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14 罪人を見下ろす


「こ、公爵様……! 何かの、何かの間違いでは!?」

「そうです! あんな頭のおかしい暗殺者たちの言葉を信じるなど……どうかしております!!」

「カイデン・イグニスはあなたの従兄弟ではありませんか!! 彼は第一騎士団でも優れた業績を――」



 イグニス家の血族、家臣たちは顔を真っ青にして口々に無実を訴えている。でも、残念ながらそれを証明するだけの確かな証拠は誰も持っていない。



 神殿のような神々しい雰囲気のこの大広間は、普段滅多に使われることはない。なぜなら、ここは公爵家の所有する領地内で、大罪を犯した王侯貴族を裁くための間だから。この場で裁かれるということは極刑か、もしくは永久幽閉となることを意味している。死を免れても待っているのは地獄ってこと。財産は全て没収されて、遙か遠い乾いた砂の大地で死ぬまで閉じ込められるんだから、考えただけでぞっとする。



 でも、彼らの犯した罪の重さを考えると仕方のないことでしょうね。



 ……奥様をできるだけ苦しめて、それからお腹の子諸共殺してしまえ、なんて。

 アグニたちが中庭でなかなか奥様を殺さなかったのは、拷問を行うつもりだったからみたい。大変えげつない。おかげで間に合ったと言えば間に合ったんだけど、もし小説の通りに進んでいたら……うーん、考えない方がいいわね。



 簡素な罪人用の服を着せられ、後ろ手に縛り上げられたのはカノンたち一家だ。

 これがアグニたちのような残虐な奴らだったなら、イグニス家の人間は誰も彼らに慈悲なんてかけなかったでしょうけど……カノンの父親は長くイグニス家の騎士として仕えてきた上、公爵とも仲が良くて、れっきとした従兄弟という間柄だった。彼らの斬首刑なんて誰も見たくないし彼らの罪を信じたくもないってわけ。これがもし私だったら、きっと誰も味方してくれなかったんでしょうね、ええきっと。

 

 正装に身を包んで厳かな雰囲気で罪人の前に立つ公爵の顔も暗い。

 彼も、できれば何もかも間違いであって欲しいのでしょう。

 臣下たちに言われるまでもなく、彼だって暗殺者たちの証言を鵜呑みにしたわけではない。その信憑性について徹底的に調査した。調査した結果……それがまごう事なき真実であったと判断したのだ。



 証拠は次から次へと出てきた。

 カノンの父親が暗殺者に依頼した書簡も大量の金の流出も、その当日の不自然な行動に至るまで……何もかもが、面白いほど彼を窮地に立たせていた。



「……静粛に」


 公爵が一言発しただけで、無実を訴えていた人々はぴたりと口をつぐんだ。

 縄で縛られたカイデン・イグニスはゆっくりと精気のない顔を上げ、公爵を見つめた。捕縛されてからそんなに経っていないはずなのに、頬はげっそりと痩け、今にも天に召されそう。公爵は僅かに同情の色を目に宿した後、感情のない声を発した。



「この度の事件について、関与を認めるか」



 ごくりと誰かが唾を飲み込む。

 僅かな音も許されない静寂の中で、カイデンはゆっくりと頷いた。



「……認めます」



 ざわ、と動揺が走る。

 何かの間違いであって欲しい。証拠なんて全部ねつ造だと訴えてほしいと願っていた人々にとって、その一言はどんな刃物よりも殺傷力があった。彼ら一家と懇意にしていた夫人の中には、あまりの衝撃にその場に卒倒してしまう者までいた。



 私は冷めた目でそれを見てから、罪人の方を見下ろした。


「……なぜ」

「ソフィア・イグニスは公爵家に相応しくない。汚れた女だ。あなたにも相応しくない。即刻除名するのが妥当だった」


 公爵の顔が苦痛で歪んだ。

 こんな状態にあってなお、こうもはっきりと意見を述べるのはなかなかの肝っ玉よね。げっそりやつれてはいるけれど、逃げも隠れもしないって感じで堂々としている。それなら最初からあんたが正々堂々奥様を襲えばよかったんじゃない? て思うんだけど、それはそれで貴族らしくないわよね?


 でも、堂々としているのは彼だけだった。


 彼の奥様……つまりカノンの母親は顔を真っ青にして震えているし、カノン自身もぷるぷる震えて、まるで猫に睨まれたネズミみたい。



 公爵は三人を見下ろしたまま、しばらく動かなかった。

 見届け人としてこの場に列席したジーク殿下が「公爵」と声を掛けるまで、微動だにしなかった。殿下に声を掛けられて、公爵はようやく意を決したようだった。

 




「カイデン・イグニス、ライア・イグニス、カノン・イグニス。三名は公爵家から除名するとともに、砂の地へ永久幽閉とする」




 公爵の厳かな声が響く。


 また、何人かが倒れた。死刑でなかっただけましじゃないかしらと思うけど、まあ、そうもいかないわよね。


 公爵の決定がわかっていたのだろうカイデンは黙ったまま微動だにしなかったけれど、彼の奥様は涙をぽろぽろ零しながら震える声を張り上げた。



「お、恐れながら公爵閣下!! どうか、どうかカノンは……カノンだけはお許しくださいっ……!! この子は何も知らなかったのです!! 罪のない子供を、未来ある子供をあの地で永久に幽閉するなど……あまりに残酷でございます! どうか、どうか……!!」



 額を床に擦りつけて、必死で懇願している。


 血筋に強いこだわりを持つカノンの母親は、昔からルカのことを毛嫌いしていたっけ。「汚れた血」だと見下していた。高慢であまり良い印象はないけれど、子供のことはちゃんと愛していたみたい。





 ……いいなあ。

 こんな場面でもそんなことを思ってしまう私は、この中で一番ひねくれてるわよね。





「こ、この子は……この子は、騎士団に入ることが夢なのです! 公爵閣下に仕え、国家を守ることこそが己の責務だと……。剣の鍛錬も一日だって欠かしたことがありません!!」


 知ってる。カノンの手はいつもボロボロだ。

 彼が騎士に憧れていることも、そのために努力していることも、公爵家の人間なら皆知っている。


「多少やんちゃなところはありますが、使用人たちからも、騎士の方々からも可愛がられております」

 

 少なくとも私よりは愛されてるわよね。顔がいいから、女の子にもモテるんでしょ?


「お願いします……どうか、どうかこの子だけはお許しください! どうか……!!」


 必死で守ってくれる親もいる。





 ……羨ましい。あーあ、なんか嫌になってきた。

 目の前で震えているネズミのように惨めな男の子より、私の方がよっぽど惨め。別に不幸に浸るつもりはないけれど、こんなにもあからさまに私に足りないものを持っていると……嫉妬しない方がおかしいでしょ。



 彼女の訴えに思わず涙する人々もいたけれど、公爵の返事は――




「これほどの大罪を犯せばどうなるか、わからなかったのか」



 予想通り重かった。

 ま、当然よね。公爵夫人を暗殺しようとしただけじゃなく、屋敷には火を放ってくれるし、居合わせた王太子殿下にも危害が及びかけていた。アグニたちが勝手にしたこともあるでしょうけど、そもそも危険な連中と取引をして内部に引き込んだ罪は重い。大体、アグニには二回も襲われているからね。

 本来は極刑。それが温情で永久幽閉。少しでも禍根を残さないため、今後こういうことをしたらどうなるかってことを示すためにも、息子を一緒に裁くのは当たり前のことだ。なんら珍しくも厳しくもない。拷問されて市中引き回しの上打ち首獄門にならないだけ感謝しないと。

 バレなければ、彼らは今頃優雅にお茶を楽しみながら、死んだ奥様とお腹の中の子供のことを嘲笑っていたでしょうね。……ほんと最低。あんたたちが被害者面するなんて間違ってるのよ。





「……カノン」



 か細い声がした。

 視線の先で、顔から血の気を失ったルベルが、唇を震わせながら膝をついた。


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