123 連れて行かれる
イグニス公爵は私の父親じゃなかったらしい。
だからって別に……ショックなんて受けてない、と思う。だって私はとっくに諦めたはずだ。彼から父親の愛情を受け取ることなんて諦めて、父親じゃなくて赤の他人だと思うことにした。そう考えないと辛かったから。そう考えないと……だから……
「……ああもう」
頭が混乱している。ショックなんて受けてないといくら自分に言い聞かせても、頭は理解しても心はなかなか理解してくれないらしい。
公爵、公爵夫人、ルカ、ルチア……完璧な家族。ずっとわかっていたことだし、だからこそ私はあの屋敷から出ることを選んだ。でもまさか……公爵とさえ、本当は何の繋がりもなかったなんて。あの家族に入る資格なんて最初からなかった。一人だけ異質だった。血さえ繋がっていなかった。ほんと笑えるくらい滑稽だ。公爵夫人やルカやルチアがいくら私に笑い掛けてくれたって、所詮私だけは永遠にあの家族の一員になんてなれやしない。……小説のフレアはこのことを知ることはあったのかしら。まあ知ったところであの世界では公爵夫妻は亡くなっているけれど……。
私はただ公爵との結婚を繋ぎ止めるためだけに作られた子供だった。ちょっとよくわからない理屈だけどね。確かに子供ができれば離縁はされにくいし、もしされたとしても繋がりは永遠に消えない。彼女自身が公爵の子供だと主張すれば周りの人間はそれを真実だと受け止めるかもしれない。イグニス公爵夫人の誘惑に応えてしまったイグニス家の男たちは、もし彼女との浮気がバレれば家を追い出されるのだから沈黙を貫くだろう。
でも結局その恥知らずな行動がアクア公爵まで知られるところになったと言うことはその作戦は完全に失敗しているってことよね。むしろよく浮気しておいて離縁されなかったわ。その辺りの証拠は綺麗に消していたのかしら? 公爵が何を考えどんな行動をしていたかはわからないけれど、そう簡単に私を子供と認めたとは考えにくい。それでも結果的に認めたということは何か……ま、そんなことどうでもいいか。指1本触れていないなんて声を大にして言えることでもないでしょうし、公爵夫人の浮気なんてイグニス家の大恥だから、家のことを考えて受け入れたのかもしれない。理由なんてどうでもいい。嫌々私を認知したのは明らかだ。
……ばかよね、お母様は。こんなことをしても公爵にますます嫌われるだけなのに。もしかしてもう公爵に愛想を尽かしていたの? いえ、だったら離縁するわよね。偽りでもいいから繋がりが欲しかったのか、そうしてでも公爵に振り向いてほしかったのか……それともただ寂しかっただけなのか。愛する男に一度も振り向いてもらえなくて、ただ寂しくて人肌を求めたのか。それは私にはわからない。
どんな理由にせよ浅はかだ。浅はかで愚かで……その結果出来たのが私だなんて。
「…………」
前世も酷いけど今世もほんとため息が出るほど酷い。そうだ、今度杏に文句を言おう。もうちょっと救いのある生い立ちにしてよって。なんでこうも私は………………いえ、大丈夫。大丈夫よ、だって私はもう…………一人じゃないもの。そうよ、今更血が繋がってなかったなんて、それが何だって言うのよ。今頃皆私のこと捜してくれてるのよ。ルカも……公爵だって。そんなこと十歳の頃は考えられなかった。あの頃私が突然いなくなっても、きっと誰もあんな必死に捜してはくれなかったはずだわ。今の私には私を大切に思ってくれている人がいる。だからもう……
…………本当に?
本当に、大丈夫だって言える? ずっとずっと大切にしてもらえるはずだって言い切れる? このまま私が元に戻らなくて見つからなかったら皆すぐに私のことなんて忘れるんじゃない? 元々捻じ曲がった性格してるし、酷いことだっていっぱい言ってきたし、嫌われるようなことも……
「………………」
……………………怖い。
どうしよう、忘れられたら。必要とされなくなったら。どこにも居場所がなくなって今度こそ一人ぼっちになってしまったら。そしたらまた一から……でもこんな私を受け入れてくれるところがあるかなんてわからない。どうしよう、嫌だ、折角手に入れたと思ったのにまた、また失うことになったら私は――――
「ルーク!」
びくっと肩が震えた。背後からレオンが近づいてくる。アクア公爵の執務室を出てからしばらくふらふらと歩いていた。どれくらい歩いたかもここが屋敷のどの辺りかもわからない。
「どこに行ってたんだ! 部屋に戻ったらいなくなっていたから捜したぞ。クリスタも心配してるから1時間後に顔を見せに行くぞ」
「捜し……。わ、悪い! ちょっと散歩しよ~って思ってさ! いや~アクア家は広くて綺麗で最高だな~」
空元気でむりやり明るい声を絞り出した。
――落ち込んでいる暇なんてないでしょう、しっかりしなさい、私! 一刻も早く元の姿に戻るために何かしないと! そうだ、図書室とか貸して貰おうかしら。本を読むのは苦手だけどもしかしたら何かしらヒントがあるかもしれない。アクア家の図書室は超充実していそうだし――。
「? おい……」
振り向くとレオンが息を呑んだ。
「お前……」
「え? どうしたんだよ。何か俺の顔について――」
「なんで泣いてるんだ?」
「…………え」
嘘……
慌てて目元を拭うと確かに濡れていた。最悪……あ~~~~もう最悪過ぎる……。まさかレオンにこんなところを見られてしまうなんて。この程度のことで。私のド阿呆。
「…………」
あまりのショックに壁に向かって頭を押しつけ膝を突いていた。
「……しばらく見ないでくれ。今反省してるから」
「何の反省だ。何があった」
「………………何もねえよ。ゴミが目に入っただけだ」
「まあそういうことにしておいてやるか」
レオンは私から少し離れた場所で窓の方に顔を向けていた。
「…………自分より年上の男が泣いているところを見るなんてな」
「お前の父親この前号泣してたじゃん」
「父上は意外に涙もろい」
「涙もろいのは遺伝か。お前だって今日泣いてたし」
「泣いてない」
「いーや泣いてたね。絶対泣いてた。俺はこの目で見たからな」
「泣いていないと言っている。お前の目は節穴か」
「誤魔化してんなよ」
「だから誤魔化してなどいない」
しばらく沈黙が続いた後、レオンがぼそりと尋ねてきた。
「…………少しは落ち着いたか」
「まあ……」
「じゃあ行くぞ」
腕を掴まれ立たされた。そのまま引っ張られる。
「おい、行くってどこに――」
「鍛錬場だ」
「た!? 何で!?」
「落ち込んだ時は鍛錬するに限る。私もちょうど今から鍛錬の予定だったから問題ない。むしろ1分10秒も遅れているから早く行きたい」
「いや、え、ちょ――」
「体を動かしていればおのずと悩みは消えるものだ。爽やかな汗を搔けば気分も晴れるだろう。行くぞ!」
この脳筋野郎。まさかこいつがカノンやエイトのような鍛錬バカタイプだったとは……。て言うか強引なのよ! 腕! 痛いんですけど!? 私中身超可愛い女の子なんだからちょっとは丁寧に扱いなさいよね!!
「俺は鍛錬なんてしたくねえよ! おい!!」
「適度な運動は健康に良いんだぞ。それにお前運動神経は良いだろう。良すぎるくらいだ。あの身のこなしはまるで泥棒のような――」
「誰が泥棒だ!!」
「普通に暮らしている人間が壁を駆け上ったり飛び降りたりできるか」
「ぐうっ……」
ぐうの音も出ない。レオンの口角が少し上がっているところを見るにどうやら私とのやり取りを楽しんでいるらしい。ほんと勘弁してよ鍛錬とか……と思っていると、レオンが急に立ち止まった。
「何? どうし――」
思わずきゅっと口をつぐんだ。
そこに、思いも寄らない人物がいたから。
「レオン。……その人は誰だい?」
ルカは静かな微笑みを浮かべて立っていた。




