17話 綻び 5 (ユリウス殿下視点もあり)
(ユリウス殿下視点)
「いい目覚めだ……」
朝日が昇っている……私は片手にコーヒーの入ったグラスを持ち、晴天の空を見上げていた。晴れ晴れとした気分だ、些細な悩みなど忘れてしまいそうになる程に……。
いや、待て……違うぞ。ここは宮殿にある私室ではなく、宿屋「桜庭亭」の一室だ。昨日は半ば強引にこの部屋へと案内されたのだった! 私は何を勘違いしているのだ……!
気を取り直した私は、執事のオーフェンを呼ぶことにした。
「オーフェン、居ないのか?」
オーフェンの奴は隣の部屋に泊まっている。私はその部屋の扉をノックしていた。どうやら居ないようだ……何処に行ったのだ?
「ユリウス殿下、おはようございます。オーフェンさんでしたら、もう起きていらっしゃいますわ。下の階でアイラと話しておりましたが……」
「ふん、そういうことか……」
「朝食のご用意が出来ておりますので、よろしければ食堂へもお越しくださいましね」
「……ふん」
オーフェンの留守の知らせを持ってきたのは、兵士たちではなく、宿屋の現オーナーを務めているらしい女だった。名をアミーナ・フォスター……今は未亡人とのことだが、料理自体はこの女が作っているらしいな。昨日の夕食はそれなりの味ではあったが。
「とにかく、私の目的はアイラの店の薬でしかない」
「左様でございますか……残念に思います」
どちらにしても、下賤な平民風情、気を許す必要などない存在だ……私は用件さえ済ませれば、宮殿に戻り、より豪華な生活が可能なのだからな。
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「疲れ目にはこの専用目薬、単純に渇き目にはこちらの目薬で十分かと思います」
「なんと……目薬にまで複数の効果を持たせ、錬金出来るとは……!」
店が開店した直後に訪れたのは、ユリウス殿下の執事であるオーフェンさんだった。オーフェンさん自身は特に何かを購入する予定はないみたいだけど、薬の特徴について質問を受けていた。私は手が離せなくなったので、他のお客さんへの商品の販売は、ライハットさんに任せている。
でも、今日はまだお客さんの出入りが少ないみたいで助かったわ。昨日の騒動? が原因で少しだけ客足が遠のいたのかもしれない。長い目で見れば、王子殿下が訪れた店ってことで更に集客はできそうだし、いいことかも。この機会を利用させてもらわないと。
なんせ、ユリウス殿下には私が国家錬金術士で働いていた時の報酬もかっさらわれたからね。かっさらわれたというか、追放の過程で王国の金庫にあった私の報酬分が有耶無耶になっているというか……。まあ、その辺はクリフト様に頼めばすぐに解決すると思うけど。今は、薬屋経営で忙しいから考えないようにしていた。
「見たところ、冒険者用の薬が多いのか」
「はい、そうですね。桜庭亭は冒険者御用達の宿屋でもありますし……」
確かに冒険者用の回復薬や攻撃系ポーションの種類は豊富ね。今では、一般用の薬も増えているけど。まだ設備の拡張はしていないのに、ここまで種類を豊富にできるなんて思ってなかった。さらに別の薬や調合過程が短くなったりしたら、コストパフォーマンスが凄いことになりそう……そろそろ、設備拡張をお願いしてみようかな?
「ユリウス殿下がお越しになったら、目薬や風邪薬を中心に購入されると思う。今の内に、袋に包んでおいてくれないか?」
「……」
なんだか変な感じ……オーフェンさんが直接悪いわけではないのは知っているけど。ユリウス殿下に私は宮殿から追放された身……いまさら、何のために私の薬が必要なのかしら? 国家錬金術士は3人も居るはずだし……。
売らないわけじゃないけれど、頼み方っていうのがあると思う。私は今になって、そんなことを考え始めていた。私が無言になっていると、オーフェンさんは戸惑った表情を見せ始める。
なんとなく、私の意図がわかったのかもしれない。それから……そのタイミングでユリウス殿下が現れた。
「アイラ、目薬と風邪薬、それから初級回復薬から上級回復薬までをまずは貰おうか」
ユリウス殿下は私と目が合うと同時に、言い始めた。何も悪びれる様子もなく……。