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104 飲む


「シリウスちゃん……」

「シリウス……」

「ばか……」

「あちゃー……」



 この野郎……


 楽団まで演奏を止めてシンと静まり返っている。私は唇の端をひくつかせて、赤から青に顔色を変えたシリウスを見上げた。



「ああそう。あんただって欠片も似合ってないわよその格好。背が伸びたって全然格好良くないから。甘ったるい言葉を吐くようになったのは知ってるけどそれって全部口先だけなんでしょうね。可哀想に、中身が伴っていない言葉に意味なんてないわ。そんなんじゃあんたのことなんて誰も好きにならないわよ。いつか好きな子ができた時に苦労するといいわ」



 場がますます凍り付いたのは感じたけれどどうでもいい。……あ、ルカの誕生パーティーなんだからどうでもよくはないか。でも撤回なんてしてやらない。やられたらやられた分以上に返すのが私のやり方だから。それに今日は身内ばっかりだし? 馬鹿にされたのに笑顔で返す必要はないし? アクア家や女王やイグニス公爵に言われてもいつものことって受け流せるけれど、シリウスに馬鹿にされたのがめちゃくちゃムカつく。甘い言葉で褒められるかしらと少しばかり期待していた分怒りが倍増してる。何より1年振りの再会よ!? これじゃわくわくしてた私がばかみたいじゃない。

 まあ、メラクや乱蔵にチクチク言われたからちょっと苛ついてたのも原因かもしれないけど……。でも一番酷かったのはシリウスだし、何より大声で罵られて腹が立った。


 シリウスは完全に固まっていた。青かった顔がみるみる色を失い、今や土気色になっている。ふんっ、良い気味だわ。



 やがて固まって動かなくなったシリウスの残骸をルベルとカノンが回収し壁へと連れて行った。二人とはまだまともに会話を交わしてないのに。大体カノンにはステラをじっくり見て貰うっていう大切な役目があるのに! ステラが一番褒めてもらいたい人はカノンなのよ! もう! これも全部シリウスのせいね。ばかシリウス。



「あの……フレア様。シリウスちゃんはちょっと愛情表現があれなんですけど」

「あれってどれよ」

「本心ではないと言いますか……すごく恥ずかしがり屋さんなんです」

「普段あんなに甘い言葉ばっかり囁くくせに?」

「んん~……ちょっとフレア様にだけ緊張しちゃうみたいで」

「なんで私だけ緊張するのよ。好きなわけでもあるまいし」


 そう言った途端また場の空気が一段と凍り付いた。

 あ~もう、わかってるわよ……


「シリウスが私のこと好きなわけないでしょ。勘違いなんてしないから安心してよ」

「いえ、あの、その~……」

「もういいわ。何か飲みましょう」



 孤児院の子供たちがいるからか、用意されていたのはほとんどジュースばかりだ。一応カクテルやワインもあるにはあるけれど、子供が間違って飲まないように、奥の方の高いテーブルにまとめられている。まあもし目の前にお酒があっても私も飲まないけれどね。だって前世の記憶から察するに……私はお酒を飲むととても大変なことになる……気がするから。

 この世界では小さな子供も平気で飲酒するけれど、良識ある人の間では未成年はあまり飲まない方が良いとされている。孤児院でもお酒は一切出さなかった。



「あの、フレア。シリウスも反省してるみたいだから……」

「ルカ、私本人が泣いて謝罪しない限り許さないわ」


 そっぽを向くとルカは困ったように苦笑してしまった。


「お前あそこまで言わなくてもいいだろ。さすがに可哀想だぞ。お前あいつを殺す気か」


 何よ乱蔵まで。


「ふんっ」

「え~、シリウス様ってもしかしてそういうことですか~? もしかしてとは思ってたんですけど、え~何それ何それ可愛い~~」


 杏は杏でよくわからないことを喋っている。

 そう言えば彼女とこうして会うのはヴェントゥス公爵邸で再会した時以来ね。手紙のやり取りくらいしかしてこなかったから。今は孤児院でも交流があるし、最初は顔が整い過ぎて直視できなかったらしいカノンたちとも普通に話せるようになったらしい。

 ちなみに乱蔵と再会した時は――



『あああ!? 乱蔵さん!? きゃああ~久しぶりです!』

『あ?』

『もう~私ですよ~私~。乱蔵さんってやっぱりお婆ちゃんのことが大好きなんですね! これってもしかして運命ですか!?』

『誰だてめえ』

『えっ』

『どこで会ったのか知らねえがお前のことなんて覚えてねえよ。消えろ』

『えええええ!? 私ですよ! 杏ですよ!! 今はアンネですけど……ほら!! 喫茶店の――』

『喫茶店なんて数え切れねえくらい立ち寄ってんだ。お前なんて覚えてる訳ねえだろ』

『え!? 嘘でしょ!? ほんとに欠片も記憶にないんですか!? え!? 結構ショック!!』



 ――となったらしい。

 まあなんとなく乱蔵は覚えてないんじゃないかと思ってた。だからモテないのよ。



 私は杏を引っ張ってそっと皆から離れた。


「ねえ、この間読んだ小説の話、教えて貰っていい?」

「え?」


 ちらりと杏に指輪を見せた。


「これ、ジークからもらった指輪なの」

「あっ……」


 それでわかったみたいね。そう、これは指輪という名の首輪なのよ。だからジークが聞き耳を立てていることを考えた上であくまで小説の話をしているという風を装いながらこの世界の今後について詳しく話を――


「ええ~!! 凄い!! それ小説の終盤で主人公が渡される婚約の指輪ですよ!! だって王家のお花ですよねこの紫!? きゃああああ薔薇との相性も最高ですね!! 超ロマンチック!!」


 ……わかってなかった。

 違うってば。これそんなロマンチックなものじゃないってば。これ監視用の指輪なんだけど。て言うかあいつこんなものヒロインに渡すの? 監視できるものだって伝えずに? だとしたら超変態じゃない。でも違うわよね? きっとこれは私があいつにとって奴隷的玩具的存在だから渡したものであって、ヒロインに渡すものはきっと普通の指輪よね?



「なんかもう……ほんとにあの小説ってあんたが書いたの?」

「どういう意味ですか? ふふっ、フレア様、この調子ならハッピーエンドですね! ジーク殿下とラブラブになってくれて本当に嬉しいです!」

「誰がラブラブだって? ぞわぞわするからやめてくれない?」

「も~なんでですか。ジーク殿下素敵な人でしょう? フレア様がジーク殿下のことすっごい好きなのわかってますから、もうこのまま幸せになっちゃってください! 他の人のこと気にせずに!」

「え?」


 ちょっと待って。それおかしくない?


「それは……あの、いるでしょ? ほらあの……て言うかあんたとしてもどうなの? それは」

「まあ小説は小説、現実は現実じゃないですか~。フレア様はこんなに良い人なんだから結ばれてくれなきゃ悲しいです!」


 いやそもそも私はジークのこと別に好きじゃないし、あいつとくっつくのは主人公でしょ。私は断罪される悪役令嬢で……


「まあこれからしばらくはそんなに大したことも起きないですよ~大丈夫大丈夫」

「…………本当でしょうね」


 なんかすごく不安なんだけど。

 小説のふわっと作ってる部分はわかんないこともあるって言ってたし、私が動いたせいで小説の内容もだいぶ変わってきてるし、杏はあんまり頼りにしない方がいいかもしれない。


「あ、でも……」

「何?」

「あー……いえ、うん、大丈夫ですよ! 取りあえず大丈夫です! きっときっと大丈夫です! さっ、今日は久しぶりの再会ですし、たくさん楽しみましょう!」

「…………そうね」


 16歳になったら断罪されるんじゃなかったの? 私。主人公とジークの命を狙って……。まあ確かに今の私はどちらの命も狙うつもりはない。これっぽっちも。だから断罪される可能性は限りなく低いかもしれない。でも取りあえずジークと夫婦になる未来なんて描けないし、私はどこか遠くでの自由気ままな生活を目標にしたい。そもそも王妃なんてごめんだわ。権力とか国政とか、そういうものとは距離を置きたいの。



「内緒のお話ですか?」



 ステラがひょこっと入ってきた。


「いえ、全然。大したこと話してないわ」

「ステラ様超綺麗です~!! あ、私あの料理食べたいんですけど一緒に取りにいきません?」


 自由奔放な杏と一緒に用意された料理に手をつけることにした。


「ん……これ美味しいわね」

「これもすっごく美味しいです~」

「はあ……シリウスちゃん……まだあんなに小さくなって……」



 女性陣とルカと孤児院の子供たちはすごく褒めてくれるのに、他の男どもからの評判はあまりよくない。全然褒めてくれないし似合わないとか言うし目が合ったら逸らされるし……。私もしかして嫌われてるの? カノンもルベルも全然近づいてこないじゃない。なんかそこそこ信頼されてるのかなとか思ってた……。もしかして勘違いだったの? あれ。ちょっとショック。



「はあああ~、美味しい~。お酒も最高ですねえ」


 杏はカクテルを飲んでうっとりしている。さっきから奥のテーブルのお酒を独占する勢いで飲んでいるけれど顔色はほんのり色づく程度で、多分彼女は相当酒豪なんでしょうね。羨ましい限りだわ。


「んー……お酒やジュースじゃなくてお茶はないかしら」

「フレア様は本当にお茶がお好きですねえ」


 アイスレモンティーが用意されているのを見て、私は迷わずそれを手に取った。自分でグラスに注ぎ、口に含む。すっきりとした後味に、爽やかなレモンの香りが心地良い。



「美味しい」



 そして私は気づかなかった。

 いつもと違う熱が、体の中をふんわりと巡っていくことを。


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