【閑話】愛すべき四月馬鹿たち
細かいことは置いといて楽しめる方だけどうぞ。
「なあ乱蔵」
「んだよ」
「子を孕んでしまった」
「ぶほっ!!」
ババアが朝からとんでもねえことを言い出した。
思わず茶を吹き出して凝視すると、悲しそうに眉尻を下げて目を潤ませてやがる。やめろ気持ち悪い。
「何言ってんだお前……正気か!?」
「うむ、まさかこの年で身籠もることになるとは私とて思ってもいなかった。どうしよう乱蔵。股が裂けたら死んでしまう」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ! つーかお前が身籠もってるわけねえだろ!? 年を考えろ年を! お前いくつだよ!!」
「さあ? 生まれ年もわからんしちゃんと数えたことがないからなあ。多分……80くらい?」
「80で出産なんて聞いたことねえから!!」
「そうかそうか。だがほら、私の体っていろいろ規格外じゃないか。こういうことも起こりえるのかもしれない」
「起こり得ねえええよ!! 大体お前、その、そういう、そういうことは相手がいるってことになるだろうが!! ま、まさか……いるのか!? 心当たりのある奴がいるのか!?」
何を口走ってるんだ俺は!!気持ち悪い!!
いやだが、世の中には年老いた女が好みだって奴もいる。相手がいねえって決めつけるのはまだ早えのか!? 第一相手も80くらいの奴だったら別に……うわああああああ気持ち悪い! なんだこの尋常じゃない気持ち悪さは!? 体中を虫が這いずり回ってるみたいだ。ああくそ、これ以上何か聞いたら俺が死ぬ! 言うな! おいババア、お前はもう何も言う――
「それがまあ……いないことはないというか」
「!!!!!!」
思わず口を開けたまま固まった。
ババアは俺を見つめて微笑んだ。
「あの夜のこと……忘れたのか?」
そ、それって……つまり……
「うあああああああああああああああああああ!!!」
気づいたら部屋を飛び出していた。
――――――――――――
「あれ? 乱蔵さんお一人ですか? お婆ちゃんは?」
「……あいつのこと今口にするんじゃねえよ」
「ひっ! わ、わかりましたよ~」
あり得ねえ。
あり得ねえあり得ねえあり得ねえ。
ぜっっっっっっっったいにあり得ねえ。
何があの夜だよ。どの夜のことだ。記憶にねえよんなもん。記憶に…………いや、待てよ。もしかして俺が忘れてるだけってことはあり得…………るわけねえだろうが!! いくらなんでもあんなババアを抱く趣味は俺にねえよ!!
クソ。絶対俺を嵌めようとしてやがる。一体何が目的だ。いや目的なんてねえかもしれねえ。ただ俺を弄んで笑ってやがるんだ。あいつは元々タチの悪い奴じゃねえか。いつもへらへら笑って何考えてるかわかりゃしねえ。自分のことも全然口にしねえ。俺もわざわざ聞くような真似はしねえけど……
どうせろくでもねえ人生送ってきたんだろ。
じゃなきゃあんな年寄りがふらふらと貧乏旅行なんてするわけがねえ。普通はどこかに家でも構えて夫やら子供やら孫やらに囲まれて静かに暮らすもんだろう。そういう生活を捨てて危険な生き方を選択したってことだ。ほんとやべえ奴だよ。まああれだけ強い奴ならスリルとか求めるもんなのか? よくわかんねえけど。
「乱蔵さん」
「あ?」
「実は私、本を出版することになったんです!」
「あっそ」
ものすごくどうでもいい。勝手にしてろ。
運ばれた茶を一気に飲み干してからも視線を感じて女給の方を見ると、じとっと俺を睨んでいやがった。
「……なんだよ」
「嘘ですよ」
「は?」
「もう! ちょっとは驚いてくれたっていいじゃないですか! 私の夢なのに!」
「あっそ」
この女給苦手だ。つーかちゃんと仕事してんのか、こいつ。いつも喋ってるかぼけーっとしてるかじゃねえか。よく注文間違えてるし何もないところで転んでるし。まあ茶を運ぶくらいはできるみてえだけど。
「そう言えば聞きました? 乱蔵さん」
「あ?」
「この前……90歳のお婆ちゃんが出産したらしいですよ!」
「ごほうぅっ!!?」
やべえ変な声でた。
「きゅ、きゅきゅきゅ、きゅ!?」
「すっごいですよね~。そんなことあるんだ~って。子供さんが成人を迎える頃には100歳越えてるってことですよね!」
「あり得ねえだろ!! そんな高齢出産聞いたことねえよ!!」
「ええ~でも私はそう聞きましたけど~」
こいつ……めちゃくちゃ楽しそうな顔しやがって。おちょくってやがんのか。
「てめえ嘘吐いてやがったら許さねえぞ」
「えっ」
カランカラン。
「ああ、乱蔵。ここにいたのか。捜したぞ」
喫茶店に入ってきたババアは……腕に赤子を抱えていた。
「出産した」
「!!!????」
「意外にあっさり生まれてくれたぞ、乱蔵。ほら、お前の子だ。名前は何にする? この耳なんてお前にそっくり――」
「うああああああああああ!!!」
悪夢だ。俺は悪夢を見ている。
まじか。まじなのか。80歳で出産……いや違う、そんなことより俺の、お、おお、俺の……!?
「ああああああああああり得ねえだろ!! 俺がお前をだ、だだ、だだだだっ……」
「あれは情熱的な夜だったな……」
「うああああああああやめろおおおおおおおお!!!」
「……………………ぷっ」
あ?
「あははは! 乱蔵さん面白~い!」
女給が腹を抱えて笑ってやがった。
何がおかしいんだこいつ。こっちは人生が今まさにとんでもねえことに……
「くくっ……」
見ればババアまで苦しそうに口元を歪めていた。
「ああ!? 何がおかしいんだよ!!」
「お前は……本当に純粋な奴だな……」
「は?」
「まさかこんなに簡単に引っかかるとは……くくっ、やばい、腹がねじれそうだ」
「てめえ……まさか……」
「はっはっは!! いや~これは面白い! ちょっとやみつきになりそうだな」
「てんめえ騙しやがったな!? ぶち殺してやる!!!」
やっっっっぱり嘘吐いてやがったな!!!
畜生何が熱い夜だふざけやがって!!!
「はっはっは、怖い怖い。そう物騒なことを言うな。この子が怖がってしまう。お~よしよし、私が守ってやるから安心しなさい」
「何言っ……」
開いた扉の隙間から桜の花びらが舞い込んできた。眩しい日の光が差し込む。俺はまだ寝ぼけてるのか。一瞬……ほんの一瞬、こいつの髪が金に見えた。両目とも開いて、顔の傷もなくなって皺も消えて…………誰だ? この女は。柔らかに微笑むその女は……今まで見たことがないほど美しかった。
「おい、どうした乱蔵。ぼーっとして」
不思議そうに首を傾げたのはいつものババアだ。
「な、なんでもねえよ!! つーかてめえらよくも俺を騙しやがったな!! 女給までグルになって俺を騙しやがって!!」
「ま、待って下さい! 今日はそれが許される日なんです!」
「は?」
「えいぷりるふ~る、ですよ!」
「ああ?」
「つまり四月馬鹿だ!」
「だからなんだそれは!!」
おいババア、女給と楽しそうに笑い合ってんじゃねえ!
「今日だけは嘘を吐いても許されるんですよ~。西洋の風習です」
「知るかそんなもん! ここは西洋じゃねえ!!」
「何事も楽しんでみないと損だぞ。ほらほら、乱蔵も何か嘘を吐いてみたらどうだ?」
「この状況で嘘吐いても面白くもなんともねえよ!! なんっつー悪趣味な風習だ!!」
「う……うああああああ!!!」
赤ん坊がぎゃあぎゃあ泣き始めた。
ババアと女給、それに店にいる他の奴らもじとーっと俺を睨んでくる。なんだよ、俺は悪くねえ!
「よしよし、怖くない怖くない」
ババアがあやし始めるとさっきまで泣いてたくせにすぐに笑い始めた。……くそ、これだから赤子は嫌いなんだ。さっき泣いたと思ったらすぐ笑って笑ったと思ったらすぐ泣く。
「可愛い子だ。ほっぺはぷにぷにだし」
「お前そのガキどうしたんだ。誘拐か」
「そんなわけないだろう。ちょっと見ててくれと頼まれただけだ。昨日も子守してたの知ってるだろ?」
ああ、そう言えばそうだったな。クソ、完全に忘れてた。
「……いちいち覚えてるかよそんなこと。お前に頼むなんざ大丈夫かこいつの親の頭は」
「私ほどぴったりな人選はないと思うがな。赤子の世話は慣れているし」
「はあ?」
「昔育てたことがあるからな」
それって……まさかこいつ子供がいたのか?
まあおかしくはねえか。別に……。だけどこいつが子供の話するのなんて聞いた事ねえけど。普通生きてたら連絡くらい取り合うはず……だよな。つまり……
「――嘘だ」
「は?」
「今日は万愚節。愚かな嘘をたくさん吐いて良しとされる日だぞ、乱蔵」
「~~~ッ!! てめえ……!! ほんとタチが悪いんだよ!!!」
「はっはっは。お前ほど騙しがいのある奴はいないなあ」
ババアは外に出て桜を見上げた。
「……見事な桜だな」
「そうか?」
花を愛でる趣味はねえ。桜なんてどこでも咲いてるし綺麗だとも思わない。
「何よりも可憐で愛らしく美しくそれでいて……何よりも儚い。私が一番好きな花だ」
「……それも嘘か」
「これは嘘じゃない」
ババアは寂しそうに笑った。
一際強く風が吹いて花びらが吹雪のように舞った。
「また会いたいものよ……」
ぼそりと呟いたババアの声は風の音にかき消されそうなほど小さかったけれど、確かに俺の耳に届いた。
――――――――――
ああ、またこの季節か。
今日の夢見は最悪だ。すげえ嫌なことを思い出した。
な~にが四月馬鹿だ万愚節だエイプリルフールだ。クソッ、ムカつく。
ババアもといお嬢が孤児院を管理し始めて最初の春が来た。
アカツキ王国では桜を見たことはない。似たような色の花は見たことがあるが、あれは全くの別物だ。シノノメ帝国には咲いていたように思うが……。お嬢は多分生まれ変わってからは一度も見たことがねえんじゃねえだろうか。
「アラン、おかしな毒キノコを食べて子供たちの頭にウサギの耳が生えてしまった」
こいつ、無表情な顔でなんつー面白みのねえ嘘を吐きやがる。
「ア、アランさん、ルベルの言ってることは、ほ、ほんと……なんだ。姉の頭にも…………その、白いウサギの耳が」
シリウス、お前なんか弱みでも握られてんのか?
「そうかそうか。そりゃ可愛くて良いこった」
「あっ、アランさん!」
「チッ、やはりこの程度は生ぬるいな。首が取れたくらいにしないと緊迫感がないんじゃないか?」
「でもそれは可哀想だからちょっと……」
「それもそうか。じゃあウサギではなく猫の耳とか――」
クソガキどもめ。くだらねえ嘘吐いてる暇があったら仕事しろ。
どうもこの世界にも忌まわしいエイプリルフールの風習があるらしく、今日はガキどもが嘘のつきあいっことやらをして遊んでる。びっくりさせられた数が一番多ければ何やら報酬があるとかで妙に張り切っていた。
お嬢の部屋に入るといつものように事務作業をしていた。子供の体で大人みたいにバリバリ働いてるのはいつ見ても違和感がすごい。何より公爵令嬢らしさは欠片もない。
「おい、ガキども巻き込んだのはお前だろ。くだらねえ嘘大会なんてやめさせろよ」
「私じゃないわ。子供たちが自分からやり始めたの。自主性があるのは良いことだから止めなかったわ」
「報酬ってのは?」
「まあたまにはそういうゲームをしても楽しいかと思って用意してあげたのよ」
「何を」
「私のキス」
「キッ!!?? て、てめえ本気か!!??」
思わずずっこけそうになってお嬢を凝視すると……
「……ふふっ、引っかかったわね?」
こいつ…………
「てめえまじで許さねえ……」
「あはは! 相変わらず引っかかりやすいのねえ。これで私も一つ稼げたわ」
「……お前もやってんのかよ」
「報酬は乱蔵お手製のみたらし団子よ」
「しかも俺かよ!? そんな話聞いてねえぞ!!!」
「でも作ってくれるでしょ?」
「……別にそれくらい構わねえけど……」
優勝なんてしなくてもお前にならいくらでも作ってやるのに。
ばかな奴。
やれやれこのクソババアめと思いながら、俺は持ってきた包みを机の上に置いた。
「何?これ」
「……商人が持ってたもんだ。大したもんじゃねえ。買い手がいないってんで押しつけられたんだよ。俺が持っててもしょうがねえからやる」
まあ、嘘だけどな。
ほんとはちょっとばかし金を出した。
包みを広げたお嬢は目を見開いた。
「………………綺麗」
満開の桜の絵。
淡い色調のその絵は俺が見てもなかなか良いと思った。
「悪くないだろ」
「ええ、すごく綺麗。この世界にもあるのね……」
懐かしそうに目を細め、寂しそうな笑みを浮かべる。……ちょっと失敗したかと思った。好きだと聞いていたから贈ったけれど、こいつにとってはもしかしたら思い出したくないものだったんじゃないかと。だけど……
「ありがとう、乱蔵。早速飾るわ。部屋に花が咲いたみたい。ふふ、ルカの絵との相性も良いわね」
そう言ってふわりと笑った。まるで桜の花のように。
……まあ、十分か。その笑顔が見られれば、それで。
ちなみに四月馬鹿どもの嘘吐き大会優勝者はステラだった。正直なんとなくこうなる予感はしていた。
みたらし団子を心ゆくまで頬張り、お嬢や他の子供たちにねだられて得意げに分け与えていた。作ったのは俺なんだがな。少々納得いかないが、まあこいつらが楽しそうにしているから良しとしよう。




