102 鍛錬する
日差しが強い。じっとりと汗ばむ季節に屋外でこんな演習をするなんて最悪でしかない。
「ぐっ……!!」
「遅い。がら空き。次はもっと集中して」
「は、はい……ご指導ありがとうございます!!」
別に指導って程のことはしてないんだけど……。
大柄な騎士から1本を取る。これで何人目だっけ……。いい加減そろそろ休憩かしら。
「フレア様……よろしくお願いいたします!!」
おおっとここで一番元気な奴が来た。
思わずため息が零れる。エイト・フォード。多分この中で私にとって一番の強敵。別に何か指導してきたわけじゃないけれど彼だけは一番相手をしてきたし私の剣術の癖なんかも一番把握しているのは彼だろう。何より……強くなったわよね。
エイトはすぐに斬りかかってくることはせず、鍛錬用の剣を構えてこちらを窺っている。私も彼相手に隙だらけでいるわけにもいかず、剣を構えてじっと相対する。じりじりと様子を窺い合いながら、先に動いたのはエイトだった。一撃を軽く受けながら昔よりずっと重くなったそれに成長を感じる。
このまま強くなったらいずれ私を越えるのかしら。
才能もあるし何より努力が凄い。護衛の傍らいつも鍛錬に励んでいるし、タソガレ王国とのいざこざの時はアジトでけっこう活躍したらしい。その代わり怪我を負ってしばらく療養していた時期もあったけど、怪我の治りが早いのかあっという間に治っていた。
そう考えると……やっぱりあんまりエイトとは関わらない方が良いような。良い奴なんだけど国のためなら何でもしちゃいそうなタイプの人間だし。これからの成長度合いによっては一番の強敵になるかもしれない。警戒するなら原作通りだとシリウス、この世界だとアグニが一番やばいと思っていたけど、エイトがこれ以上強くなったらちょっと……
受けた剣を弾き飛ばし、ふらついた足下を狙って蹴りかかろうとしたところを飛び上がって避けられる。弾き飛ばした剣の場所まで転がりながら移動し、エイトは流れるような動作でそれを手にした。
「やあ、楽しそうにしているな」
あ、忘れてた。
一番やばいのはアグニでもエイトでもない。
「エイトに休憩を与えた途端飛んでいったものだから気になってな。暇だから様子を見させてもらおうか」
「ジーク……」
一番警戒しなきゃいけないのはどう考えてもジークだった。
自分の右目の視界を私に差し出すレベルで執着しているのは事実だし、今でも彼の右目は見えないままだ。そもそも魔術というのは何でもかんでも自由にできるものではなくてそれ相応の対価が必要なとても危険なものらしい。だからそれを扱う者を迫害した歴史があるわけで……それにあっさり手を出すジークは頭のネジが1本外れている気がする。そもそもなんでこんなに私に執着しているのかがよくわからない。やっぱり私が化け物だからその力を国のために使えってことなのかしら。だとしたらちょっともうそういうのは前世でお腹いっぱいだから今世では勘弁してほしい。
「……そうね。ちょうど私もそろそろ休憩しようかしら」
「えっ」
「ごめんねエイト。ちょっと疲れちゃったから今日はもう終わりだわ。騎士を数十人だか数百人だか忘れたけど相手した後だから休憩しないとね。お茶でも飲もうかしら」
「え……あ……」
「ステラ~、お茶を淹れてちょうだいな」
遠くで演習を見守っていたステラの方へと意気揚々と歩いて行く。急に捨てられた子犬みたいな顔をされてちょっと可哀想だったけどそもそも折角与えられた休憩を鍛錬に使うってどうなの。休憩する時はちゃんと休憩しなきゃだめでしょう。
「淹れるなら君が淹れたお茶を飲みたいんだが」
ジークがちゃっかり私の目の前の椅子に腰掛けた。最初は私に毒味させていたけれど今は全くそんなことがなくなった。ステラが「あら」と小首を傾げる。
「私のお茶はお気に召しませんか?」
「悪いがフレアの淹れた茶の方が好きでね」
「そんな差はないでしょ……」
「気分の問題だ」
いつものやり取りを交わした後私はステラの用意してくれたアイスティーを、ジークは私の淹れたお茶を飲んだ。エイトは他の近衛騎士たちと鍛錬をしている。……本当に鍛錬が好きなのね。でも適度な休憩も必要よ、本当に。
私は14歳になった。
いつの間にかあれから1年近くが経とうとしているけれど、私は相変わらずアクア家に匿われている。その間孤児院の子供たちにもルベルやカノン、シリウスにも会っていない。
手紙のやり取りくらいは許されているから、手紙をジーク宛てに届けてもらってそこから彼が私に持ってきてくれてることになっているけれど、正直あんまり信用できない。この前久しぶりに乱蔵の手紙があると思ったら『俺だけ返事無視するってどういうことだ』というお怒りの手紙だった。無視するも何も届いていないじゃないと思ったらジークが『奴の手紙が紛れ込んでいたのか? おっと、あれは選別して捨てるようにしていたのに』と一切悪びれることなく言ってのけたのには心底呆れた。杏は城下の別邸で暮らしているらしく、彼女とも手紙のやり取りをしているけれどジークが中身を読んでいる可能性を考えてあまり小説の話はできていない。
たまにゼファがこっそりアクア家に忍び込んで、お茶を飲みながら無駄話をすることもある。茶飲み友達って言うか……以前より会話は通じるし通じなくてもまあいっかって感じ。アクア家の罠をくぐり抜けるとはさすがだと思うけど、そもそも私がここにいることを知らないはずの彼がなぜ来ているのか……深くは考えないことにした。乱蔵でさえここを探り当てることはできなかったみたいなのに、この子って忍びよりよほど忍びに向いているのかもしれない。いっそ手紙をゼファに頼むのも考えたけれど、ジークにバレた時が怖いからやめた。郵便物関連は全て自分を通すようにっていう謎のルールを課されているし、何よりゼファのこれは完全に不法侵入だからバレた時のことを考えると罪を重ねるのは得策じゃない。ほんと肝が据わっているというか……ヴェントゥス公爵の苦労がちょっと垣間見えた。
ルカだけはジークが許可し、ヴェントゥス公爵の力で王宮でたまに会うことができる。
……なぜかこれもジーク同伴だけど。彼はいまいち忙しいのか本当に暇なのかよくわからない。
そしてまた不思議なことに、一ヶ月に一度ほど、こうして騎士たちの特別指南役として鍛錬を任されることになってしまった。これもヴェントゥス公爵の瞬間移動を使って居場所がバレないようにして鍛錬場に来ている。今日は近衛騎士団。この前はイグニス家の管轄である第一騎士団だった。
もちろんこれはジークの命令で、私に拒否権はない。私を尊敬しているらしい騎士も喜ぶとかエイトのようにぐんぐん成長すれば一石二鳥だとかいろいろ理由を並べられたけれど、ジークの目的が本当のところ何なのかについてはよくわからない。
私の命を狙っているであろう変態兵器に関しては相変わらず何の進展もなかった。城下でも特に妙な事件は起こっていないと言うし、近衛騎士が強くなったおかげか何なのかわからないけど相当治安も良くなっているらしい。
ならもうそろそろ身を隠さなくても良いような気もするんだけど……
「いつまでこの生活が続くのかしらね……」
「何か不満でも?」
「自由にしたいだけよ。会いたい人に会いたい時に会いたいだけ」
何よりタイムリミットがじわじわ近づいてきてる。私はもう14歳。16歳になって主人公が近衛騎士になる前に婚約破棄して、私が彼らにとって何の脅威もないですよっていう状態にしてから、サクっと13番目の力とやらで私の目を治してもらいたい。あと……ジークの目も。まあジークの目に関しては私が何か言わなくても治してくれると思うけど。
ジークはお茶を飲みながらじっと探るように私を見つめた。私は眼帯なんて可愛くないし付ける必要もないと思ってつけていないけど、ジークはオシャレのつもりなのか度々眼帯を変えて楽しんでいる。まあ楽しんでいるならいいんだけど……私はそれを見る度に少し罪悪感が疼いた。
「ふむ。まあ確かにあれから目立った動きはない。そろそろ君の今後については考えなければならないかな?」
「ええ、ぜひさっさと考えて頂戴」
「こういう生活は嫌か?」
「嫌……て言うか……」
そんな悲しそうな目をされても。
「やっぱりその……何も気にせず生活できるのが一番じゃない」
「何も気にせず……か。その基準にもよるが、僕の婚約者である以上少しは気にして貰わないと」
「ええそうね、私には貴族的なマナーその他諸々が大きく欠如しているみたいだから婚約は破――」
「君の兄上についてだが」
破棄しましょう! と言おうとしたのにむりやり話をぶった切られた。
「もうすぐ誕生日だろう。イグニス家で誕生パーティーをするらしいじゃないか」
「行っていいの!?」
思わず身を乗り出しそうになる。
騎士への特別指南なんて任せる癖にパーティー関連には全く出席させてもらっていない。まあ別に私はそれでも全然構わないけれど、こんなに長い間謹慎させられてるみたいな状況だと私の身を守るためというより何かジークに黒い考えがあるんじゃないかと疑ってしまう。
取りあえずルカの誕生パーティーならめちゃくちゃ出席したい。
「そんなに顔を輝かせるほど出席したいのか……」
「話題に出たってことは行かせてくれるのよね? ね?」
「…………当日の夜は公爵家や他の貴族の面々、更に女王まで参加すると聞いている。それはだめだ」
「えー」
「だから次の日の夜。身内だけで行う小さなパーティーにならば出席して構わない」
身内だけ……じゃあ……
「カノンやルベルもいる?」
「ああ、孤児院の子供たちも招くと聞いている」
じゃあ久しぶりに会えるってことね!
ルカの誕生日は一ヶ月後。今からわくわくが止まらない。だって皆に会うのは1年振りなのよ。思わず頬を緩ませていろいろ考えていると……
「…………そんなに嬉しいか。イグニス公子とはたまに会っているだろう」
「嬉しいに決まってるわ。久しぶりに気兼ねなく話せるんだし」
「気兼ねなく?」
「だっていつもジークがいるから喋りづらいし」
クッと堪えるような声を漏らしたのはステラだった。貼り付けた笑顔のままピクピクしている。ジークを見ると笑顔が凍り付いていた。
「言っておくが僕も参加する」
「あ……そう……」
なんかすごく気まずい。
だってジークがいるとルカがいつも緊張して喋りづらそうだから……うーん、そんなに酷いこと言ったかしら。なんか悪かったわね。
口には出さなかったけれど、心の中で小さく謝っておいた。




