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105 【ルベル】 振り払う


 やれやれ……。


「俺……違うんだ……あんなこと……言うつもりは……」

「正直に謝りに行こう。フレアは絶対許してくれるから」とルカ。

「どうせ明日には忘れてるぞ、あいつ。そういう女だ」とアラン。

「お前楽しみにしてたじゃん。 次いつ会えるかわからねえんだぞ。正直に謝れ」とカノン。

「でも……無理だよ。本人目の前にしたら俺……」


 シリウスの失言で場が凍った。

 フレア様の返答もなかなかとんがっていて“ああこれは間違いなくフレア様だな”と思ったしそう返してしまったのも仕方ないとは思うものの、正直シリウスには同情してしまった。



 恐らくシリウスはフレア様に恋をしている。

 多分間違いないだろう。と言うかあれだけわかりやすければ誰だって気づくんじゃないか。女性と見れば誰にでも甘い言葉を囁くくせにフレア様にだけは面白いほど口が回らない。すぐ顔を真っ赤にするし目をそらすしどもるし、カノンよりよほど重傷だ。



 だからこそ……



『ああそう。あんただって欠片も似合ってないわよその格好。背が伸びたって全然格好良くないから。甘ったるい言葉を吐くようになったのは知ってるけどそれって全部口先だけなんでしょうね。可哀想に、中身が伴っていない言葉に意味なんてないわ。そんなんじゃあんたのことなんて誰も好きにならないわよ。いつか好きな子ができた時に苦労するといいわ』



 フレア様の返答は軽く致死量を越えている破壊力だと思う。好きな相手にあそこまで言われて凹まない方がどうかしている。



「謝る……そうだ、謝らなきゃ……でも何て言えば……」

「正直にごめんなさいって言えばいいんだよ。な? 一緒に行ってやるから」


 カノンがぽんぽんと肩を叩いてようやくシリウスが意を決したように頷いたところで……



「ふっ、ざまあみろ」



 メラクが余計なことを喋り始めた。

 案の定、シリウスがぎろっとメラクを睨み付ける。



「……なんだと?」

「ざまあみろと言ったんだ。相変わらず馬鹿な奴だな。あれじゃ完璧に嫌われただろう」

「そ、それは……」

「もうお前の顔も見たくないし声も聞きたくないだろうに、今から謝罪? やめといた方が良いと思うが」

「メラク、やめなさい」


 思わず止めに入った。これ以上シリウスを責めたら……


「う……だよな……そんな……気がする……」


 やっぱりな。

 いつもならメラクに突っかかるシリウスが今日はへなへなと床に蹲って小さくなっている。どんよりと重たい空気がシリウスの周りを漂っている。こいつ……こんなにネガティブな奴だっただろうか? 本当にフレア様関連になると弱いんだな。



「俺は……取り返しのつかないことを……」

「身の程知らずに公爵令嬢に懸想したバチが当たったんだ。諦めて二度とあの人には近寄らないことだな」


 しかもメラクはそんなシリウスに容赦ない追撃を加えた。さすがに言い過ぎだと叱ろうとしたら――



「だがそれはお前もだろ、メラク」

「……は?」


 アランが難しい顔で腕を組んでいた。


「お前もさっきお嬢にドレスが似合わないって言ってたじゃねえか」

「それは……事実を言ったまでだし、俺は馬鹿だなんて言ってない」

「そうかもしれねえけど機嫌は悪くなってたぜ? あいつ褒められるのが好きだからな~。ありゃ相当苛ついてたな~。嫌われたかもしれねえな」

「だ、だったらあんたもだろ!」

「俺は別に嫌われても構わねえ」


 アランはにやっと笑った。メラクの顔色がだんだん悪くなる。……ん? 待て、この話の流れ、もしかしてメラク……まさかお前までフレア様を……?

 一瞬フレア様の方を見たメラクが、慌てて視線を逸らして顔を隠した。さっきまでただただ顔色が悪かったのに、今は耳まで真っ赤になっている。俺の視線に気づいたメラクは悪態を吐きながら俺たちから離れていった。


「なあルベル。メラクどうしたんだ? 急に怒ったみたいだけど……」

「カノン……」


 お前気づいてないのか?

 あれは明らかに……いや、やめておこう。懸想ではなくただの憧れの可能性は十分にある。フレア様は孤児院の子供たちからすれば聖女のような存在だろう。バーバラたちに酷い目に遭わされて大人を信用できなくなっていた彼らにとって、自分たちとよく似た年頃で、しかも汚い大人たちから自分たちを守り、人間らしい生活を与えてくれたフレア様に憧れを抱いても全く不思議なことではない。


「…………さあな」

「ふーん。お前にもわからないことあるんだな」

「…………」

「おいシリウス、そんなとこでうじうじしてないで、さっさとフレア様に謝りに行こうぜ! 時間が経てば経つ程謝りづらくなるぞ」

「でも……」

「て言うかシリウスってさ……もしかしてフレア様のこと好――――」


 蹲っていたシリウスが突然飛び上がりカノンの口を手で塞いだ。勢いに驚いたカノンだったがいきなり飛びかかられてもふらつくこともなくしっかりと受け止める。口を塞がれたままパチリと瞬いた。その目が“まじ?”と問いかけている。

 シリウスの顔色がみるみる赤くなり、そのままふらついてさっきより体を小さくして蹲った。


「まじか……」


 カノン、気づいていなかったのは多分お前だけだぞ。あとフレア様か。


「そっかー。ちょっと驚いたけど俺たち同志みたいなもんなんだな」

「え?」


 カノンはさすがに声を潜めた。


「俺もフレア様のこと好きだからさ。まあ憧れみたいなもんなんだけどなー」

「ほ、ほんと!?」


 シリウスの声が裏返る。

 そういうことをサラっと言えるのはカノンの長所だろうか。それとも短所だろうか。アランにだって聞こえているだろうによく言えたものだ。アランはカノンの気持ちには気づいていたのか、特に反応はなかった。ただ静かに酒を飲んでいる。



「な、ルベル!」


 元気よく背中を叩かれて思わずふらついた。俺は思わずカノンを睨んだ。


「お前がフレア様を慕っているのは知っているがなんでそこで俺に同意を求める」

「え? だってお前もフレア様のこと好きじゃん」












 …………は?


 当然のように言われて固まった。シリウスが「そうなの!?」と顔を青ざめさせていく。


「待て、貴様何を言って……」

「最初はツンツンしてたのにいつの間にかこ~んなに慕うようになっちゃって。さすがに俺だってわかるぞ。お前がフレア様のことめちゃくちゃ好きなんだってことくらい。な、ルカ」

「カノン、ちょっと声が大きいよ? でも確かにルベルはフレアのこと大好きだよね」

「ちょっと、待て」

「わかりやすいよな。ルベルって。好きな子にもクールな感じかと思ってたけど意外に――」

「待て!」


 カノンの肩を掴んで引き寄せた。至近距離で睨み付けると奴が少しばかり動揺したのがわかる。


「お、おいルベル。何そんなに怒って……。あっ、悪い!! お前もしかして秘密にして――!?」

「違う」

「え?」

「俺は、フレア様を、尊敬、して、いる」

「あ、ああ。知ってるけど……」

「それは決して、決して、決して! 恋情ではない……!!」

「お、おお……」


 カノンの肩を掴む手に力が入る。奴が少しばかり顔をしかめたのがわかって手を離した。


「わ、悪いルベル。お前が秘密にしてると知らなくて、その……皆もうわかってるかなって思ってて……ほんとごめん」

「だから、それは、お前の、勘違い、だ!!」

「え? そ、そうなのか……?」

「さっきからそう言っているだろう……!! 俺は、ただあの方を尊敬しているだけだ……!!」


 怒りなのか焦りなのかわからない感情で心がかき乱される。

 俺がフレア様に懸想? ばかな。そんなことあるわけないだろ。確かにあの方の笑みに心揺さぶられたことはあるし、意外な一面を知るにつれ可愛らしいと微笑ましく思ったこともあるし、恐れ多くも、ま、守りたいと思ったことさえあるが………………












 ……ん?



 胸の中に小さな疑念がほんの一瞬芽生える。だがすぐに振り払った。




 いや違う。違う違う違う。絶対違う。

 これはあくまで尊敬であり親愛であり間違っても恋情なんてものでは…………






「ルベル!!」





 必死で振り払っている途中で可愛い声に名前を呼ばれた。




「ルベル! 一緒に踊りましょう?」



 頬をほんのりと赤く染めたフレア様が俺の腕に絡みついてきたところで思考が一気に吹き飛んだ。


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