37話 決着 1
「よし、そろそろ時間だな。テレーズ嬢、ここは君が合図を頼む」
「わ、私で宜しいのでしょうか……? 終了の合図をだして……」
「もちろんだ、君は国家錬金術士だからな。まあ、国家錬金術士というのは今は関係ないが」
「か、畏まりました……!」
なんだか調合をしている背後から面白いやり取りが聞こえて来る。クリフト様とテレーズさんが夫婦漫才をしているみたい。夫婦……? 違う違う、二人はそんな関係じゃないでしょ。ちょっとだけ、ヤキモチを妬きそうになったのは内緒。
私もシスマももうじき、錬金勝負が終了することを知っている……先ほどまでハイペースで調合を行っていたシスマも、今はかなりゆっくりとしたペースになっていた。
「れ、錬金勝負、そこまで~~~!!」
やや緊張した面持ちで、テレーズさんが錬金勝負の終了を告げた。やだ、なにこの可愛い生物は……お持ち帰りしたい。と、不敬罪になりかねないことを考えている私。そのくらいリラックスして調合することができたってわけで……シスマはどうかしら?
「シスマ、楽しく調合は出来た?」
「わからないわ……最後の方は、あなたのペースに合わせられたとは思うけど」
確かに最後の方はミスをしても挽回できるだろうペースになっていたと思う。さてさて、結果はどうなるかしらね……。
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お互いに錬金した物を机に並べて行く……私は合計で4本の小瓶、シスマは合計で22本の小瓶を並べていた。
「シスマさんの方が数では5倍以上ですね。30分の時間制限の中で作ったにしては、多いと思います」
テレーズさんが冷静に審査をしている。確かに上級回復薬クラスのアイテムを30分でこれだけ作れるのは凄いんじゃないかしら。今回は錬金勝負だったから、最新設備の中にある量産機械は使ってないのだし。
「対してアイラのアイテムは……4本」
私が作ったアイテムは4つだけ。調合を楽しみながら行った結果と言えるかもしれないわね。最後のエリキシル剤は難しかったし。
テレーズさんは並べられたアイテム群を慎重に見渡して行った。クリフト様も同じように見ているけれど、正直、あまり分かっていない印象がある。
「どうですか? テレーズさん」
「そうですね、アイラ。シスマのアイテムでエリクサーと呼べる物は最後の1本だけのようです。それ以外は……ええと、なんでしょうか」
「おそらくは上級回復薬だと思います」
「上級回復薬……すごいですね、シスマさん!」
審査をしていたテレーズさんだったけど、私が21本のアイテムは全て上級回復薬だと伝えると、手を叩きながらシスマを褒め称えていた。
「いえ、今回の戦いには関係がありませんので……エリクサーを作ろうとして失敗しているので、意味がないです」
貴族であるテレーズさんに褒められるのは慣れていないのか、シスマは頬を染めながら明後日の方向を向いてしまった。
「私にはとても出来ない芸当なので、尊敬しかありません。お二人とも」
「そ、そうですか……どうも……」
「ありがとうございます、テレーズさん」
シスマと私は、各々彼女にお礼を言った。シスマは恥ずかしがっている為か、視線を合わせていなかったけれど。
「なかなか、楽しい展開だな。そうは思わないか、ライハット?」
「左様でございますね。錬金術士の方々の邂逅……仲が深まることで、より良い物が創造できそうな予感がいたします」
なんだかライハットさんが、とても良いことを言っていたけれど、私達は採点の途中だったので、そちらに集中することにした──。
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それからしばらくの間、テレーズさんの審査が続いた。彼女が1本1本を審査していき、クリフト殿下との協議の末、審査結果が出たのだ。
「アイラは4本全てエリクサー以上のアイテムに間違いありません。そして……信じられないことに、最後の1本はエリクサーの全体化とも言われているエリキシル剤……これには言葉が出ません……!」
「エリクサー級アイテムの精製勝負の場で、エリキシル剤を作ってしまうとは……!」
「信じられませんね……流石はアイラ殿、といったところでしょうか……いや、それにしても、まさかこれほどとは……」
「ああ、その余裕が信じられん……」
テレーズさんだけでなく、クリフト様とライハットさんも驚きを隠せない様子だった。すごく嬉しいけれど、ここまで言われると恥ずかしくなってくる。
「反対にシスマさんは21本が上級回復薬で1本がエリクサーとこれも素晴らしいのですが……今回の錬金勝負の内容から言うと……」
「私の負け、ね……」
シスマはテレーズさんよりも先に、自らの負けを認めた。テレーズさんは静かに頷いている。シスマは想像以上に落胆しているようだった。幻の雪女を連想させるその美しい顔からは、一滴の涙が流れている。
「ま、待て!」
「えっ?」
「ユリウス殿下……?」
第一回錬金勝負の結果は私の勝利ということで終わった……はずなんだけど。そこに物言いをする人物が一人。先ほどまではオーフェンさんに支えられていたユリウス殿下だ。私もテレーズさんも驚いて彼に視線を合わせる。
「アイテムの数では圧倒的にシスマが勝っているではないか! エリクサーは1本の成功だったかもしれないが……! およそ30分間で4本しかアイテムを作れなかった、アイラと比べるのは少々、失礼かと思うがな?」
悔し紛れの言い訳……にしては、驚くほどに真剣な表情になっていた。そんなに私を勝たせたくないのかしら……そもそも、なんでこんなに恨まれてるの? なんだか、元々の原因がわからなくなってきた。




