EP1-2
「確定的な証拠がない以上、刑を執行することはできない。」
どよめきが起こった。当たり前である。圧倒的な能力と引き換えに神の傀儡と化した存在が、意思を示したのである。裁判官は、驚いた顔をしたもののすぐに冷静な表情になり、困ったというように目頭のあたりを抑えた。
「処刑人よ。これは我らが自ら考えて導き出した答えなのです。神は我らに自由に考えることをお許しになったはずです。ゆえに我ら裁判官が判決を下し、あなた方が裁くのではなかったのですか?」
裁判官の言葉は納得できる。まるで自分が駄々をこねる子供のように見えた。足元の衆愚たちには先程の歓声と打って変わり困惑が広がっている。ここは問答するよりも強引にいったほうが楽だろうと考え、処刑台に固定されている森人の拘束を解き、肩に手を置いた。さすがにこの状況で逃げるとは思わないが念のためだ。
「確かに神は我ら人類に自由に考え、行動することをお許しになられた。だが、間違えた道を征く我が子をそのままにする親がいるはずがなかろう。」
「我らが間違っているというのですか!!」
さすがに今の言葉は裁判官の癪に障ったようで彼は声を荒げて抗議した。だがここで引き下がるわけもない。
「くどい。そうだと言っているのだ。真実がそなたらの言う通りなのであれば、無駄な苦労をさせたことを改めて謝罪しよう。」
「・・・つまり、覆しようのない証拠をもって真実を明らかにせよ、と仰られているのですか?」
その言い方には棘が在った。まるで、真実など何の意味も持たないなどといわんばかりに。
「あぁ。そうだ。」
一言だけ告げると、森人を連れて階段を降りる。処刑を見に来ていた者たちはようやく何が起こっているのかを理解したようで、階段を下りていく途中、聞く気にもなれなような罵詈雑言が飛び交っていた。森人を老の前にまで連れていき、中に入るように促す。
「すまないが、真実が明らかになるまで拘束させてもらう。他の囚人のような対応にはしないように言っておいた。それでは失礼する。」
「あの!」
牢に背を向けて歩き出そうとしたときに急に呼び止められ、それが自分であることに気づく。裁判官でないものに声を掛けられるなんて言うことはいったいいつぶりだろうか。思い出そうとしてみるが、昔のことはなんだかもやがかかっているようで詳しくはわからなかった。少し間を開けて森人のほうへ振り返る。少し目を合わせた後、
「助けてくれてありがとうございました。」
森人は一言だけそういった。
「誤解はしないでほしい。」
森人が首をかしげる。こちらとしても助けたと思われるのは心外だ。
「執行しなかったのはあまりに裁判の判断が疎かだったからだ。場合によっては私がそなたの首を落とすこともあるだろう。」
もし、この森人が盗みを働き、人の子がそれを死をもって償うべきと判断したのであれば、異論をはさむ余地はない。慈悲もなく、この森人を処刑すると断言できる。
「そうならないといいが。」
最後の言葉は自分でもどんな気持であったのかは理解できなかったが、言ってしまったものは仕方がない。牢のあるくらい地下から明るい地上に上がる時につぶやくようにそう言った。