15話 綻び 3 (ユリウス殿下視点もあり)
私とクリフト様はレストランでの食事を中断して、桜庭亭に向かうことにした。せっかく、デート気分だったのに……と、本来なら愚痴をこぼしていたかもしれないけれど、状況が状況だけに、そんな冗談を言うことはできない。
「護衛の兵士……? やっぱり、ユリウス殿下がいらしているの?」
私が桜庭亭で働いていることを察知されたのかしら? まあ、売り上げ的にはかなり有名になってただろうから、仕方ないことだけど……。クリフト様の周囲にも、常に何名かの護衛が警戒に当たっているけれど、ユリウス殿下にも護衛は付いてるのね。
「とりあえず、ユリウスの目的の確認が優先だな」
「はい、そうですね……」
私は緊張しながらも、桜庭亭の入り口に到着、兵士たちの間を縫うようにして中へと入った──。
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(ユリウス殿下視点)
「ど、どうなっている……? これは……?」
「既に営業は終了しているようですね。それにしても……」
私は執事のオーフェンと共に、アイラの経営している店「エンゲージ」の前に居た。店とは言ってもカウンターを挟んで物を売っているだけのようだが……今は明かりも消えて、宿屋のみの経営になっているようだ。エンゲージの店は閉まっていたが、従業員の一人が待機していた。
見覚えのある人物だ……私ほどの人間が覚えているので、決して単なる平民ではないはず。おそらくは兄上の部下だったように思うぞ。
「貴様……貴族階級の者だな?」
「これはユリウス殿下、お久しぶりでございます。クリフト王子殿下にお仕えしている、ライハット・クレスタと申します。階級で申し上げますと、伯爵家に属しております」
伯爵家か、なかなか高位の貴族じゃないか。兄上の部下の一人ということは、直属護衛隊の一人か。我々、王子たちには、専用の護衛隊が結成されており、様々な任務に適用されているからな。
「ライハット……ここで何をしている? この店は……以前まで国家錬金術士だった、アイラ・ステイトの店だな?」
「はい、左様でございます。自分は、アイラ殿の店で接客の仕事をしております」
接客の仕事だと? また兄上の下らん遊びが始まっているようだな……平民などに肩入れして。まあいい、それよりも驚きなのはこの店の品揃えだ。並んでいる薬の種類……どうなっているんだ? 風邪薬と書かれている物だけで、5種類もあるぞ……? 全て違う効果があるのか?
「アイラ殿の錬金術士としての才能、ということでしょうか?」
「いや、そんなはずは……」
オーフェンも店の中の品揃えに驚きを隠せないようだ。
アイラが国家錬金術士として、宮殿内で活動していた頃よりも、明らかに薬の種類が増えている。このわずかな期間で上達したというのか? それとも……今までは敢えて手を抜いていた? 5種類もの風邪薬は倉庫にも保管はされていなかったはずだ……。
「ライハット……貴様も手伝っているのか?」
私は悔し紛れの為に、ライハットに質問をする。しかし、当然のようにライハットは首を横に振っていた。
「自分が調合を手伝えるはずなどありません。私は接客のみを行っており、調合はアイラ殿が一人でやっています。お客様からの質問が多岐に渡る為、薬の成分や効果などを細かく覚えるだけでも大変ですよ、ははははっ」
「……!」
アイラが全ての調合を行っている……? あの女は一体、何者なんだ……? いや、私のところには3人もの国家錬金術士が居るのだ。大丈夫だ……全く焦る必要などない。彼女たちであれば、この程度のことは軽くこなせるようになるはずだ。
その為にはまず、ここにある薬を購入し、成分などの研究を宮殿の最新設備を使って行えばいい。そうすることで、完璧な複製品を大量に作って……。
「やはり、ユリウス殿下……久しぶりですね」
聞き覚えのある声が私の耳に入ってきた。なんだ? 緊張しているのか、私は……? 手が自然と震えている。
私の振り返った先には、元国家錬金術士のアイラ・ステイトの姿があった。そして、その後ろには兄上の姿まで……。なにも恐れる必要などないはずだ。むしろ、これはチャンスだ……このタイミングでアイラと再会できたのだからな!




