56話 アイラ追放の件について 1 (ユリウス殿下視点)
(ユリウス殿下視点)
「ユリウス殿下、最近は如何でございますか?」
「テレーズか……」
あの時より、テレーズの私への態度は一変している。アイラ追放の事実を知らなかった彼女は、私への追求を必死で行う予定なのだから、それも仕方なしと言えるか。しかも、この件については、私が強制的に保留にしている現状となっては、ますます、私への信用は落ちてしまっているだろう。
「体調的には問題ない、しかしそんなことを聞きたいわけでもないのだろう?」
「はい、そうですね……。アイラの店先にキース姉弟の薬屋を出店なさるなんて……どういうつもりなのですか?」
彼女の目は、ここ何週間かで確実に成長している。アイラと出会ったのがそのきっかけになるだろうが、箱の中の小鳥の如き世間知らずは今、巣立とうとしている若鳥に変わっているようだった。
「トム、という鍛冶屋の方が元々は出店されていた、と聞いておりますが」
「ああ、確かにそうだったな」
「ではなぜ、そのような場所を? ユリウス殿下は心が痛まないのですか?」
「なにを言っている? 私は出店に当たり、平和的な話し合いで解決しただけだ。暴力を使うなんて野蛮なことはしていないさ」
「それはそうかもしれませんが、かなりの急ピッチで工事は進められたと聞いております。トムという鍛冶屋の方は何処へ行ったのですか?」
「店が無くなったわけだからな。故郷へ帰ると言っていたが」
確かあのトムとかいうジジイは、シンガイア帝国が出身地のはずだ。店を明け渡す条件に幾らかの金銭を渡したら、故郷へ帰ると言ったのは事実だ。と、いうより、私に逆らえなかったと言った方が正しいか……逆らえばそのまま、牢獄へ入れられてしまうかもしれないからな。
我が宮殿の資金を相当に使った、強制的な薬屋の出店だったのは間違いないが、そんなものはキース姉弟ならば、簡単に回収してくれるだろう。既に入っている報告だけでも、相当な稼ぎを叩き出しているらしいからな。あの場所は、アイラの店の売り上げを超える意味では必須……はたまた、兄上を超え私が錬金術開拓の先頭に立つ上でも必須の立地条件と言える場所だった。
国家錬金術士としてのノルマは、新たに入った者達の調合も含めれば余裕で達成することが出来る。私の状況は、かなり危ないところまで来ていたのかもしれないが、今は概ね良好な状態にあると言えるか。
テレーズは全く納得している様子はなかったが、この件に関して、それ以上追求してくる様子はなかった。さてさて、あとはテレーズが言っていたアイラ追放の件だ。議会と彼女の追求を躱すことが出来れば、私は当面は安泰になるだろう。
「それから、テレーズ。お前が以前より気にしていたアイラ追放の件に関してだが、この辺りでその回答に応じてやっても良いぞ?」
私からの意外な言葉だったのか、彼女の目は一瞬だけ見開かれた。
「左様でございますか、それは私としても、ありがたいことです。それでは、ユリウス殿下のお手間を省く意味合いで、議会の追求と、私個人での追及を同時にいたします。それで、よろしいですね?」
「ああ、それで構わない」
テレーズめ、失策だったな。議会で私が発言出来るのであれば、周りを納得させやすくなる。なぜなら、切り札のキース姉弟の店「キースファミリー」が相当な成果を出してるからだ。議会の面子は以前から保守的でありながらも、実力主義を謳って来た。
私はほくそ笑むのを必死で我慢していると……突如、私の部屋をノックする音が。オーフェンがやって来たのか? しかし、中に入って来たのは……。
「ユリウス、邪魔をするぞ」
「兄上……?」
兄上、と、まさかの人物がもう一人。
「失礼致します、ユリウス王子殿下」
「アイラ……!?」
「キース姉弟が、いきなり目の前に出店した時に出会って以来ですね。ええと、3週間ぶりくらいですか」
今のこのタイミングで現れた二人。これは不味い……追放の件に関して、確実に同席をするつもりのはず。しかし、断るという選択肢が取れるわけでもない。私の焦りは早くもピークになりかけていた。




