77話 落ち着いた時間
「あ~~、今日も終わりましたね!」
「ええ、お疲れ様でした、アイラ殿」
「はい、お疲れ様です、ライハットさん」
私達は陽気にハイタッチをして、その日の営業を終了した。新たな従業員募集の張り紙は店の前に出しているし、冒険者ギルドの一画にも出してもらえることになっている。今後、人手不足を補うことも可能になっていくだろう。
「お疲れ様、アイラ」
「アミーナさんもお疲れ様です……って言っても、桜庭亭に休みはありませんでしたね」
「宿屋という形態上、それは仕方ないわ。でも、代わりを務めてくれる従業員は居るし、休みは貰えているわよ」
「それならいいんですが」
流石に24時間働きっぱなしだと、倒れてしまうしね。私も従業員を増やして、もう少しのんびりした時間を作っても良い頃合いかもしれない。売り上げも安定してきてるし。
「それにしても本日は、我々3人、落ち着いた会話が出来ていますね。いつもはどこか忙しない雰囲気がありましたから……」
「確かに、そうですねライハットさん」
言われてみると確かに……今日は時間がゆっくりと流れている気がするわ。
こんなに落ち着いてアミーナさんと話すのって久しぶりじゃないかしら? もしかして、数か月前のお店オープンの時以来……? そう考えると、あれから随分と色んなことがあったわよね。
「薬屋エンゲージを開店して色んな人に会って、人生観とか変わったんじゃない?」
「人生観……そんなに偉そうなことを言える程、まだ時間は経ってないと思いますけど、まあ一応は」
私の本質は特に変わってないけど、新しい興味は色々と出て来たと思う。テレーズさんみたいな、優しい貴族が居ることもわかったし、カエサルさんの医療関係、シグルドさんの冒険者関係への興味は本当に尽きないかもしれない。
さらに、キース姉弟が鍛冶屋紛いの錬金術を披露したりしているし……鍛冶についても密かに興味が出ていたりする。
「アイラ、知ってる? あなた、冒険者ギルドではモテモテらしいわよ?」
「えっ、そうなんですか……?」
奇跡の錬金術士とかで認められているのは知ってるけど……モテモテ? それは初めて聞いたわ。
「結構、アイラのことを狙っている冒険者が増えているんだって。でも、あなたの周囲には……ほら、格好いい男性が多いでしょう? だから、前途多難だって愚痴っている人も居たらしいわよ」
そう言いながら、アミーナさんは思いっきりライハットさんを見ていた。彼は思わず顔を赤らめたのか、彼女から視線を逸らしている。
「もう、アミーナさん! ライハットさんが困っているじゃない!」
「ええ、ごめんなさい。でも、他にもクリフト王子殿下やカエサルさん……シグルドさんもいらっしゃるし、羨ましい状況にあるのは事実よ? 嫉妬した女性に小石を投げられないといいけれど」
「小石って……」
なんだかちょっとだけ可愛い気がする。それに、小石を投げる人リストの中には、未亡人のアミーナさんも入っているんじゃ……なんて思ったり。カエサルさんのファンらしいしね。
「やめてよ、アミーナさん。そう言って貰えるのは凄く嬉しいけどさ……私なんて17歳の小娘でしかないんだし。ライハットさん達に失礼でしょう」
「そうかしら? 私の予想としては、これからアイラ争奪戦が始まりそうな予感がするけれど……」
「ええ……争奪戦……?」
争奪戦って聞くと、あんまり良い雰囲気ではないけれど。アミーナさんが言うと、なんだか楽し気に聞こえるから不思議だ。争奪戦か……本当にそんなことが起きれば、ある意味面白いかもしれないけど、まさかね。
私はそれよりも、新たな従業員の確保、カエサルさんやシグルドさん達の仕事への探求、それから錬金術士としての技能向上にどんどん能力を注いで行きたいと考えていた。シスマやテレーズさん、キース姉弟たちとも触れ合いながら切磋琢磨していきつつ……。
私の錬金術士としての人生はまだまだこれからだ。王国最高、いえ世界最高の錬金術士を目指してみようかな!




