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初恋

「結婚しないで!ずっとお城にいて……!」


十二歳のシェリはそれが我儘だと自覚できる程には大人だったし、その我儘を抑えきれない程には幼かった。


アランはシェリの甘くも切ない初恋の象徴だった。父の異母弟だった彼とシェリは十つ差で、優しい彼にシェリはどんどん惹かれた。たとえ彼がシェリのことを妹のようにしか思っていなくとも……


アランは北国シェルラリンスの王女エカチェリーナ姫との結婚が決まっていた。メアリーが決めたことだ。縁談も本決まりになり一ヶ月後には式がある。覆せるはずもなかったし、フィリップの件で、アランやジャンヌまで危うく王城を追放されそうになったところを助けたのはメアリー。義理堅いアランがこの婚約を蹴れるはずなどないのだ。


「ごめんなシェリ。俺はエカチェリーナ姫と結婚しなきゃならないんだ。それが俺にできる罪滅ぼしなんだ」


だからアランがこう言ったのは彼に何の非もない。むしろ彼が謝る必要などどこにもなかった。


それでも泣きじゃくるシェリに罪悪感を感じたのか、彼女の低い身長までそっと屈み、額に口付けた。


「……さよなら。ごめんな」


お前の想いに応えられなくてごめんな。愛してたけどそれは恋じゃなくて家族愛のようなものなんだ。アランの思いが聞こえてくるようだった。


シェリの全てをかけた初恋は、甘い薔薇の香りと共に終わりを告げたのだった。


***


馬車の一行が、シェルラリンスへ向かい旅立った。その中には、第一王女として式に参列予定のシェリの姿もあった。


アランのことが大好きだった。他の親族たちが優しくしてくれるのは、父や祖母、曾祖母に近づくためだった。けれど、アランは違った。あの人はただただ、幼い姪が可愛かったのだ。リアムが休暇で領地にいた折、一人ぼっちだったシェリを憐れにも思ったのだろう。少しずつ育まれていった、姪からの恋心にも気づいてはいたはずだ。けれどそれは彼にとっては、幼い少女が大人の男性に憧れるような、そんな幼稚な感情に過ぎなかった。


彼の結婚相手の顔など、見たくもなかった。だけど王女の立場は、シェリに拒むことを許してはくれない。


曾祖母から参列の命を受けた時は、本当に泣きそうになった。横に座る蒼い髪の幼なじみが泣きじゃくるシェリを抱きしめてくれなければ、きっと今でもめそめそしていたことだろう。


***


アランと別れた後部屋で呆然としていたシェリを、曾祖母は自室に呼び出した。そこで父の代理として、アランの結婚式に参列するよう命じられた。その時はあまりの衝撃で反応ができなかったのだろうか、よく覚えていない。だけど、その後、シェリを見かねたのだろうリアムに手を引かれたあとのことは、ちゃんと覚えている。


二人中庭で何をするでもなくベンチに座って、リアムが持ってきたらしい本を読んでいた。繋いだ手は温かくて、安心して、ぽろぽろと涙が零れた。リアムは困ったような顔でをして、ハンカチで涙を拭ってくれた。


シェリの心が安らいでいった、そんな時だった。中庭の茂みの向こうで、お喋りな侍女達の話し声が聞こえた。


ーあのフィリップ殿下の兄君を、シェルラリンスの王女の夫君になさるなんて、エミリア様も孫の欲目が出たのかしら


ーあらばかね、厄介払いに決まってるじゃない。もうアラン様はお邪魔でしょう。だからあんな僻地に追いやるのよ。それに、シェリ様のこともあるじゃない


ーたしかにねえ。陛下が寵愛なさってる姫様が、母親の不倫相手の兄と噂が立てば、これ以上ないほどのスキャンダルだもの


自分の名前が出た時点で固まったシェリは、次の侍女の笑い声を聞いて何かを堪えるように顔を俯かせた。リアムはそんなシェリの手を強く握って一言、


ー黙りなさい!


茂みの向こうの侍女たちも気づいたのだろう、姦しいお喋りは止んで慌てたように彼女らは遠のいていった。


リアムはシェリを抱きしめた、さっき強く手を握ったのとは比べ物にもならないやさしさで。まるで壊れ物を扱うような慎重さで。


ーシェリ、どうかエミリア様のことを信じて。貴女は愛されているし、アラン殿下も愛されてる。厄介払いなんてするはずがない。


一度止まってしまってまた溢れ出てきたシェリの涙を、今度は拭いはしなかったけど、その分ずっと抱きしめて、頭を撫でてくれた。同じ十二歳のはずなのに、毎日鍛錬を積んでいるリアムの体はシェリより逞しくて、少しどきりとする。その時はこの悲しさとごっちゃになって早まる鼓動の理由が、よくわかってはいなかったけれど。


***


シェルラリンスの王族の多くはクリーム色の髪に、緑色の瞳。けれど本日の主役、花嫁のエカチェリーナはつややかな黒髪と黒曜石の瞳の持ち主だった。彼女の母親、つまりシェルラリンスの王妃は東方の出身なんだとか。


エカチェリーナが父王に手を取られ、アランと神父の元に歩み寄る。


実は、これがシェリが参加したはじめの結婚式なのだ。今までで親族で結婚したのは伯母だけだし、それは幼い頃の話だから、嫁ぎ先で挙げられた式には参加せず城で留守番をしていた。


きっとこれから結婚式に参加する度に、この切なさを思い出す。胸のちくりとした痛みを。


よほど顔が強ばっていたのだろうか、傍らの父が心配げに顔を歪めた。優しい父を悲しませてはいけないと、シェリは父に向かって微笑んだ。


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