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袈裟丸邸

 視界一面に涼しく揺れる竹林。


 眼前の眺めを裏付ける様に、カーナビの画面も一面が緑一色に塗られている。その中を抜ける石畳の細道を、ゆるゆると辿るオレのハッチバックセダン。



「あの、神崎さん、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」


「部長は私の上司です。部下に質問するのに、いちいち断る必要はないと思います」


「えっと、この先にあるんだよね、袈裟丸けさまる会長のお宅」


「はい、その通りです」


「君は、この道に随分と慣れている印象を受けるんだけど……?」


「……あぁ、そういうことですか。いえ、違います。私と袈裟丸会長の関係は、部長がいま想像されている様なものではありません」


「いや、別に他言する気はないし、そういうのは個人の自由だから。いいんだけど」


「いえ、誤解されると困ります。私が」


「えっと、困るってどうして」


「部長、いままで黙っていましたが、そろそろお話しても良い時期なのかなと」


「え、なにその前置き。凄くドキドキするんだけど。ひょっとしてオレ、いまから袈裟丸会長から直々に退職勧告されるとか? なんだろう、今日までそれなりに真面目に働いてきたつもりなんだけど……」


「いえ、それはまったくの考え違いです」


「あ、この前の出張の時に一人なのにツインベッドの部屋を予約して、夜中に携帯のアラームをセットしておいて一晩で二つのベッドをハシゴしながら寝てみたのがバレたのかな? それとも、ア○クルのカタログ眺めてたら前から気になってた文房具が載ってて、それを財務部の経費でこっそり買ってしまったこととか。アレ、みんなの前では使いにくくて、いまでもデスクの中にしまってあるんだよね。やっぱりマズかったかなぁ……」


「その程度のことでしたら、私が既に把握しています」


「わ、君、知ってて黙ってたの? なにかオレにすっごい意地悪しようと企んでない?」



 オレが助手席に視線を向けると同時に、神崎さんの口角がクッと上がった。なんだろう。普段のキツい印象のメガネをしていないせいか、今日はとても……



「では、心して聞いてください」


「はい、なんでしょうか、神崎さん」


「まずですね、本日のご招待には、それなりの背景があります」


「あぁ、やっぱり。じゃあ、いまから会長と君の二人掛かりでオレを詰めようって算段だね?」


「いえ、ですから、それは違います。私が部長の名前を告げたからなんですよ、会長が興味を持たれたのは」


「はぁ、それはまた迷惑な……って、どんな状況でオレの名前が出たの?」


「その質問、いまはお答えしかねます。さて、次に私の個人的なお話です」


「休日でも切り替え早いんだね、君って」


「父は幾度かの離婚を経て、五十代に入って初めて子を持ちました。それが私です」


「え、それは初耳だね。さぞご苦労を……」


「いえ、特に苦労はしていません。ただ、いささか込み入った事情がありまして。私はいま、母方の姓を名乗っているんです。つまり『神崎』という姓とは別に、父方の姓があります」


「まぁ、人間は有性生殖だからね。フツーは父方と母方の両方の姓があるよね」


「ところで、私達はこれから『袈裟丸』会長のお宅を訪問しようとしています」



 神崎さんの言葉を裏付けるかの様に、竹林の前方、屹立する緑の先に和風建築の屋敷がチラリと見えた。オレがいままで見てきたどんな屋敷よりも横に長く、平たく伸びるそれに暫時、意識が捕らわれてしまう。



「えっと、ゴメン。何の話だっけ」


「私が自分の出自をご説明して、いまから袈裟丸会長のお宅をお訪ねするというお話でした」


「あぁ、うん。そんな感じだった気がするね、ここまでの流れ」


「逆にお尋ねしたいのですが。ここまでお話しして、まだ気付かれませんか?」


「えっと、何に?」


「私の父方の姓です」


「ん、ぜんぜん?」



 細く開かれた唇の隙間から、長く息が漏れた。


「私だって緊張してるのに」とか「どこまで鈍いんだろう、この人」と呟くのが聞こえた気がする。普段は機械みたいな彼女も、会長に会うということでナーバスになっているのだろうか。



「わかりました、部長。もう降参です。私の父方の姓はですね……」

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