初恋のわかれみち 《フィリップ・エミリアside》
「ごめんなさい、ごめんねフィリップ」
「母上、あなたが何を謝ることがあるのです……!」
眩いばかりに輝いていた金髪は色褪せ、かつては美しさの象徴だった白く細い指も今では弱々しさを強調するばかり。息子はそんな母親の手を取り、瞳に大粒の涙を浮かべる。
「王太后陛下とまでもいかなくても、わたくしが大国の王女であったならアランにもあなたにも余計な苦労を背負わせずに済んだのかもしれないと、思った時期もあったのよ」
「母上」
「でもね、それは逃げなのよね。だって大王太后陛下の母国も、そこまで大きい国ではないのだもの。あなた達を苦しめたのは、わたくしが弱かったから」
「……っ! そんなことはありません……! 優しくてあたたかいあなたが母でよかったと、思っているんです。きっと兄上だって!」
息子はほろほろと涙をこぼしながら、母に要らぬ苦労をかけた自分を責めた。
家族三人での生活は、華やかでこそなかったが、たしかに幸せに満ちていた。優しい母と兄、二人のことを誇りに思っていた。
だが叶わぬ想いを抱き、異母兄を猛烈に憎んだことで満足出来なくなってしまった。
兄こそが王にふさわしいと思った。優しく気高いあの人が。
先王の側妃としてでなく、王の母として。自慢の母を、幸せな女性にしたかった。
そう思った自分を、今は心から呪う。思い返されるのは、祖母の冷たい瞳。
兄が王になるべきであったのだ、と叫ぶフィリップに、祖母は一言。
ーおまえの兄は、王位を一度でも望んだのですか
今でこそ兄は、シェルラリンスの次期王配だが、当時は一介の王子に過ぎなかった。それを、兄は嘆いていたのか? いや、違う。 母を、弟を、愛し愛される生活を愛していた。心から、満足していた筈なのだ。
それを、自分が壊してしまった。あの日、母も兄も決して自分を責めはしなかった。ただ、ただひたすらに悲しそうな顔をした。
母のエメラルドの瞳を悲しみで濁らせたのはフィリップだ。
兄の瞳に輝くアメジストを嘆きで歪ませたのはフィリップだ。
愛する家族に、だれよりも幸せにしたかった家族に、フィリップは大きな罪を背負わせてしまった。
***
花々が散り始めた頃、先王の側妃・ジャンヌが没した。三日と経たず、王籍を剥奪されたその子フィリップも後を追うようかの如く急死。
フィリップが前王后リリィと不義を働いたことを恥じ、ジャンヌの祖国・ミュエール公国は葬儀への参列を拒否。
「予想通りの結果ね」
「保守派のあの大公のやりそうなことですな」
エミリアは己の執務室に宰相ソレイユ公爵を呼び出し、 ミュエール大公からの手紙を広げた。
「葬式はどうする?」
「体面上、陛下が参列する訳にはいきませんな。けれど、先王の側妃であらせられた女性の葬儀ですからね」
「フィリップの葬儀の問題もあるわね。王家を追われたとはいえ先王の子を、そのままにしておくわけにもいかないでしょうし……」
ふう、とため息をついて宰相を下がらせると、文官が手紙を運んできた。
「大王太后陛下、アラン様とドゥエリ修道院長からお手紙でございます」
“陛下、お元気でいらっしゃいますか。私は妻と共に、シェルラリンスの為に邁進していく所存でございます。
ミュエール妃とフィリップ・ドゥエリが亡くなったと聞きました。どうか私に、葬儀参列の許可を頂けませんか。義父も妻も、セリースの許可さえあれば、と参列を許してくれています。
もう二度とセリースに関わらないと誓います。それがシェルラリンスに禍及ばないことであり、私個人に為せることであるのならば、どんなことでも致しましょう
アラン”
“ミュエール妃のこと、誠にお悔やみ申し上げます。
さて、我が息子フィリップも没しました。あれほどのことをしたとは思えないほど静かな死でした。かろうじて死に際に間に合った私に息子はただひとつだけ頼みました。
ミュエール妃と同じ墓で眠りたいと。
私とフィリップが親子であったのは二年に満たず、あまりにも短い間でした。ですが、それでもあの子は私の息子なのです。どうか息子の最後の願いを叶えてやっては頂けませんか。
フィリップ・ドゥエリ ”
他国の王族となった身として、決してジャンヌを母と、フィリップを弟と呼ばぬアランが愛しかった。フィリップを溢れる愛で包み込んだのだろう、修道院長が愛しかった。
短いですが切ります