93話 限界点 1
「グリフォン討伐に出ていたらしいな?」
「はい、そうですね……まあ」
お店に来たシグルドさんは、いつも通りの態度だった。特に私を心配しているという雰囲気でもないけど……。
「ふん、よく生き残ったものだ。まあ、初の冒険としては上々か」
あれ、少しだけ褒めてくれたのかな? ちょっと嬉しいかも。
「ありがとうございます」
「今度、王国の大部隊を大森林に投入する手筈らしいな。グリフォンが他に居ないか確認する為に」
「なんだか、そうみたいですね」
流石はシグルドさん、情報が早いわね。と、思っていたら彼はまさに、戦闘狂のような表情になっていた。
「グリフォンか……カミーユとサイフォス、それから貴様の3人で1体を仕留められたのは上々と言えるだろう。しかし、他に複数体居た場合、王国の大部隊ではどれだけの被害が出るか分からんぞ」
「それは、はい……」
それについては、私も心配していた部分だ。あの1体だけなら問題はないんだろうけど。
「王国の連中だけに任せるのは、少々心配というものだ。俺が直々に行ってやるとするか」
やれやれ、といった雰囲気を出しているシグルドさんだけど……単に自分が戦いたいだけなんじゃ? そう言えば、シグルドさんってカイザーホーンっていう魔物を単独で仕留められるのよね。それとグリフォンは大体同じくらいって言われてるみたいだし、え? シグルドさんはあの怪物を単独で仕留められるの? ヤバくない……?
私のそんな視線に気付いたのか、シグルドさんは咳払いをして口を開いた。
「俺は自分の限界点が知りたいんだ」
「限界点ですか?」
「ああ、この話は以前に少しだけしたことがあったか」
どうだっけ? あったような、なかったような……ぼんやりとだけ思い出せるような、そんな曖昧な記憶でしかない。でも、限界点と聞けば確かに分からないでもない。私はシスマと錬金勝負をした辺りから、自分の限界を知りたいと思うようになった。
でも、それはなぜだろう……? 先が見えないことは、楽しくもあり、恐怖でもあるからだと思っている。
「貴様も確か、錬金術での能力の限界……そんなものを目指していなかったか?」
「そうですね、確かに……。シグルドさんは、自分の限界って見えてないんですか?」
「今のところはまだ見えてないな」
「そうなんですね」
やっぱりこの人は凄い。冒険者ランキングという分かりやすい指標があるのに、それすらも超越しているのか、ここまでハッキリ言えるなんて。まあ、グリフォンの残党? の討伐に率先して出向く時点で、色々とおかしいんだけれど。それ以前に、毎回、数万スレイブもの消費をする辺りでも、既におかしいか。
「おい、失礼なことを考えているな、貴様?」
「いえ、とんでもないとんでもないっ!」
私はわざとらしく振る舞いながら、クルクルと回ってライハットさんの後ろへ隠れた。ライハットさんも、その冗談に付き合ってくれる。
「アイラ殿、命に代えてもお守り致します!」
「……これは、ここまでが一括りなのか?」
「だからシグルドさん、ノリが悪いですよ」
「ふん……まあいい、とりあえずあの第一王子殿下には朗報を持って行って来い。この俺が参加するとな」
シグルドさんはいつもの恐怖に満ちた顔つきではない、多少の笑みを含んだ英雄のような表情を見せていた。へえ、こんな顔も出来るんだ……私は思わず、見惚れてしまっていた。その為、少しだけ反応が遅れてしまった。
「分かりました、クリフト様にはしっかりと伝えておきます」
「ああ……とはいっても、依頼はギルドを通して行うから、既に王子殿下には伝わっているだろうがな」
なにそれ、意味ない……まあつまりは、グリフォンが居たとしても全滅させて戻って来てやるから、安心しろってことよね。本日のシグルドさんの買い物は、エリクサー5個に蘇生薬5個、さらには万能薬も5個の合計15万スレイブでした!
「ええと……あの人って、冒険者の方ですよね……?」
「ええ、そうだけど?」
「15万スレイブを現金で支払っていったんですけど……え? どうなってるんですか? だって、私のお父さんは月に2万スレイブくらいしか稼いでないのに」
「あ、うん、それはね……」
16歳の従業員の一人であり、私に憧れて応募に来てくれた、ルル・ララートが信じられないという顔で私を見ていた。うん、確かにね……あなたのお父さんの2万スレイブは多分、そこそこの稼ぎだと思うわよ? シグルドさんの稼ぎの次元が違うだけで。
ていうかあの人、一体どこに住んでどういう生活しているんだろう? 私はむしろ、そっちの方が気になって仕方がなかった。




