188話 私の大切な人々
「アイラ!」
「クリフト様!」
瘴気が拡散してから数日が経過していた。マラークさんから顧客の話も出ていたけれど、とりあえず私は疲れを癒す為に宿に戻っており……。そこのロビーでなんと、クリフト様に出会ったのだ。正確にはその護衛も居るけれど。ライハットさんは居ないみたいね。
あれ? ここって桜庭亭だったっけ、今までの出来事は全部夢だった? と思わせる程には驚いた。いや、オディーリア様からお越しになるとは聞いていたけどさ。
「クリフト様……まさか、来て下さるなんて!」
「早馬で先に向かった先遣隊の報告は受けていたので、君が無事だとは知っていたが……流石に今回の件は私も驚いたよ。規模的に考えれば、グリフォン以上の衝撃だろうしな」
「そうですね」
エコリク大森林のグリフォン討伐も大変だったけれど、今回はもっと大変な事態だったと言えるだろう。私は結局、超万能薬を完成させて感染した人達の治療に徹するしかなかったし。瘴気そのものに対して無力だった。
「シグルドさんやマラークさん達の働きがなかったら、今回は本当に危なかったと思いますよ。私は王都ヴァレイは放棄されるんじゃないかと思っていたくらいですから」
「確かにそのレベルの事態だったな……ロンバルディア神聖国からも近々、正式にホーミング王国への協力要請がなされるようだ」
「協力要請……巨大風力装置を作るっていうあれですか?」
「それもあるが、ホーミング王国側にもメビウスダンジョンの入り口がある。今後の監視も含めた話になるだろう。より有効的な国家間の流れを作ろう、ということさ」
確かにその方が良いと思う。今回の事態が首都リンクスタッドで起こらないとは限らないのだし。あの街から南に20キロの地点にメビウスダンジョンはあるのだから……。
「しかし、何はともあれ……無事でよかったよ、アイラ」
「クリフト様……ありがとうございます」
私達は自然と手を握っていた。あ……この雰囲気は駄目だわ。後で宿屋のベッドでのたうち回ることになりそう。恥ずかしさのあまり……。
「アイラ様、おはようございます」
「えっ? ま、マラークさん!?」
そんな雰囲気を打ち破ってくれた人が現れた。神官長のマラークさんだ。私に深々と頭を下げている。
「おはようござます、マラークさん」
「おはようございます。クリフト王子殿下も……ようこそお越しいただきました」
「いえ、マラーク神官長。ありがとうございます」
二人は形式的な挨拶を交わしていた。私とクリフト様の雰囲気は崩れたけれど、これで良かったように思える。あのまま行くと、イケない流れになりそうだったから……。
「アイラ様……朝から申し訳ございません。本日は以前の質問の答えを聞きたくて参上したのですが」
「質問の答え……?」
「はい、答えでございます。この、王都ヴァレイに移り住んで貰えませんか? という質問でしたかな」
「ああ、そのことですか……あれは」
そう言えば、そんな質問をされていたわね。ただ、その直後にとんでもない事態が起きて、それどころではなくなったけれど。でも、私の答えは決まっている……それはきっと、マラークさんが望むものではないだろう。私は少し言いにくかった。
「瘴気が拡散されたことで、ホーミング王国から使者の方々が集まっています」
「使者ですか?」
「はい。驚きですな……あれだけの方々がアイラ様の為にお越しになるとは。改めてこのマラーク、アイラ様の素晴らしさを確認いたしました。決して錬金術の能力だけではない人望もお持ちなのだと」
ええと……それってつまり、前にオディーリア様が言っていた人々ってことかしら? えっ、この街に来ているの!? それぞれ忙しいでしょうに、信じられなかった。
「おい、アイラよ~~生きてるか~~?」
「あんた! アイラは今回、物凄い大変やったんやろ? もう少し労いの言葉掛けたりーや!」
「痛いっての、姉貴! 冗談だよ……!」
宿屋の外でキース姉弟の声が聞こえた気がする。
「まったく……大袈裟なのよ。これだから、死に直面したことのない甘ちゃんは駄目なのよね。アイテム士ってこれだから嫌いだわ」
「ウチらはアイテム士じゃないって、何度言わせるんや! 錬金術士やっての! それに、あんたもアイラのこと心配やからここに来たんやろ? もっと素直になりーや!」
「んなっ! 別にそういうわけじゃ……! ていうか、誰に向かって口利いているのよ!?」
「カミーユ・シェイドや!」
エミリーの怒号が飛び込んでくる。私のことを心配してくれているのか、周りへの当たりが強いようだ。私はそれがとても嬉しかった。ていうか、カミーユも来ているのね……なんだかんだ、心配してくれたのかな? えへへ。
「アイラ、元気そうで本当に良かったわ」
「シスマ!」
外で怒号が飛び交う中を掻い潜るように、中へ入って来たのはシスマだった。
「シスマ……ありがとう、来てくれて!」
「うん、心配だったからね。でも、あなたの元気な顔を見れて安心したわ。今回は来れなかったけれど、テレーズさん達もとても心配していたわよ」
「そうなんだ……また、挨拶に行かないといけないかもしれないわね」
「ふふ、喜んでいただけると思うわ」
「レッグ・ターナー殿やカエサル殿は今回は来れなかったが、私によろしく、と伝えていた。皆、アイラのことをとても心配しているようだったよ」
「そうなんですね、嬉しいです」
私にはこれだけ心配してくれている人が居る。これが私の「答え」だった。これだけの人脈を築いたリンクスタッドを離れるという選択肢は考えられない。
「アイラ様……本当に素晴らしい人脈をお持ちのようですね。あなた様の為に、リンクスタッドから人々が集結する。なかなか出来ることではありません。リンクスタッドを離れるつもりはない……そういった答えということでよろしいでしょうか?」
「はい、マラークさん。申し訳ございませんが、私はまだまだ若輩者。リンクスタッドを中心に見聞を広めて行きたいと考えています。でも、今回、ロンバルディア神聖国に来れたことは非常に勉強になりました」
「そう言っていただき、とても光栄でございます。今回の瘴気発生解決の感謝の証として、聖王から莫大な報奨金のお話もございますので……まあ、それは後程」
「え、ええ……」
正直、私は直接的な解決には関与していないけれど……マラークさんは真剣な表情をしているので、なんとも否定しにくかった。まあ、受け取るかどうかは後で考えれば問題ないか。
私は錬金術を通して知り合った大切な人々がいる。そんな人々と一緒に支え合いながら過ごして行くのが現状の目標になりつつあった。
そんなことを考えていると、ロビーの隅の方でシグルドさんとアルファさんの二人がこちらを静かに見ていたけれど。そういえば護衛を頼んでいたから、影ながらでも見守ってくれているのかしら?
今回はシグルドさんやアルファさんにも本当にお世話になってしまった。最初に支払うはずの報酬だけでは足りないくらいだ。でも、二人のことだから増額は希望しないかもしれないわね。
その辺りのお礼は出世払いということでいいのかな。オディーリア様にも凄くお世話になったし。
出世払いか……まあ、世界一の錬金術士を目指しているんだから、そのくらいのことをやってのける根性は必要よね絶対に。リンクスタッドから離れるつもりはないとマラークさんには言ったけれど、薬屋2号店のオープンとかだったら、考えても良いのかな……?
書籍2巻が12月10日に発売予定です。
よろしければお付き合いくださいませ。
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