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企画部

 さて、ここで隣の企画部の屋台に目を移してみたい。



 各部が担当する無難な屋台が立ち並ぶ中、赤・黄・緑の陽気なラスタカラーで一際目を引く彼らの屋台。出し物も「イベリコ豚の握り寿司」と一風変わったモノで、一頭丸ごと買い付けたイベリコ豚の解体ショーまでやるというから驚きだ。


 開場早々に来場者の耳目を集めた手腕、流石は企画部と言ったところか。


 しかし、ここからがまずかった。



 企画部の隣は、人事部が担当する「ふれあい動物コーナー」だった。


 これは今年からの新しい試みで、子供連れの来場者に可愛い動物達と触れ合ってもらうという趣旨の出し物。ヒヨコやハムスター、小鳥から始まって、ヘビやトカゲに触れたり、ミニ豚の餌やり体験などを楽しんでもらえる。



 そう。「ミニ豚」の餌やり体験である。


 ピンク色の鼻先をもぞもぞと動かして子供達の手のひらから餌を受け取る、愛くるしいミニ豚。


 そのすぐ横で、大型のナタ状の刃物で叩き切るようにして解体される、脂の乗った立派なイベリコ豚。


 解体ショー開始早々、隣接したこれらの光景が放つ強烈なコントラストに、社長から「待った」が掛かった。当然と言えば、当然だろう。来場者達の表情はドン引き、早くも子供達の泣き声が会場に響き始めていたのだから。



 しかし、肝心のイベリコ豚が解体されなければ、にぎり寿司のネタとなる豚肉も入手出来ない。


 大量に余った酢飯に目を付けた企画部。苦肉の策として「酢飯100%ビッグお握り」なるものを提供し始めたが、照りつける日差しに喉を渇かせた来場者達からは見向きもされないまま。同情混じりに小銭を落としていく社内の人間が数名あった程度である。



 ラスタカラーのテントの下、やさぐれオーラを隠そうともせずに巨大な酢飯の塊を頬張る企画部長。普段の快活な彼からは想像も出来ない沈痛ぶりに、思わずポケットの中の小銭を探ろうとした瞬間。


 オレのすぐ隣で、張りのある声が低く響いた。



「策士が策に溺れるとはな。片腹痛いわ」



 太陽はいまだ中天に高く、じりじりとアスファルトを焼いている。


 口内の唾液を飲み下してから恐る恐るそちらに視線を向けると、そこには杖を突いた和装の老人が短い影を引いて立っていた。


 一瞬で、腹の底が冷えた。


「のぉ、そうは思わんか?」とこちらを愉快そうに見上げる鋭光。幾多の修羅場をくぐり抜けてきた男が纏う空気に気圧される。



 これまでその姿を見かけたことはあっても、直接に言葉を掛けられるのはこの日が初めてだった。


 袈裟丸けさまる たけし会長。


 戦後の高度経済成長期の荒波の最前衛を疾駆して、一大事業を築き上げた日本経済史に名を刻む企業経営のカリスマ。



「君は、名を何と言う」


「上杉 遼太郎、と申します」



 上背はオレの方があるというのに、こちらを見上げる老人に射すくめられるとはどういうことだろう。沈黙の重さに耐えかねて言葉を漏らそうとした時、会長の口髭の奥で乾いた唇がふっと緩んだ。



「ふむ。悪くない」


「……?」


「最近の若い者はな、すぐに肩書きを述べたがる」


「えっと、つまり」


「どこそこの社長だとか、どこぞの会頭だとか。己の前に肩書きを欲しがるのだ」


「はぁ」


「君は違うらしいな。やはり男たる者、己の名のみにて大地に屹立してこそよ」



 海千山千の役員達を相手にいまだに一歩も引けを取らないという袈裟丸会長。


 そんな人物を前にして、オレの財務部長なんていう肩書きを掲げても無為な気がして名乗らなかっただけなのだが。とりあえず、黙っていることにしよう。



「今度、うちへ遊びに来なさい」


「はぁ。あの、『うち』と申しますと…… ひょっとして、会長のお宅にと言うことでしょうか」


「君の部署に神崎という者がいるだろう。その者に案内させなさい」

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