10話 ユリウス殿下 3 (一人称ユリウス視点)
「これは……」
私は一瞬ではあるが、思考が停止していた。一体、どのくらいの種類のレシピをあの女は持っていたのだ? いや、レシピかどうか分からない文字も多かったりはするが……汚い字だな。解読には時間がかかりそうだ。
「一般的な教養に乏しい、平民の字……といったところか」
「ユリウス様、そのようなお言葉は……」
「あ、いや……忘れてくれ」
いかんいかん、つい本音を出してしまった。目の前のテレーズに嫌われるのは、私の将来にとっても良いことではないかもしれないからな。だが、このレシピ本のような記録を見る限り、テレーズや他2人の錬金術士よりも、アイラは多くの種類の薬を調合出来ていたことは明白か。
……あの女がどの程度、国家の利益になっていたのか、もう少し詳しく調査を掛けてみるか。父上や議会には、優秀な国家錬金術士が3名も入るので、代わりとしては十分すぎると啖呵を切ってしまったからな。
まあ、そうでなくとも平民の女などに破格の報酬を出すこと自体があり得ないわけだが。そういえば、アイラの報酬は追放したから払っていないのと同じか。ははは、いい気味だ。
「どうかなさいましたか、ユリウス殿下……?」
「いや、なんでもない、気にしないでくれ。それよりも……このレシピ本は今後の調合の参考に使えるだろう。一刻も早く、調合スキルを磨き調合アイテムの種類を増やしていってくれ」
「畏まりました、ユリウス殿下。なるべくご期待に添えるように働かせていただきます」
「頼むぞ」
宮殿内の設備は最新鋭の代物だ、量産体制も容易に整えられる……ちょうどいいレシピ本も出て来たことだし、問題はないはずだ。テレーズを含めた彼女たち3人ならば十分に国家錬金術士の役割をこなしてくれるだろう。そんじょそこらの平民などに負けるはずがない……。
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「ふう……」
「お疲れさまでした、ユリウス殿下」
「ああ」
私に労いの言葉を掛けているのは、執事のオーフェンだ。コーヒーを淹れ私に渡している。宮殿内の調合施設から戻った私は、私室で仕事を済ませていた。宮殿内の調合素材が、最近、減っているのだ。どうも兄上が関与しているみたいだが……どういうことだろうか? まあ、やや余り気味でもあるので、特に問題はないのだがな。
私たち王族やその他の貴族たちに配給される分に、影響が出るとは考えにくい。
「オーフェン、なにか問題はあるか?」
「問題……でございますか?」
「そう、問題だ」
オーフェンはアイラを追放した時の詳細を知っている人物でもある。だからこそ、彼に私は尋ねていた。
「そうですね……まだ、問題はないかもしれませんが、アイラ殿が作り置きしていたアイテム類が倉庫に眠っておりますが、その在庫が減っています」
「まあ、奴はもう居ないからな」
「はい。このまま日数が経過すると、アイラ殿が調合していた作り置きのアイテム類が底をついてしまうでしょう。ですので、現在の国家錬金術士の方々による供給は必須項目になってくるかと」
「なるほど……わかった、その辺りは考えておこう」
ちっ……やはり、問題点は出て来ているか。
「それから……これは不確定情報なのですが」
「なんだ?」
「首都のとある宿屋で、薬の類いが売られているようなのですが……冒険者を中心に、かなり繁盛しているようです」
「ほう、宿屋内での薬か……これはまた、タイムリーな話だな」
「はい、私もそう思います」
薬士との併用でもしているのか? ああ、そう言えば以前に宿屋兼、薬屋という店があった気がするな。まあ、そんなことはどうでもいい。今は目の前のことに集中しなければな。