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短編集

ケイトとハリーの洋裁店より

作者: 白鳥加寿彦

     一幕二場


   洋裁店内。ケイト・ハリー板付き。机に向かい、それぞれ仕事をしている。

   メアリー登場。伺うようにおそるおそる店内へ入る。ケイトとハリーは顔も上げない。


メアリー:あの。


   沈黙。ケイトとハリーはわざと忙しそうにする。


メアリー:あの、すみませんが。


   ケイトとハリー、いっそうせわしなくする。


メアリー:あ-、のー、お!

ボビン(声):はいはーい、ただいま!

メアリー:えっ?


   ボビン店の奥から登場。メアリーに愛想よく会釈、ケイトとハリーを見て首をかしげる。


ボビン:ちょっと、二人とも! お客さんですよ。

ケイト:ほっとき。

ボビン:え、ちょっと、ほっときって。

ハリー:何度来られてもできんもんはできん。一昨日きやがれ。

メアリー:わたしが最初に来たのは一昨日ですけど。

ハリー:‥‥これだ。

ケイト:ほっとき、ほっとき。

ボビン:ちょっと、もう、ケイトさんもハリーさんも。なにがあったんです?

ケイト:ほっとき。

メアリー:あのですね。かくかくしかじか。

ボビン:ふむふむ、ふーむ。

メアリー:というわけなんです。

ボビン:ははあ、なるほどね。(ケイトとハリーを見やる)

メアリー:あの、あなたも店員さん?

ボビン:ええ、まあ、いちおう。

メアリー:あの、だったら、これ‥‥直せないでしょうか?(鞄からヴェールを取り出そうとする)

ボビン:あ、いやあ、わたしは‥‥そのう‥‥

ハリー:その子は見習い。お客さまのものを触らせるなんてとんでもない。あのねえ、お嬢さん。あなた昨日、なんて言われたか覚えておいで?

メアリー:も、もちろん! でも、

ケイト:いやなものはいや。

ボビン:いや? いやってどういうことです?

ケイト:どういうことって、なにが。

ボビン:てっきり、修理できないのかと思いました。できないっていうのは、ええと、そう、技術的な意味で。でも、いやってことは、できるけどしたくないって言ってるみたいじゃないですか。

ケイト:そのとおりだよ。

ボビン:そうなんですか?

メアリー:なんでだめなんですか。


   ケイトとハリー、揃ってメアリーをギロリと睨む。


ケイト・ハリー:その態度が気にくわない。

メアリー:な、なんですか、それ。

ハリー:なんで自分でやらんのさ。

メアリー:それは、だってそんなの、プロに任せたほうがいいじゃないですか。それに、わたし、不器用だし‥‥困るんです、結婚式は来月なのに!

ハリー:困るのはあんただけでしょ。

ケイト:ヴェールくらい借りたらいいのよ、ドレスだって借りるんでしょうに。

メアリー:いや、いやです、わたしはこのヴェールがいいんです。

ケイト:そんなに大事ならなんで破いたの。

メアリー:わ、わざとじゃないです! 破いたなんて人聞きの悪い。破けちゃったんです、洗おうと思って洗濯機に放りこんだら、こう、ビリビリに‥‥

ボビン:洗濯機ってそんな乱暴な!

メアリー:洗濯ネットには入れたわ!

ボビン:いばることじゃないです! そうでなくてもこんな繊細なものを洗濯機で洗うなんてあり得ないのに、古い生地なんですから、扱いは慎重にしないと‥‥なに考えてるんですか!

ケイト:ボビン、言いすぎ。

ボビン:あ、すみません。

ハリー:無知は罪。でもやっちまったもんは仕方がない。で、破いちまったとき、あんたが真っ先にやったことはなんだ。

メアリー:この店に持ってきました。

ボビン:よくここがわかりましたね。

メアリー:おばあちゃん、これを買ったときの箱に入れてしまっていたから。

ボビン:おばあさまがお買い上げくださったんですか。それであなたが来月使う‥‥もしかして、お母さまも使われました?

メアリー:そうです、そうです。だから三代で使いたくって。ほら、言うじゃないですか、サムシング・オールド。なにか一つ古いものを、って。

ボビン:そんな大事なものを破ってしまったんですか。

メアリー:えっ?

ボビン:だって、おばあさまもお母さまも使ったんでしょう。あなたにもなにがしかの思いはあるでしょうけど、お母さまはその倍、おばあさまはさらに倍、思い入れがあるでしょうに。どうして洗濯機に放りこむ前に相談しなかったんですか!

ケイト:ボビン!

ボビン:あ、すみません‥‥と‥‥お母さまとおばあさまはこのこと、ご存知なんですか?

メアリー:(ふてくされて)言えません、こんなこと。だから困っているんです。

ボビン:ははあ、なるほどね。


   ボビン、ケイトとハリーをちらと見る。


ボビン:やっぱり、わたくしどもはお受けできません。お引き取りください。

メアリー:そんな! ‥‥もういい! ほかで修理してくれるお店を探しますから!


   メアリー去る。ボビン肩をすくめる仕草。


ケイト:あんたはまだまだ当分、見習いだね。

ボビン:ええーっ、なんでですか!

ケイト:自分で考えな。


   ボタンとことこと登場。それを追ってファスナー・ホック・トー登場。


ボタン:ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼー、‥‥何時だっけ?

ファスナー:五時だよ!

ホック:お仕事終わり!


   ケイト・ハリー片付けを始める。ボビンは首をかしげて考え続ける。


ボタン:(指折り数えながら)ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん。



   * * *


     一幕五場


   洋裁店の前。踊って遊ぶ人形たち(ファスナー・ホック・ボタン)をトーが観察している。ボタンの動きはぎこちない。

   メアリーとぼとぼと登場。


メアリー:あ、トーさん。こんにちは。

トー:やあやあ、こんにちは。

ファスナー・ホック:こんにちは!

ボタン:わー。

メアリー:こんにちは。

ファスナー:今ね、今はね、お昼なの。

ホック:ケイトとハリーはお昼なの。

ファスナー:だからボビンがお留守番。

ホック:ちんちくりんがお留守番。

ファスナー・ホック:ぷー!


   ファスナー・ホック大笑い。


ボタン:ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん。三時です。

ホック:違うわ、ボタン。今は十二時二十五分よ。

ファスナー:それに今、ぼーんって四回も言ったわ!

ボタン:ああ、そうなの。また間違えちゃったわ。


   人形たち愉快そうに笑って、また踊り出す。


メアリー:‥‥ボタンちゃん、まだ調子悪いんですか。

トー:部品も古いから、なかなかね。

メアリー:部品‥‥。

トー:古いってのは、厄介だよ。部品を交換してやりたくても、在庫どころか、メーカーがもうないんだ。会社畳んじまってさ。代わりのものを探すにしたってどこで作ってもらえるやら。

メアリー:そう、それは残念ですね。じゃああとは、動かなくなるのを待つだけですね。

トー:ばかを言うな、とんでもない! 自分で作ることにしたのさ。

メアリー:えっ、自分で?

トー:今はだれも作っていないけど、元はだれかが作っていたんだ。作れないなんてことはないはずだろ。

メアリー:ただのからくり人形なのに、そんなに大事にするなんて。

トー:うん?

メアリー:‥‥大好きなんですね。

トー:へっ。物心ついたときからいっしょなんだ。壊れたからって見放せないよ。

メアリー:‥‥。

トー:それにね、大嫌いなんだ、そういうやつが。あたしの持論だけどね、古いものをどう扱うかで、その人となりが全部わかっちまう。だってそうだろう、新しいうちは、みんな大事に丁寧に使うんだ。だのに一つキズがついたら、とたんにいい加減になる、そういうやつがいる。とんだ恩知らずさ、今までさんざん世話になったろうに。そういうやつは、だめだ。


   ボタンこける。


トー:あっ! 大丈夫か? ちょっと休もう。じゃあまたね、お嬢さん。


   ボタンを抱え、トー去る。ファスナー・ホック、メアリーに愛想よく手を振って去る。


メアリー(独白):餅は餅屋って言うじゃない。家が壊れたら大工さん、車が壊れたら車屋さん。壊れたらプロに直してもらうのが当たり前。そうでしょ?

 ウェディングヴェールが破れてしまったら、お針子さんにお願いするべきよ、当然よ。どうしても直せないならおんなじものを買ったっていいんだわ。あんなに古いんだもの、仕方ないじゃない。

 だのにママもおばあちゃまもだめだって言う‥‥悪いとは思ってるわ、だけど、どうしてわたしが針仕事なんかしなくちゃならないのよ、そんなのわたしの仕事じゃないわ。

 (ヴェールを広げて)‥‥許してくれたっていいじゃない、あんなに謝ったのよ‥‥。


   メアリー、洋裁店の戸を叩く。


ボビン(声):はあい、ただいま!


   ボビン店の奥から登場。


メアリー:ごめんください。

ボビン:あ! ヴェールは直せませんよ。新しいものも作れません!

メアリー:わかった、それはもうわかりました!

ボビン:じゃあ、なにしにいらしたんです?

メアリー:‥‥それは‥‥あの、いつものあのお二人はいつ戻られるんです?

ボビン:今日は戻りませんよ。

メアリー:えっ? お昼休憩で留守にしているだけじゃないの?

ボビン:なんでも緊急の注文が入ったそうで、お昼食べつつ向かいました。当分帰ってこないんじゃないかなあ。

メアリー:今日だけじゃないってこと?

ボビン:だって緊急ですよ。大急ぎです。ここだとお客さんの出入りもあって集中できないから、そういうとき、二人はアトリエにこもるんですよ。でもね、すごいんですよ! あの二人にかかったら、着物もドレスも一ヶ月、いや半月もあればできあがるんです。

メアリー:それってすごいの?

ボビン:当たり前じゃないですか! あっ‥‥ま、そういうことなので、お引き取りください。二人が帰ってくるのを待っていたら結婚式が終わっちゃいますよ。

メアリー:帰りません! だったらあなたでいいわ。

ボビン:えっ? いやいや、わたしは受付係です。なんにもできません。

メアリー:そうじゃないわ。でもハリーさんは、見習いだからお客さんのものを触らせられない、と言ったわ。だから、その、教えて欲しいの。それくらいできるでしょう?

ボビン:教える?

メアリー:直し方を。



   暗転。


 「ケイトとハリーの歌」


  いち、に、いち、に、針は泳ぐよ。

  ちくちく、ちくちく、針は泳ぐよ。

  毛糸の波をゆらゆらゆらと。

  布地の海をいったりきたり。


  いち、に、いち、に、針は踊るよ。

  ちくちく、ちくちく、針は歌うよ。

  ニットの大地に種をまく。

  糸の畑に花が咲く。


  お店に並んだこの服は、

  まだまだこれじゃ未完成。

  最後のひと目、いち、に、いち、に。

  最後のひと針、ちくちく、ちくちく。


  さあさあどうぞお客さま。

  仕上げはあなたと過ごすうち、

  世界でたった一つだけ、

  思い出縫い込まれるでしょう。


  いち、に、いち、に、針は泳ぐよ。

  ちくちく、ちくちく、針は泳ぐよ。

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