49話 甘いマスクの医者、カエサル・ブレイズ
「さて、本日も順調に行きましたね」
「そうですね、ライハットさん」
本日も閉店直前の時間帯になってきた。私とライハットさんは、いつものように在庫の確認をして明日に備えて、店じまいの準備をする。
「……」
前から思っていたけれど、こういう時間はなんというか……信頼した者同士のあれなんじゃないかしら? うう……ライハットさんからも意味深な発言を最近もらったばかりだから、余計に意識してしまうわ。
「どうかなさいましたか、アイラ殿?」
「い、いえ……なんでもありません」
思わず私はライハットさんの筋肉を見ていたような気がする。明らかにその辺の暴漢程度には負けない身体というか……そういうオーラを彼は纏っている。冒険者として仕事をしても、そこそこ有名になるんじゃないかしら?
そんなよく分からないことを考えていた時……一人のお客さんがやって来た。この場所は宿屋「桜庭亭」の中にある。最初は桜庭亭に泊まるお客さんかと思っていたけれど、カウンターに居たアミーナさんを無視してこちらにやって来たから。
その人は……全身黒ずくめの服装だった。髪も短い方で黒のオールバックになっている。あ、お洒落なメガネがチャームポイントだったかも。持っている角ばったカバンも黒……身長は190センチメートル以上はありそうな長身で、細身ながらも意外と筋肉質な外見ではあった。
結構、インパクトの強い人だ。目つきは狐のように細いけど、全体としてはかなりの二枚目。そういうお店に行けば、間違いなく人気者になりそうな印象すらある。
「ここが、アイラ・ステイトの店……エンゲージか?」
「えっ? まあ、そうですけど……どこかでお会いしましたっけ?」
怖い……オディーリア様も私を知っている風に話しかけて来たけど、彼女はまだ女性だったし……男性にいきなり、自分の名前を言われると警戒してしまう。それが例え、どんなに二枚目でも同じだ。第一、私は男性の良し悪しを見た目だけでは判断しないし。ライハットさんも、急に尋ねて来た彼に警戒心を抱いているようだった。
「ああ、悪い。俺の名はカエサル・ブレイズという……。シンガイア帝国から来た医者だ」
「医者……? お医者様……?」
「ああ」
珍しいというわけではないけれど、意外な職業に私は驚いてしまった。外見から言えば、暗殺者でも通りそうだったから。
「その……カエサルさんですか? 一体、私に何の用ですか?」
どこで名前を知ったのか……私の注目はそこにしかなかった。
「アイラ・ステイト……君の名前なぞ、冒険者ギルドやその他ですぐに分かるぞ? 有名だということを知らないのか?」
「あ、それは……」
しまった……ついつい、忘れてしまっていた。カエサルさんが名前を入手する手段なんて幾らでもあったのね。
「錬金術士として、風邪薬など色々なアイテムを作れると聞いている。俺は顧客として、君とは良好な関係を築きたいと思っている。医者も薬の安定供給は必要だからな」
「なるほど、そういうことですか……」
理には適っていると思う。まあ、彼が本当に医者かどうかなんていうのはすぐに分かるだろうし、この場で嘘なんて付かないだろう。私としても顧客……つまり、お得意様が増えるのが喜ばしいことだ。
だって、キース姉弟やオディーリア様との売り上げ勝負でも有利になるだろうし? それにほら……なんていうかその、うん、二枚目なお医者様と良好な関係って、ほら、悪くないというか?
違うわよ? 決して邪な思いなんてないんだから! 私の心はいつも聖人君子のような……。
「アイラ殿……今、考えていることが見え透いているといいましょうか……」
「えっ!? し、失礼いたしました!」
う~ん、ライハットさんには読まれていたみたい。やっぱり、お金に目がくらむとバレちゃうのかな? えっ、そっちじゃないって? どういうこと……?
「俺は桜庭亭の近くで診療所を営んでいる。暇な時にでも顔を出してもらえるとありがたい。詳しい話はその時にでも」
「畏まりました。近い内に、行かせていただきます!」
「では、今日はこの辺りで。あまり長居をすると、そちらの従業員? に噛みつかれてしまいそうだからな」
「……」
んん? そちらの従業員ってライハットさんのことよね? どういうことかしら? とりあえず私達は桜庭亭から出て行くカエサルさんを最後まで見送っていた。
「あれは……強敵かもしれませんね……」
「ライハットさん……?」
強敵……? 確かに一筋縄では行かない顧客という雰囲気はあったけれど。ライハットさんは、別の意味で「強敵」という言葉を使っているようだった。
「ふふ、青春ね……私もあと、10年若ければ……」
アミーナさんのニヤニヤした顔と声が聴こえて来ていた。ていうかアミーナさん、既婚者ですよね? ああ、今は未亡人かもしれないですけど……。なんだか、色々と振り回される1日となった。




