27話 錬金術士の邂逅 1
「緊張しているかい、アイラ?」
「そ、そうですね……少しだけ」
私とクリフト様、ライハットさんの3人は宮殿内の調合室の前に辿り着いていた。ここには、調合に必要な王国最新設備が置いてある。以前までは私が使用していた場所だけれど、全部の機能を使っていたわけじゃない。
その時は、王国側から来るアイテム製造の依頼に合わせて、機械的に作っていただけだし。久しぶりに調合室に入るっていうだけで、緊張感が出て来るわ。私の後継の錬金術士の人にも会えるかもしれないから。
拒絶されたら嫌だな、とか考えてしまう……主に、あの第二王子様のせいで……。
「はは、アイラ殿も緊張することがあるんですね」
「なんですか? 私ってそんなに冷血な人間に見えるでしょうか?」
とりあえず、冗談っぽくライハットさんに返してみる。
「いやいや、もちろんそんなことはありません。アイラ殿は快活で美しいと思っていますよ」
「ちょ、快活はともかく美しいって……! やめてくださいよねっ」
「これは失礼しました、しかし事実でしたので」
「う、う~ん……」
普段から従業員として隣に立っているからか、ライハットさんはこういう言葉を良く使って来る。その度にドキリとしてしまうことがあるんだけど……なんていうか、ライハットさんとは大分距離が近づいたのかな?
「……」
そんな私たちの様子を見ていたクリフト様だけど、なぜだか無言になっていた。気のせいか私とライハットさんを交互に眺めているような……。
「少しだけ、妬けてしまうな……」
「えっ!? クリフト様?」
クリフト様から、とんでもない言葉が聞こえて来たような……私はビックリして、再び聞き返してみた。ライハットさんも同じような態度になっている。
「お、王子殿下……! これは決してそのようなことでは……!」
「そ、そうです、クリフト様……! え、えと、あのこれは……!」
しどろもどろになってしまう、私とライハットさん。上手く言葉に出来ない私たちを見て、クリフト様は笑顔になっていた。
「さて、何のことかな? 従業員同士、仲が良いのは大変喜ばしいことだろう? それが確認できただけでも満足さ」
「は、はあ……そうですか……?」
「ああ、それでは早速、入るとしようか」
なんだか有耶無耶になってしまった気がするけれど、クリフト様は笑顔を崩さないまま、ノックをし、調合室の扉を開けた。中へと入る彼の後ろを、私とライハットさんの二人が続く──。
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「ようこそいらっしゃいました……クリフト王子殿下」
「テレーズ嬢、作業の邪魔をしてしまって、申し訳ない」
「いえ、とんでもないことでございます」
「本日も調合をしているのか? 相変わらず、真面目だな」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます。実を言うと、本日はお休みを頂いていたのですが、どうしてもお会いしたくなりましたので……」
調合室に入った私たちを最初に出迎えてくれたのは、貴族令嬢と思しき女性。調合の邪魔にならないようにポニーテールで髪を纏めていた。服装も豪華な様相の物ではなくて、動きやすい作業着のような……それでも高そうな材質だし、首飾りやイヤリングなどはしていたけれど。
その辺りは貴族令嬢としてのプライドがあるのかもしれない。そして、私に視線が合った。もしかして、私と会いたかった、ということかしら? それで、わざわざ休みなのに、調合室に来ていた……?
「クリフト王子殿下……彼女がそうなのでしょうか?」
「ああ、そのとおりだ。彼女がアイラ・ステイト。年齢は17歳だが、君の先輩に当たる人物だな」
「やはり! それでは、あのレシピノートを作ってくださり、私たちの道標をしていただいた!」
なんだか、凄く感動しているみたい……。レシピノートって、私がここに居た時に書いてた「あれ」のことかしら……? 多分、相当汚い字で書いてたから、全部の解読は出来てないと思うけど、あれは暇な時にどういうアイテムを作れるかをメモッた物だから、レシピノートっていうほど、高尚な物じゃない。
まあ、それが道標になったというなら、それは嬉しいことだけど……貴族令嬢の人にあの汚い字を見られたんだと思うと、恥ずかしいわね。処分していた方が良かったかもしれない……急に追放されたから、それも出来なかったんだけど。
クリフト様にテレーズ、と呼ばれたその人は、私に向かって頭を下げ始めた。
「初めまして、アイラ様。私はテレーズ・バイエルンと申します。現在は国家錬金術士として、この調合室で働かせてもらっています。以後、お見知りおきを」
「は、はい……クリフト様からも紹介がありましたら、アイラ・ステイトと申します……よろしくお願いいたします!」
「はい、よろしくお願いいたします」
なんだか緊張するわ……貴族令嬢の人でも、こんなに礼儀正しい人って居るんだ……。
バイエルン家の令嬢と言えば、侯爵令嬢で間違いないわよね。見た目も可愛いし、お金持ちか……神様って不公平な気がする。
なんて冗談めいたことを、私は軽く思っていた。テレーズさんね……良い人そうだし、仲良く出来れば嬉しいかな。
「あの、お伺いしてもいいでしょうか、テレーズ様」
「はい、なんなりと」
「テレーズ様はお幾つなんでしょうか?」
「私は18歳になります。それから……どうぞ、私のことはテレーズ、とお呼びください、アイラ様」
1つ年上か……まあ、同年代でよかったわ。でも、貴族令嬢の人を呼び捨てにするのは難しい……。
「そ、そうですか? なら、テレーズさん……? それと私のことは呼び捨てで、お願いします」
「それでは、アイラ、と呼ばせていただいても構いませんか?」
「はい、それでお願いします。敬称を付けられる程、偉くはありませんので」
「とんでもありませんわ。私などでは、追い付くことすら出来ない天才錬金術士……それでいて、こんなに謙虚だなんて……見習わないといけません」
テレーズさんって、いかにもなお嬢様って感じね。どことなく浮世離れしている印象も受けるし。感動してくれるのは嬉しいんだけど、詐欺とかに遭わないか、少しだけ心配になるわ。
やっぱり、箱入り娘なのかな……? よ~し、私が色々と教えてあげようかな! って、私も偉そうなこと言える立場でもないんだけど……。なんていうことを考えていると、調合室に誰かが入って来た。
私は入り口の方向に目を向ける……そこに居たのは……。
「や、やあ、アイラじゃないか……! 元気そうで何よりだよ……!」
「ユリウス殿下……」
前にエンゲージの店でも会ったけど、宮殿内で会うのは、あの日以来か……なんだか、冷めた口調になってしまった。というより、明らかにユリウス殿下のテンションがおかしい……これはどういうことかしら?
さっきから、落ち着かない態度みたいだし、これは怪しいわ……私の店に来た時も焦っている雰囲気はあったけど、もっと別の焦り方というか……。掘り返してみる必要がありそうね。




