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13 約束を交わす


 ぐしゃりと崩れ落ちた影は、最後まで力を失う前に不自然に固まった。



「ぐ、あ、ああああああああああ!!!」



 跪いて倒れかけたはずのアグニが、突然叫び声を上げながら地面に頭を叩きつける。




 ……ええええ。さすがにドン引き。突然の奇行に、思考が一瞬停止する。

 アグニの首には私が打った痕が赤々と残っていた。体の各所にも手応えはある。外しはしなかった。本来なら簡単に意識を奪えていたはず。こいつが相手だから手加減もなしで打った。もし彼以外であれば死んでいた可能性もある。それくらい、ギリギリのところを私は突いたのに……。


「それやったら……意識が保てるわけ?」


 そもそもそういう思考になったことに驚きだけど、その行動に移せたことも驚きだった。急所をやられているのにそんな激しく動けるってどうなってるの? それともこの男に急所という概念はないのかしら?



 アグニは額から血を流しながら私を見上げた。

 ……いえ、意識は保てたみたいだけど、この状態じゃ私には勝てない。それはこの男もわかっているようだった。



「……な、ぜっ」



 血の唾を飛ばしながら私を睨み付ける。


「なぜ、どどめを、さざないっ……!?」

「……とどめ?」


 私は思わず笑ってしまった。

 意識を無理にでも保とうとしたのは、また致命傷を与えられなかった苦情を伝えるためらしい。こんな馬鹿なことがある?


「なんで私がとどめを刺さなきゃいけないわけ?」

「これはっ……殺し合いだ。敗者に情けを……かけるつもりが……!?」

「情け? ……はあ、なんか勘違いしてない?」


 アグニに近づけば、周りが動揺した。

 でも、さっきみたいにとめられはしない。わかっているのだろう、私が彼に殺されることはないと。


「これは殺し合いじゃない。自己防衛。私は最初からあんたを殺すつもりなんてなかった。殺し合いなんて大っ嫌いだから。それに、あんたの命を奪ってそれを背負う気はさらっさらない」

「背負う……?」

「はあ、あんたには理解できないでしょうね。馬鹿だから。とにかく奪う価値もないってことよ。そして私は、身の危険のためにそれをする必要もない。なぜならあんたより強いからよ。おわかり?」


 わざとらしくあざ笑ったけれど、彼の目に怒りは現れなかった。

 懇願でもするかのような、理解できない狂気だけがあった。


「どうやったら……殺し合いをしてくれる?」

「なんなの、あんた。死にたいわけ?」


 赤く染まった口元が、にやりと歪む。


「ああ、お前のような強い人間と殺し合いたい。己の全てを賭けて本気でぶつかりたい。初めてだ、こんなにも気分が高揚するのも……俺よりも強い人間と出会ったのも……」

「私より強い人間なんて五万といるでしょうに。今まで運良く出会わなかったのね、勘違いして可哀想」


 話すのも無駄ね。私は騎士団長の方に顔を向けた。


「何してるの? とっとと連れて行きなさいよ。今度こそちゃんと牢屋に――」

「そいつらに俺が監視出来ると思うか? 話にならない。俺は何度でも抜け出せる」


 アグニの言葉には確かな自信があった。

 それがわかるから、ますますイライラが募っていく。


「……今回逃げられたのは運が良かっただけだから。第一騎士団を舐めない方がいいわよ。この人たち結構強いからね」

「どんな薬も俺には効かない。こいつらの剣も銃も俺にはきかない。お前の剣以外は俺に傷をつけることもかなわない」

「そんな馬鹿なことが――」

 

 ある訳ないじゃない……と、否定したかったけれど、結局できなかった。信じられない化け物、という点においては、私だって人のこと言えない。この子供の体で、ぱっと見は華奢の部類に入るのに私の体は普通の人間とは明らかに違う。筋力も体力も、大の男すら遥かに凌いでるはずだ。



 口ごもった私の肩にぽん、と手を置いたのはジーク殿下だった。

 彼がこそこそと私に耳打ちする。その内容に、私は思わず彼の顔を凝視した。






「……本気で言ってるの?」





 信じられない。

 一国の王太子としては信じられない内容だった。本気とは思えない。でも、彼の目は真剣そのものだった。嘘を吐いている、とは思えない。もちろん冗談でもない。



 私はしばし考えた。ジーク殿下の提案は正直まだ信じられないけれど、私にとってはかなり美味しい話だった。嫌だけれどやってみる価値はある。もし失敗しても、別に私は痛くもかゆくもない。……大体、よく考えればこの化け物をどうにかできない騎士団たちの無能ぶりが晒されるだけだものね。はあ、情けない。……で、もし成功すれば……ちょっと面倒くさいことにはなるけれど、私は手っ取り早く一つの目的を達成できる。

 こいつの言う通りにするっていうのは癪に障るけれど、悪くない。



 私は小さく息を吐いて、アグニに近づいた。

 彼は、すでに私が何を言おうとしているのか理解しているようだった。





 ――――――

 その後、アグニは全てを白状した。

 誰に依頼されたか、屋敷に火を放ったのは誰か、どのような手順で暗殺を行おうとしたのか……彼の話す通りに、街に隠れていた暗殺者の捕縛も成功し、依頼者もまた引っ捕らえられた。



 これでひとまずは安心ってとこかしら。

 ジーク殿下と交わした約束のことを考えると、これまでの苦労も報われるというものね、とほくほくしていた私だけど、その後すぐ、非常に面倒な選択を迫られることになってしまう。



 奥様をお腹の子もろとも残酷な方法で殺すように指示したのは……

 

 カノンの父親だったのだ。


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