいいじゃない。今まで坊ちゃんとして暮らしていたのに急に下僕とか、見せしめとしても十分だと思うけど」
「性格の悪さは相変わらずだな。確かにお前の下ならば相当の地獄だろうが、それでもこれは私の決定だ。カノンか、ルベルか、どちらかは砂の大地に幽閉とする。それほどのことを犯したのだ」
「カノンの両親が、ね」
「……それでもこれが決定だ。公爵である私の決定は覆られない。女王陛下であってもだ」
「ふふ、どうかしら?」
「何?」
公爵の眉がぴくっと上がる。
「公爵閣下の領地内で起こったことは公爵閣下の采配に……。でも、その決定を唯一覆せる存在があることをお忘れ?」
「何が言いたい」
私は優雅に体の向きを変えた。
じっとこの様子を見ていた王太子殿下に、とびきりの笑顔を向ける。
「神子の王太子殿下は、愛しい私のお願いならなんでも聞いてくださいますよね?」
「なっ……!!」
公爵が絶句する。
……そう、神子。
彼は12人の聖騎士が生まれながらに忠誠を誓う相手だ。
彼の力は国家の最重要機密事項で、私たち聖騎士にすら詳しく説明はされていない。小説の知識がうろ覚えだからあんまり自信はないけれど、予言とか……たぶんそういった力を持っているんじゃなかったかしら。それだけじゃなかったとも思うけど。とにかく、神子の彼は神そのものとされ、彼の発言は神の意志でもある。だからこそ、彼は非常時に対応できる最も強い権限を与えられている。
そのうちの一つに、領主裁判権の王族干渉というものがあったはずだ。本来であれば女王陛下ですら干渉できないはずの、領主管轄の領地内で起こった決定についても、彼ならば干渉することが許されている。
けれどそれはよほどのことがない限り行使されない特権でもある。国家の行く末を左右するとか多くの人に害が及ぶとか、そう言う大きな理由がなければ、わざわざ公爵家の不評を買うようなことはするべきじゃないし、結果誰もが納得のできるものでなければ、余計な争いの火種になりかねない。だから私の記憶にある限り、彼がこの特権を行使したところは見たことがない。
私はじっとジーク殿下を見つめた。
僅かに目を見開いて固まっている。
彼も、まさか私がこんなお願いをするとは思っていなかったらしい。
あーあ、私だってこんなの想定外よ。
内心苛ついていたけれど、私は必死で猫を被った。
「ね、ジーク殿下? 簡単なことです、カノンを砂の地送りではなくて私の下僕送りにするだけ。イグニスの除名撤回までお願いしているわけではありませんし、そんな大したことではないでしょう? 私は自分にぴったりの使い勝手が良い下僕が欲しいだけ」
可愛くおねだりしてみたけれど、誰もうんともすんとも言わない。
そのうち焦った公爵が私を怒鳴りつけた。
「フ、フレア! 遂に気が狂ったか!? なんということを王太子殿下に……!! 不敬だぞ!!」
「あら、私、今回すごく頑張ったのよ? 騎士ですらどうもできなかった男を気絶させて、公爵や奥様をお助けしたの。王太子殿下のことも守って差し上げたわ。少しはおねだりを聞いてくれてもいいんじゃない?」
「そ、それは……だが……!!」
「……わかった」
ジーク殿下は口元に僅かに笑みを浮かべて、ゆっくりと私たちへ近寄った。
動揺が広がり、公爵さえ口を開けて固まっている。
「で、殿下……しかし……」
「愛しい婚約者に何かプレゼントをと思っていたところだ。彼女が彼を望むというのならちょうど良い」
「婚約者に言われるがままにこのような特権を振りかざすなど……!! このことが広まればどういう事態になるか……!!」
「ルベルは将来非常に優秀な人材となるだろう。カノンもまた、誉れ高い騎士となる。これは憶測ではない、確かな未来だ」
ジーク殿下の言葉に、その場がシンと静まりかえる。
神子が『確かな未来』だと宣言した。それはまさに神のお告げと同じ。
その言葉ほど重いものはない。
ジーク殿下はゆっくりとその場にいる全員を見渡した。
「だからこそ、“ちょうど良い”と判断した。実行を指示した大罪人の夫妻はもちろん砂の地送り、暗殺者たちは全員処刑、何も知らなかった息子は除名処分の上、身分落ち。なんら珍しくない、妥当な処分だと考えるが、皆はどうかな?」
「…………」
意義を唱える者はいなかった。
満足したように微笑んだ彼は、最後に私を見て……
ほんの一瞬、ほの暗い意地悪な笑みを浮かべた。