15 苛つく
「カノン……」
ルベルの目から大粒の涙が零れる。
「お、お願い、します……公爵閣下……」
膝をつき、震えながら言葉を紡ぐ。突然のことに、一番動揺していたのはカノンだった。いつも冷静沈着なルベルの涙なんて、きっとカノンは見たことがなかっただろう。
「ぼ、僕が……僕がカノンの代わりに砂の地へ行きます」
……はい?
何言ってるの、あの子。
公爵もカノンも、その場にいる全員が息をのんだ。
ずっと怯えて黙っていたカノンが、震える口を開く。
「な、何言っ……」
「僕が行きます!! カ、カノンは僕の両親の養子として、この地に残らせてください! お願いします! 彼の罪は僕が被ります」
「だめだ」
公爵は当然、頷かなかった。けれどルベルはなおも食い下がる。
「カノンは剣の腕ならば非常に優秀です! 将来、騎士団にとって有益な存在となることは確かです。僕は違います。僕は大した才能も何も持っていません。公爵家にとって、どちらが必要かは誰の目にも明らかです」
「……ルベル。下がりなさい。そういう問題ではない」
「いいえ! ……いいえ、公爵閣下。私の先祖は公爵家に代々仕え、その忠義心が認められイグニスの家名を賜りました。カノンはイグニス家の血を引く正統な後継者の一人です。物心ついた頃から、僕のこの命は彼に捧げると決めておりました」
「な、何言ってるんだよ、ルベル……」
カノンの顔からどんどん血の気が引いていく。
公爵は変わらず厳しい顔つきのままだけれど、周りの雰囲気がだんだんと変わってきているのは私も感じた。
「ルベル、禍根を残すつもりはない。カノンがルカをよく思っていないことも、俺が気づいていないと思ったか?」
「も、もし、カノンが何か問題を起こすようなその時は、僕は極刑に処されます!」
「お、おいっ…!」カノンが声を上げて遮ろうとするけれど、ルベルは止まらない。
「言わば人質です。彼にとっては何よりの抑止力になるでしょう。彼が、奥様やルカ様に害を与えるようなことはありえません。それに、カノンを慕う者も多くいる中、身内をここまで厳しく罰せればそれこそ禍根が残ることになるのでは!?」
よくここまで舌が回るわね。
でもまさか、本当にこの提案を受け入れる気じゃないわよね?
不安になって公爵を見れば、彼は静かに視線をルベルの両親へと向けていた。
「お前たちは、息子をどう教育したのだ」
「はっ……申し訳ありません。……しかし、親として、公爵家の忠実な家臣として、息子のこの提案は悪いものではないと考えております」
……はあ?
「一度除名となった以上養子は難しいでしょうが、我が屋敷で騎士となるべく住んでいただくことは可能でしょう。我々としては、カノン様が騎士団に入られるまでいくらでも尽くさせていただく所存にございます」
「いいのか。お前の息子を砂の地へ送ることになるのだぞ。それも、人質として」
「坊ちゃんのために人生を捧げることができるのなら、息子としても誉れ高いことでしょう」
信じられない親の言葉に、ルベルもまた頷いた。
「その通りです。我が家は優秀な兄姉もおりますし、何の心配もございません!」
「ば、馬鹿言ってんなよ!!!」
一見まとまりかけた話に待ったをかけたのはカノンだ。
顔を髪みたいに真っ赤にして狼狽えている。
「こ、公爵閣下! 俺はこんなことは望みません! ルベルは頭いいんです! だから、その、とにかくこいつが俺の代わりに幽閉なんて間違ってます! やめてください!」
「お前の夢はどうなるんだ!」ルベルは声を荒げてカノンを睨み付けた。
「今までどれだけ努力してきた! この家のために働くのがお前の目標だろ!? それを潰すな! お前が幽閉されて人生を閉じるのは、俺の人生が終わるのと一緒だ!!」
「だ、だからそんなのっ……」
「お願いします、カノン様。ルベルの意志をどうか受け入れてください」
深々と頭を下げたルベルの父親に、カノンは言葉を失った。
「これがこの子の望みなのです。我々のことはお気になさらず。あなたが騎士団に入り輝かしい業績を打ち立てることこそ、この子の本望なのです。このまま砂の地で幽閉されて人生を棒に振るなど、この場にいる誰も望んでおりません」
「だ、けど、そんなの……俺は……」
カノンは目を潤ませ動揺した。ルベルを見たり、公爵を見たり、情けないことこの上ない。
やれやれ、もっと主張しなさいよ。あんた、人の犠牲の上で生きていくなんてそれがどれだけしんどいことだと思ってるの? ルベルもルベルよ。勝手に自分の夢を押し付けて、犠牲になるなんて。
なんなのよ、これ。気持ち悪い。
もう皆が、ルベルを砂の地送りにしてカノンを助け出すことに納得している雰囲気になってる。むしろそれを望んでるみたい。
意味わかんないんだけど。それが本当に最善なの?
カノンが努力してることは知ってる。騎士になりたがってることも知ってる。
ルベルがカノンを大切に思ってることも知ってる。いっつもべったりひっついてるし、臣下として彼を支えることがルベルの夢なんだろうってことも大体察していた。そういう家に生まれたっていうことと、単純にカノンのことが大切だから。
自己犠牲、か。
綺麗な友情ね。
綺麗で残酷で、吐き気がするほどくっだらない友情。
イライラするのよ、こんな茶番を見せつけられて。
本当に大切なら、助けたいなら、まずは他の方法を探しなさいよ。薄っぺらい自己満足を相手に押しつけるんじゃないわよ。周りの大人も大人よ。たった十二の子供に何を言わせて……
いや……子供とか関係ないか。
ただ私がムカつくだけだ。
「はあ……くっだらない」
大げさにため息を吐くと、皆の視線が私に集中した。