103 着飾る
一ヶ月後。ルカの誕生日はあっという間に訪れた。
当日に祝えないのは残念だったけれど、その日に着くように手紙は出してもらったから……ジークがちゃんと手配してくれていれば、だけど……大丈夫よね。プレゼントも一緒に届けてもらった。喜んでくれるといいんだけど。
「楽しみですね、皆に会えるの」
「ええ。ステラもシリウスに会えるの久しぶりなんじゃないの?」
「でも二週間振り……とかですかね。フレア様ほどではありませんよ」
最初の数ヶ月が過ぎてから、ステラにはある程度の自由が認められた。もちろん私の居場所については決して口外しないとかいろいろ条件付きではあるけれど、シリウスに会いに行くことも許されている。元々毎日一緒にいた二人には悪いなとは思うけれど、ステラ曰く「離れることも時には必要ですから」と笑っていた。
「より大人っぽくなったフレア様に皆さんメロメロですね」
「そんなに変わってない気がするんだけど……」
「ご自身ではわからないかもしれませんね。こういうのは周りの人間の方がわかるものです。……ほら、身長も高くなってよりスタイルが良くなりましたし、顔つきも大人っぽくなりましたし……」
うーん、確かに背はちょっと伸びたかしら。
この世界は前世で暮らしていた国と違って皆背が高いけれど、このままぐんぐん伸びればいつか誰かを見下ろすことになるのかも……。あ、でもシリウスは背が低いか。
「そうそう、シリウスちゃんも今ぐんぐん背が伸びてるんですよ」
「え、そうなの?」
「ふふふっ、口説き文句にも磨きがかかって女の子からモテモテなんです」
「いつか刺されないようにね」
「大丈夫です。その辺りも揉め事が起きないように平等に優しくするよういろいろ教え込んでますから」
「……ステラあんた何者なの」
つくづく恐ろしい子。
私は今日のドレスを鏡の前で確認した。ステラと一緒に選んだ明るくて淡いオレンジ色のドレス。いつもはあまり選ばない色だったけれど、今夜はどうしてもこの色が良かった。デザイン自体は大人っぽくてちょっとセクシーなくらい。ステラ曰く「フレア様もこういうドレスがお似合いになられる頃ですから!」とのことだった。胸元も開いて……ただそれを強調するには胸が足りない。……むむむ、でも前世を思い出せば確か平均くらいには成長してたはずよね。昔より良いものを食べているし、きっとあと数年もすればセクシーなドレスも華麗に着こなすグラマラスな女性になっているはずだわ、うん。
ふとステラを見るといつもの侍女の装いだった。
「……ねえステラ」
「はい?」
「あなたも可愛いドレスを着るべきではなくて?」
「え?」
だってカノンもいるのだから。
こそっと囁くと雪のように真っ白な彼女の肌がぱっと赤く染まった。
――――――――――
ヴェントゥス公爵の瞬間移動でイグニス邸まで移動してもらった。本当は王宮の方に移動してジークにエスコートしてもらう予定だったけれど、忙しくてすぐに来られないらしい。ジークなら「僕が終わるまで忠犬のように待っていろ」と言いそうなものだけど、珍しいこともあるなと思う。国賓でも来ているのかしら。
私はちらりと指輪に目を落とした。彼から渡されたこれは婚約の証ってだけじゃなくて私を監視するためのものだ。魔術まで仕組んであると言っていたしかつてのチョーカーよりずっと強力なものであることは間違いないのだけれど、以前のようにこれで連絡を取り合うことを彼は最初からしなかった。直接自分が来るか誰かに伝言するかばかり。この指輪も案外大したことないのかなと思うけど、油断は禁物よね。
イグニス本邸に来るのは久しぶり。瞬間移動してもらうのもさすがに少し緊張する。事前に示し合わせて用意してくれたのだろう部屋には護衛として配属されたのであろう騎士たちが数名いるばかり。騎士とは度々顔を合わせるから正直あまり面白みはなかった。昔はあんなに私のことを嫌っていたのにほぼ全員から1本を取った今となっては私に逆らえる者は誰もいない。
「…………あの、フレア様」
「なあに? ステラ。早く行きましょう。皆待っているわよ」
「いえ、その……やはり私は着替えて……」
「どうして? すごく似合っているじゃないの」
「でも……でもこの色ではフレア様より目立ってしまいます!!!」
珍しくステラが泣きそうな顔になっている。
事実、ステラのドレスの色は鮮やかな赤。もちろん私が選んであげた。普通一緒にパーティーに参加することがあったとしても、侍女が主人より目立つ色のドレスを着ることはない。まあ常識的に考えてそりゃそうよね。
「でもこれは身内だけの小さなパーティーよ。咎める人なんていないわ」
「ですが……」
「それに私が隣に立つ人のドレスくらいで見劣りすると思う?」
「いえ……それはないですけれど……」
一度ステラを思いきり着飾ってみたいと思っていた。
以前公爵夫人のパーティーにお呼ばれした時もドレスを選んで着てもらったけれど、あの時はあくまで侍女として紹介するためだったからそんなに華やかなものではなかった。落ち着いた色合いの抑えたもので、それはそれで似合っていたんだけどきっとステラならもっと華やかなものも似合うと思っていた。
長い銀髪も真っ白な肌も、それに宝石みたいに輝く赤い目もこれだけ綺麗なんだもの。オシャレしないのは勿体ない。真っ赤なドレスを着て髪を整え、化粧を施し、銀色に輝くネックレスやブローチをつければどこからどう見ても立派な貴族の令嬢だった。
なにより……これを言ったら多分ステラに怒られるのでしょうけれど、この赤いドレスでカノンと並べば誰よりもお似合いのカップルだわ。
「さっ、行きましょう」
「……はい」
恥ずかしそうなステラの手を引いて扉を開けた。
ホールは照明が一際キラキラ輝いて煌びやかだった。懐かしい顔ぶれに思わずドキっとする。公爵夫人、ルカ、ルチア、カノン、ルベル、シリウス、リクに孤児院の子供たちも。よく見たらぶすっとした顔の乱蔵や目をキラキラさせた杏の姿もあった。ルカ以外とは本当に1年ぶりの再会だ。
「わああ! ステラお姉ちゃん綺麗!!」
「ステラお姉ちゃんお人形さんみたい! 可愛い!」
「握手して! ステラお姉ちゃん!」
みんなの反応にステラが珍しく固まっている。
うん……負けた。私が見劣りするわけないでしょ、と大口を叩いておいてなんかすごい負けた。恥ずかしい。
あれ? 1年ぶりなんだから私にももう少し注目してくれると思ったのに。何か皆ステラに夢中ね? もしかして私の姿が見えてない? 子供ってほんと正直……。まあいいか、それだけ私の見立てがバッチリだったってことだし。そもそも今日の主役はルカだしね、うん。
「お姉ちゃん」
そんな中、リクがキラキラ目を輝かせながら私を見上げてくれた。
「久しぶり。あの、あのね、すごく綺麗!!」
「ほんと? ありがとう。リクも似合ってるわよ。会わない間に背が伸びたわね」
「うん!」
もう7歳くらいかしら。甘えん坊なリクの頭をよしよししていると他の子たちも私の装いを褒め始めてくれた。たっぷり褒めて貰って満足していると、ルカが声を掛けてくれた。
「フレア、今日はありがとう」
ルカの胸元にはオレンジ色に輝くブローチ。丸みを帯びたシンプルなデザインの中にどことなく品も感じられて、ルカにぴったりだと思ったのよね。彼の瞳と同じ優しい色だし。早速つけてくれたことはすごく嬉しいけれど……実はちょっとだけ恥ずかしい。このブローチは一見したところわかりづらいけれど、実はある花をモチーフにしている。その花の花言葉が――
「た、誕生日おめでとう。プレゼントも早速つけてくれたのね」
「うん。素敵な贈り物をありがとう。すごく気に入ってるよ」
「そう……」
やっぱりちょっと気恥ずかしい。
気づいてないみたいだから、わざわざ言う必要もないわよね。
「殿下は?」
「ジークは遅れるって」
「そっか。……ドレス、すごく似合ってる。綺麗だよ」
ルカはいつも私の装いを褒めてくれる。公爵は沈黙しているけれど、公爵夫人もルチアも褒めてくれてニコニコしていると……
「……そんなドレスはまだ似合わない」
ぼそっと辛口コメントをくれたのはメラク。まだ孤児院をバーバラが管理していた時、脱走したシリウスに強い恨みを抱いていて、しょっちゅう嫌がらせをしていた子。最初のうちは私に対しても面倒なことばかりしてくれたけれど、裏家業の人間とやり合った後からはだんだん大人しくなっていったのよね。でもシリウスとは以前仲が悪いままだったけれど、今はどうなのかしら。
「あら、けっこう似合ってると思うんだけど」
「……似合わない。無理して背伸びしてるように見える」
「確かに。ガキのくせにそのドレスはまだ早えだろ」
「うるさいわねえ乱蔵。あんただって何その正装。似合わなさすぎて笑っちゃうんですけど~」
「ああ? おい、おまえだってそう思うだろ、シリウス」
「えっ」
シリウスがびくついた。近づいてわかったけれど確かに随分背が伸びている。成長期なのね。正装なんて初めて見たけれどなかなか似合っている。これで甘い言葉を囁けば確かにモテそう。
シリウスってここ数年で本当に甘ったるい言葉を吐くようになった。ただし私以外で、だったけれど。きっとそろそろ私にも甘い言葉を囁いてくれるんじゃないかと期待して見上げると――
「な、お、あ、そ、そん、れは、あの、その……」
「シリウスちゃん!」
ステラがシリウスの背中をバシッと叩いた。皆に注目を浴びているせいかステラに叩かれたせいか、シリウスの顔がどんどん赤くなって……
「ぜ、ぜぜぜ、全然似合ってないよこれっぽっちも!! 胸開いてるし肌見えすぎだしそんな格好して恥ずかしいと思わないのかッ!? ばーーーーーか!!!!」
ばーか……
ばーか…………
ばーか………………
シリウスの大声がこだまみたいにホールに反響する。
場が一気に凍り付くのと同時に……
腹の底から怒りが湧き上がってくるのを感じた。




