87話 エコリク大森林 1
私達は早速、凶悪魔獣、グリフォンの目撃情報のあるエコリク大森林へと馬車を走らせていた。メンバーはクリフト様とその護衛、私と五芒星3人、それから別の馬車にはカミーユとサイフォスさんが乗っている。それ以外に、馬に乗った兵士も多数同行していた。
近くの村の村長に話を聞き、グリフォンが居たとされる大森林の入り口を目指して私達は歩いて行く。大森林の入り口に近づく前に、道は険しくなっているので馬車や馬では近づけなかった。
「はあ、はあ……」
「あんたねぇ~~、ピクニックに来てるんじゃないんだけど? まだ、大森林の入り口よ? そんなに疲れてて、大丈夫なわけ?」
「す、すみません……!」
大森林の入り口付近に差し掛かった時には、私はそれなりに体力を消耗していた。馬車を駐留させたポイントからはどのくらいの距離かしら? 運動不足ってわけじゃないけど、カミーユから借りた錬金セットや各種、アイテムも持参していたし。最低限の荷物しか持っていないカミーユだけれど、基礎体力からして段違いなのは明白だ。
彼女はタバコを吹かしながら、私に吹きかけて淡々と歩いている。副流煙が気になるから、正直止めて欲しいけど、悔しいながらもカミーユは頼もしく映っていた。私に冒険での役割をくれたのも彼女だし。これはなんだろう……カミーユなりの優しさ? 本当は優しい人物だとか? いえ、あんなに他人を罵倒したり、アイテム士を蔑視する人が優しいと思いたくはない。私は一瞬よぎった考えを左右に首を振って取っ払った。
「だ、大丈夫、アイラ? 荷物、良かったら持とうか?」
私よりも大きな荷物を抱えているサイフォスさんが話しかけてくれる。気弱に見えてるけど、この人も凄い実力者なのよね……忘れてた。流石に彼に頼るのは人として不味い……こんなに荷物を持って余裕で歩いているとはいえ、私の沽券に関わってしまう。
「非常にありがたい申し出なんですけど、遠慮させてください! 私がここに来ているのは、自分の意志なので……!」
「そ、そう? でも、無理そうならちゃんと言ってね? 僕はいつでも手を貸すから」
「はい、ありがとうございます、サイフォスさん!」
「いやぁ……あはははっ、気にしなくていいよ」
「……」
私とサイフォスさんとのやり取りを、カミーユは真剣な眼差しで見ていた。私がそちらに視線を向けると、興味なさそうに逸らしていたけど。
「しかし……エコリク大森林か。ホーミング王国の長い歴史の中でも唯一と言って良い程、開拓が進んでいない地域だな」
「左様でございますね」
近くを歩いているクリフト様と、ロブトー兵士長との会話が聞こえて来る。なかなか、シリアスな会話みたいだけど、私は疲れを忘れる意味合いも含めて彼らに耳を寄せることにした。ちなみにロブトー兵士長は、ホーミング王国でも最強の兵士と言われている人だ。ライラックさんも1度も勝ったことがないんだとか。
「広大過ぎる原生林か……ここを開拓出来れば、移民問題を含め、人々の流入を加速させられそうなんだがな」
「確かに……しかし、現実問題としてこの生い茂った木々を伐採していくのは大変でしょう」
「はは、それは言えるかもしれないな」
なるほど、移民問題の解決か……クリフト様が今回のグリフォンの調査に乗り出したのも、そういった問題を解決できるかを現地で確認したかったのかもしれないわね。一石二鳥……という考えなのかもしれない。
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「雑魚ね……グリフォンなんて、本当に居るのかしら? 見間違いじゃないの?」
先陣を切るカミーユが、襲って来た魔物……ウェアウルフという狼の群れを、炎系の魔法で薙ぎ払っていた。フレイムウォールっていうらしいけど、その炎の余波で新しいタバコに火を付けている。この人ってヘビースモーカー? それにしても、すごい……ウェアウルフは10体は居たと思うけど。
「ほらね? 最強の矛である私……大魔導士が居れば、アイテム士の出番なんてないのよ。王子様を守るのも余裕ってわけ。後はまあ、サイフォスみたいな神官系の回復要員が居れば、十分なのよ」
「す、すごいです……! 流石は、カミーユ・シェイドですね!」
「まあね、ほらほらもっと褒めても良いのよ?」
カミーユは明らかに私に視線を合わせている……褒めろってことかしら。ただ、私は黙っておくことにした。なんだか、悔しかったから。
「ぬう……流石は冒険者ランキング4位に属している者か」
ロブトー兵士長も脇から現れたウェアウルフを2体、大剣で切り裂いていたけれど、仕留めた数の差に悔しさを滲ませているようだった。クリフト様を守る盾は実質は彼一人だけだ、その責任感は非常に強いと思われる。
多数の兵士が同行はしていたのだけれど、大森林の危険性を考えて、直前に馬車を守るようにクリフト様が命じたのだ。現在、大森林へと入っているのは、私とクリフト様、ロブトー兵士長にカミーユとサイフォスさんだけとなっている。
まあ、カミーユとサイフォスさんには内緒で五芒星の3人は入って来ているけれど。
「……ふう」
私はウェアウルフに直接狙われたわけではないけど、恐怖感を拭うことが出来なかった……五芒星の守りもあるし、事前にオディーリア様からいただいたレシピで、防御石は完成させているけれど。それでも緊張感は消えない。
一瞬でも使うタイミングを誤ったら、私は致命傷を負ってしまうのではないか……そんな思いが駆け巡ってしまうから。実際は私は、このパーティの中心に居るから滅多なことで危険にはならないことは分かっている。でも、初めてと言える恐怖心はどうしても消えなかった。
「近くに魔物はもう居ないみたいね」
「そうですね」
死の覚悟が出来ているわけじゃないだろうけど……カミーユとサイフォスさんの肝の据わり方には本当に感心させられる。クリフト様とロブトー兵士長も比較的、落ち着いている様子だ。オディーリア様が言っていた勉強になるという言葉を、早くも私は分かり始めていたのかもしれない。これは確かに、良い経験になりそう……。
その日は夜も更けて来たので、キャンプをすることになった。もちろん、数日のキャンプは想定済みだ、その為にサイフォスさんがキャンプ用品を運んでいたんだから。
ウェアウルフを倒しまくったということで、その肉を食べることになった。食料は持ってきたのだけど、それだと味気ないというカミーユの意見が通った形だ。彼女って野性的でもあるのね……なんだか、すこしずつ好きになってる自分が悔しかった。もう、最初にあんな態度じゃなければ、今頃はお姉さま! って呼んでたかもしれないのに……いや、冗談だけどさ。
「あれ、調味料は? 醤油とか……ソースは?」
「しまった……持って来るのを忘れてしまったな」
「ちょっと、王子様! ウェアウルフの肉を焼いたとはいえ、調味料なしで食べろっての!?」
「ウェアウルフの肉は、そのまま食べるのはキツイかもですね……ほぼ、味がしませんし」
「ならば、持ってきた缶詰を……」
「それは却下、そういういつでも食べられる物を、こういう冒険の時に食べるのは楽しくないの」
「楽しんでいるのか? 我々は……」
なんだか楽しそうな会話が繰り広げられている。本当に、キャンプに来たのと変わらない雰囲気かもしれない。それにしても調味料か……あ、そうだ。
「私が作れますよ、多分」
「はあ?」
疑いの眼差し……カミーユからのものだった。でも、嘘ではない。風邪薬などを調合していた経験から、なんとなく分かる。錬金術で、即席の醤油やソースを作れることを。今日初めて、役に立てる状況かもしれない。
私は張り切って携帯用の錬金セットを広げ、調合を開始した。




