121話 クリフト王子殿下の思い 1
(クリフト王子殿下視点)
私は前方にだけ注意を向けるべきではなかった……。前から迫って来ていたグリフォンだけであれば問題はなかっただろうが。周囲からも同じ気配を感じる。
「王子殿下! 周囲からもグリフォンが迫っているようです!」
大急ぎで戻って来たロブトー兵士長も気付いている様子だった。
「兵士長も気付いたか、おそらく複数体いるな……」
「はい。ワルプルギスのメンバーによる索敵では前方の一体以外にも左右から一体ずつ、合計三体は居るようです!」
「三体……」
グリフォンは一体を倒すだけでも、かなりの労力を要する怪物だ。それが三体同時……いや、後ろからも気配を感じるぞ? そんな私の考えとほぼ同時に、後方の兵士から伝達があった。
「報告いたします! 後方からグリフォンと思われる生物が二体同時に現れました!」
「二体同時だと……?」
「はい! 王子殿下、如何なさいますか!?」
凶悪魔獣に指定されているAランクの魔物……そんな怪物が五体も現れ、周囲を包囲している。私はとても、信じることが出来ないでいた……。
「か、火炎槍で迎え撃て! 決して敵の攻撃範囲には入らないように連続攻撃を仕掛けろ!」
「か、畏まりました!」
後方から報告に来た兵士は、敬礼をして走り去って行った。
「王子殿下、それでは私も再び前衛に向かいます」
「ロブトー兵士長……頼んだぞ」
「はい! 各員に告げる、決してグリフォンを王子殿下の居る中央部へは近付けるな!」
「はっ!!」
ロブトー兵士長の号令で精鋭の兵士達は、さらに1つの目的に向かって進みだしたと言えるだろう。すなわち、グリフォン討伐だ。しかし、肝心の私は焦りを隠せないでいた。私は本当に王子としての責務を果たしていると言えるのか?
アイラにも約束をした、私にしか出来ないこと。果たしてそれは現在、果たされているのだろうか? 私はグリフォンに囲まれるという異常状態で、確実な判断が出来ていないのではないかという疑心暗鬼に苛まれていた。こんなことで、何が王子殿下だと言えるのだろうか? 今、部下である兵士達は火炎槍を用いてグリフォンの進軍を食い止めている。
それは私の命を守る為という目的が強いだろう……このままでは、結果が見えている気がしてならなかった。私の成すべきことは……?
「冷静に周囲の状況を把握しろ。それだけで、見えてくるものが違ってくる」
「シグルド殿!?」
パニックになっていた私の前に現れたのは、シグルド・バーゼル殿だった。グリフォンによって四方を囲まれた状況にも関わらず、焦っている様子はない。
「しかし、現状は冷静になっている状況では……!」
「王子殿下、司令塔であるあんたが崩れたら、その下で働いている者はどうなる?」
「それは……!?」
下手をすれば全滅、か。シグルド殿は私にそれを伝えていた。
「今、周りの者達はあんたを守る為に戦っているだろう。しかし、この状況でそれは間違いだ。分かるか?」
「……」
シグルド殿が何を伝えようとしているのか……私はそれを考えていた。彼がこの場に居ることが、その答えにもなっているのだろう。私の目的は、エコリク大森林のグリフォン探索と討伐だった。しかし、それ以上に大切なことがある。
「部下を出来る限り安全に連れて帰ることだ……」
「そうか、ならばやることは1つだな?」
「ああ、そうだな。シグルド殿、感謝する」
私は自分でなければ出来ないことが見えた気がした。柔軟な思考で、その時に応じて目的を変えることだ。そして、それを部下たちに効率よく伝達させる……これは、シグルド殿でも出来ないことだろう。
私は自分にしか出来ないことを、確実に遂行するまでだ。
「退却だ! グリフォンをけん制しつつ、一気に退却をしろ!」
「た、退却……!? しかし、それでは目標の討伐が……!」
「構わん! 作戦を変更する! 野営地まで後退し、残りの者と合流する! 1人も死んではならんぞ!」
「りょ……了解!!」
戸惑いを見せていた部下達の瞳に、再び強い光が戻ったようだ。火炎槍での中距離攻撃を軸に部隊は一斉に後退を始めた。
「ギシャァァァァァァ!!」
「くっ、退却だ……! 退却をしろ……!」
「王子殿下もいきなり大胆な作戦変更と来たもんだな……ま、仕方ないか」
ワルプルギスやアハトのメンバーも賛同してくれたのか、私の指示に従い後退を始めたようだ。しかし……。
「私の後方にもグリフォンが迫っている……この包囲網を掻い潜り、果たして何人が生存できるのか……」
「ここに来ている兵士は命を懸けているんだろう? ならば、問題はなかろう?」
「確かにそうだが……兵士個人の命も大切な命であることに変わりはない」
当たり前と言ってしまえばそれまでだが……やはり、シグルド殿とはこういう面では意見が合わないな。この場合、間違っているのは私の方かもしれないが。
「ホーミング王国は今の代になってからは確か、戦争を起こしていないな? それであれば、実戦経験に乏しくても仕方ないか……」
「私の考えは甘すぎるか?」
「まあ、良いんじゃねぇか? そういう個性も王子殿下の持ち味だろう。女を惹き付けたいのであれば、自らの個性を把握し、決してブレないことだな」
「……」
一瞬だが、アイラのことを言われているような気がした。真実は分からないが。彼は私のことを否定しない……鬼のような見た目とは裏腹に、相手の性格を重んじるタイプなのかもしれんな。なかなか出来ることじゃない、大した男だ。
「さて、前後左右後方とどれから殺るか決めかねていたが、王子殿下の意思を尊重して背後のグリフォンを片付けるか」
「おお、やってくれるのか?」
「当たり前だろう? 俺とて死者の顔を見るのは好きではないからな」
重い言葉だ。おそらくは、ダンジョン内で何度も見てきた光景なのだろう。
「ギィィィィィ!」
「クリフト王子殿下! 背後からのグリフォンの進軍を止められません! このままでは、退路の確保が非常に難しいです!」
「くそっ!」
周辺では負傷者も出ている。彼らを担ぎながらの逃走は事実上、不可能だ。本来であれば、見捨てなければならないが……。
「負傷者を運び出すのを最優先にしておけ。後方が開いたらすぐに移動できるようにな……」
後方からは二体のグリフォンが迫っていた。シグルド殿は状況が見えていないのか……? 負傷者をすぐに移動させることは難しい。だが、私は彼の言葉を信じ、兵士達に指示を出した。
「自力で動くのが難しい負傷者をすぐに後方へと移動させる! 各自、持ち場に着け!」
「王子殿下……? しかし、後方にはグリフォン二体が……」
シグルド殿は2本の剣を出した瞬間、その場から消えていた。私が目を離したことはなかったはずだが、完全に捉えられなかったのだ。
「グアア……!!」
「ゴルルル……!」
「な、何が起きた……!?」
シグルド殿の斬撃の瞬間も、ほぼ目では追えていなかった……気づいた時には、後方から来ていた二体のグリフォンの断末魔の声と、切断された身体が残されているだけだったのだ。
「ふん、この程度で凶悪魔獣の仲間入りだと? カイザーホーンの方がまだマシなレベルだな」
グリフォンを斬り殺したシグルド殿は、舌打ちをしながらそんなことを言っていた……。彼と戦った場合のことを想定した時があったか。何秒持つか分からないと思ってはいたが……今の動きを見る限り、0.1秒を生き残れるかの勝負になりそうだ。
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