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51話 顧客 2

「お邪魔します……」



「ああ、アイラに、ライハットか。済まないが今は治療中でな」



「先生……痛いよ……」



 私達は、カエサル診療所を訪れていた。用件は彼が前に訪れた時に言っていた、定期的なアイテム購入の件だけど。重要な顧客になってくれるかもしれないからね。



 急造で作っているのか、カエサルさん以外の従業員は居ないっぽいけど。ここは以前は空き家だったはずだから内装は簡素であり、その場所にベッドなど、診療に必要な物が置かれている状態だった。



 しかも私が入った時には、椅子に座った子供の腕を縫合しているカエサルさんの姿があって……。部屋の隅には、その子供の母親と思しき人影もあった。神様にお祈りをしているのか、両手を合わせて目を閉じている。



「痛み止めは使っているが、やはり傷が深いからな。縫合はすぐに終わるから、我慢してくれ」


「う、うん……」



 この場所は衛生的に問題はないのかしら……? それに、魔法技術が発展している現代で、直接的な縫合手術スタイルというのも珍しい気がする。



「よし、終了だ」



「わあ……! ありがとう、先生!」



「カエサル、先生……! ありがとうございます!」



「いや、礼の必要はありませんよ。俺も商売として行っているのだから」



 そう言いながら、カエサルさんは縫合が完了した子供の右腕に包帯を巻いていった。縫合の技術については、私は分からないけれど、明らかに素晴らしい腕前だと思えた。それは隣に立っているライハットさんも同じ気持ちだろう。縫合をされた子供の傷跡は完全に塞がり、非常に綺麗な状態に見えたから。



 カエサルさんは、礼を言う親子から幾らかの報酬を受け取り、そのまま子供を含めて帰して行った。特に入院が必要な怪我でもなかったみたいね。まあ、この急造仕様で入院するのは無理だとは思うけど。



「さて……患者も今は居ないことだし、用件を伺おうか?」



 カエサルさんは近くにあった小さめの椅子を私たちの前に並べてくれる。アイテムの定期購入を通したお話し……それをさせてもらうつもりだったけど、先ほどの子供への治療技術や対応を見る限り、ぜひとも顧客になってもらいたい人物に映っていた。



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「この前の顧客になっていただくお話しですけど……」


「ああ、そのことか。わざわざ来てくれたことには感謝しよう」



 カエサルさんは治療の際に使っていた、薄手の手袋とマスクを外し、培養液に浸しながら私達と話をしている。消毒液を周囲にもまき散らしながら。専用の機械みたいね。



「顧客……つまり俺は、君の店のお得意様になるというわけだな」


「はい……そういうことですね」



「アイラの店の品揃えを見て確信できたよ。俺は首都カタコンベに来てからは日が浅くてな。診療所の開設も急な話だった。消毒薬やその他、風邪薬のようなものを調達したいとは考えていたんだ」



 なるほど、私としてもそうやって診療必需品を定期的に供給できるのは嬉しいことだわ。ほら、定期収入っていうのは、お店にとっても大事だし。従業員を雇うことになった時とか、とくに安定収入があった方がいいしね。



「色々と細かい薬品の注文が入るかもしれないが、それでよければ、ぜひとも贔屓にさせていただきたいと思っている。俺としても多くの患者を救いたいからな」



「しかし、急な話ですね……。診療所を開設する場合、大抵は宮殿、地方の場合は領主の許可を取ってからにするものですが。一般的なお店の経営とは違う、人の命を直接扱う医療行為をするのですから」


 生命を扱うにはそれ相応の覚悟がいる。ホーミング王国では厳密に許可申請を出すことを定められてはいないけど、診療所や病院の開設は事前許可を取るのが一般的だ。



「確かにその通りだが、こちらとしても色々と事情があってな。許可申請は後日行うことにした」


「そうですか、わかりました」


 まあ、シンガイア帝国の人みたいだし、人の事情は色々だしね。あんまり深く追求するのも良くないわ。私だって王国からいきなり追放された身なんだし……。


「アイラ・ステイト……その金髪のロングヘアーが美しいな。それに青い瞳もだ」


「いや、割と多いと思いますけど……」



 ホーミング王国だけじゃなく、周辺国家を見ても、金髪に青い瞳というのはありふれている。シスマみたいに、特徴的な美人だったら嬉しかったのに。あれ? もしかして美人とも言ってくれてる? なら、嬉しいかも。



「オディーリアのような外見はダメだ。作り物のような紫色のロングストレートに漆黒の瞳……おそらくあれは、髪を染め、カラーコンタクトをしているのだろう」


 えっ? そうだったの? ていうか、オディーリア様のこと知ってるんだこの人。



「アイラとは違って濃い化粧もしている。もしかしたら、古傷でも隠しているのかもしれないが。俺だったら、縫合でそんな古傷も治せるのだがな」



 そう言いながら、彼は私の前に両手を差し伸べて来た。何の意味があるのかはよく分からないけど、自信の現れなんだと思う。ちょっとナルシストが入っているかもしれない……医者ってこういう性格の人多いのかな?



「魔法技術が発達している現代で、縫合治療というのは珍しいですよね?」


「そうだな……場合によっては開腹手術も行うぞ。筋肉や神経、骨を接合し、回復に至らせる。時間が経った傷でも、俺の治療技術であれば、回復の兆しが見えて来る。これが魔法との最大の違いだ」



「なるほど……」



 回復魔法や回復薬というのは、怪我をしてから時間が経てば経つほど効力が弱くなっていく。冒険者が必需品として、エリクサーなどを欲しがるのは後遺症を残さない為だ。



「しかし、人間の皮膚に傷を付ける為に、衛生面での強化が必要……アイラには、その手伝いをしてもらいたい」


「承知しました。私の店で出来ることであれば、何なりとご依頼ください」


「わかった、頼りにしている」


「はいっ」



 今日はこのくらいでお暇しようかな。見ると、次の患者さんも来ているみたいだったし。けっこう繁盛しそうね、もしかしてかなり有名な人なのかな?



「それでは、私達はこれで失礼いたします」


「ああ、ではまたな」




 私とライハットさんは、新しい患者とすれ違うように診療所を後にした。




「ライハットさん、どうでした?」



 途中からカエサルさんを睨むように見ていたライハットさんに、私は尋ねた。どのあたりからだっけ? 彼が両手を伸ばして、私の首辺りに触れそうになったところからかな?



「え、ええ……子供への治療技術が素晴らしいと思います。しかし……」


「しかし?」



「少々、おかしな点が見受けられるので、クリフト王子殿下に報告が必要ですね」


「報告ですか……」



 私としては今後、顧客になる人を無暗に疑うのは嫌だけど、ライハットさんの立場もあるし仕方ないわよね。それに素材供給をしてくれる冒険者の人達や、シグルドさんなんかも怪しくない顧客? かどうかは確定ではないんだし。



「それから……強敵だ」



 強敵……? どういう意味での? まさか戦闘能力ってわけではなさそうだし、錬金術でもないだろうし。ライハットさんの最後に言った言葉が妙に頭に残っていた。

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