第六話 平穏は訪れず
勝負を挑まれたジン達。
彼らは無事に勝負に勝ち、海を手に入れられるのか。
開幕の朝、俺達は昨日来ていた海に、日が昇る前から待機していた。
理由は簡単、帰るのが面倒だったからである。
ここまで来るのに何時間掛かると思ってんだ、こっちは到着してから三十分も経っていない。
だから、俺達は近くに馬車を止め、そこに隠れ、夜に海で遊びまくった。
その結果は寝不足だが、絶対に勝つ。
「皆!今日は絶対に勝つよ!あの女に一泡吹かせてやるんだ!私達の凄さを!」
エルは相当やる気みたいだが、他の奴等は皆やる気ねぇな。
「何をしているんだ?皆も一緒に声を上げて」
「いや、勝手に話進めておいて意味分かんないから、なんで私達まで競技に出ないといけないわけ?」
「そうだよ、僕達がなんで戦わないといけないの?エル達がやれば良いんだよ」
見事なまでの言い分だ、いい迷惑だよな。
正直この勝負、俺は乗り気だ。
問題はあの女を相手にしたくないと言う事だ、昨日からタナトスの機嫌も悪いわけだし。
あの女が何を考えて居るかすらも話からない、それが特に怖い所だ。
昔、ああいうタイプの女を相手した事があるが、しばらく付きまとわれる自体にまで陥った事があったな。
警察まで動く話にまでなったが、結局相手の親がまともで示談になって終了。
そんな事があっても、俺の女遊びは収まる事は無かった…。
「これはチームプレイが大事なんだ、勝てないと海で遊ぶ事も出来ない、バイオレットの為でもあるんだ」
「海!しょっぱい海!毛ばりばりの海!泳ぐ!」
元気に騒ぐバイオレット、ただこれから勝負なのに海で遊ぶのは後にして欲しい。
急いでエルが連れ帰り、何故か俺に託してくる。
「バイオレット、よく聞いてくれ、これから大切な戦いがあるんだ、それにはバイオレットの協力が必要不可欠、だから体力は温存しておいてほしい、これに勝てれば好きなだけ海で遊んでいいし、帰ったら好きなだけ肉を食べさせると約束をする」
「やる!お肉食べたい!」
やはり扱いに慣れているな、今度利用させて貰うとしよう。
そんなやりとりをしている間にも、連中は選手を引き連れてきた。
昨日とは違う、派手かつきわどさを増した水着を身につけたラフェル。
他は昨日と変らないが、一人多い気がする…小さいのが増えてるのか。
ラフェルの足元から見え隠れする巨大な耳、ウサギの耳と同じだな。
「お待たせいたしました、それでは始めるとしましょう」
「聞きたいんだけど、そこの足元に居るちっこいウサギは何だい?」
「このウサギの名はミーア、今日の第一種目で戦う選手の一人ですが?」
徐々にエルの顔が引きつる、どうやら話が違う様子だ。
つかバイオレット、腕の中で暴れるな、相手がウサギだからって……いや、これは好都合かもしれない。
相手は例え人間の姿をしていようが、所詮は草食動物。
対して家のバイオレットは狼、これは食物連鎖により、こちらが有利かもしれない。
「落ち着けエル、相手は所詮ウサギ、バイオレットにとっては好都合過ぎる相手だ」
「それくらい分ってる!私が許せないのは、この女がこうしていつもずる賢い手を使ってくることが許せないんだ!」
確かに、エルの言うとおりだ。
でも相手にそれが通用するか、難しいだろうな。
もし通用するなら、エルが話し合いで終わってもおかしく無い。
それが出来ないのなら、これは仕方のない事だろう。
お互いに睨み合う二人を置いて、俺達は準備運動に入る。
相手の事は一切知らない、だからこそ、準備運動は大切なのだ。
「いいかバイオレット、無理だけはするな、だがお前なら勝てる、なんせ相手は草食動物、狼のお前なら余裕だ」
「余裕!赤ちゃんに強いところ見せる!」
「でも無理はしちゃ駄目、もし倒れたりしたらタルナトスが泣いちゃうから、ほらタルナトスもお姉ちゃん頑張れって」
「あう、あー!」
俺とタナトスがバイオレットに注意しつつ、しっかりと励ます。
これは昨晩から考えていた、バイオレットはルナに対して姉意識が強い、だからあまりプレッシャーを与えずに頑張れる様にする。
「それでは第一種目、駆けっこを開始する、ルールは簡単、どちらが先にゴール出来るか、それでは選手は位置に着くように!」
「ミーア、そんな汚らしい犬なんて蹴散らしなさい」
「バイオレット!油断するんじゃないよ!本気で行くんだ!」
魔法に寄る爆発音が開始の合図となり、二人が同時に走り出す。
ミーアとか言うウサギ、伸長は自体はバイオレットとさほど変らない、むしろバイオレットの方が少し小柄だ。
それでいてスピードは互角、大きな違いを挙げるとすれば、走り方か。
バイオレットの方は細かいが、確実にスピードを上げてる。
対してミーアの方、大股で走って距離を出しているのか。
それもウサギの特徴を利用して、脚力自体が強い感じだな、これは逆にこちらが不利に持ち込まれる可能性がでてきたかもしれない。
「どうです?家のミーアのスピード、あの子の家系は特別なんですの、昔から脚力が強いウサギたちの種族でも希に見る者が産まれやすい、その中でも異例な程の脚力を持って生まれてきたのがミーア、お宅の小汚いウェアウルフとは大違いなんですのよ」
「ウェアウルフ?そんなのと勘違いしないで欲しいね、あの子はただの狼人間じゃない、今では絶滅したと語られている伝説の存在、あのライカンスロープ族唯一の生き残り…それがバイオレットさ」
そんな話聞いたことねぇぞ、ライカンスロープって絶滅してるのか?
まず俺、ウェアウルフ?とかの違いが分らないんだが。
だがバイオレットの正体が知られると、周りの空気が代わり始めた。
こちらの方は普通だが、相手側が妙にざわついているのが気になる。
相手側の声援が大きくなる、それに負けじとこちらの声援も大きくなっていく……今一瞬バイオレットが狼に見えた気がしたんだが気のせいか?
「見えたジン?アレがバイオレットの力、ウェアウルフは狼人間、それの上には他にルー・ガルーと呼ばれる種族がいくつかいるけど、狼人間の王と呼ばれる種族がいるの、それがバイオレットの一族よ、今一瞬見えた狼の姿は信頼ある者にのみ見せると言われてる、まぁジンの居た世界だとウェアウルフとかライカンスロープの違いは国の発音だけなんだけどね」
こうして彼女を話を聞いていると、関心が持ててくる。
タナトスはかなりの博識だ、俺の知らない事を結構している、だからよく教えられる事も多い。
今のだって違いなんて全然知らなかった。
「ライカンスロープなんて…アレはとうの昔に絶滅した種族…もし生きていたなら、今頃保護されて」
「彼女が保護してるの、アンタは知らない様だけどエルはこう見えて絶滅危惧種を保護する事が出来る存在の一人、アンタみたいな金だけで物を言わせてる人間とは違うわけ、マリーナもベロニカも、レイとメイも同じ」
全部初耳だが、後で問いただすとするか。
二人と一人が睨み合っている間にも、駆けっこは終盤にさしかかっていた。
今のところは、互角と言ったところ。
この様子だと、どちらかが先に行けばゴールする距離まで来ている。
次の瞬間、ミーアが思いも寄らない行動に出始めた。
バイオレット目掛けて、砂を手に取り投げつけた、正直これには開いた口がふさがらない状況だ。
「汚いぞ!」
「ルールには、選手同士で相手の妨害をしてはいけないなんて、決めていませんわよ、決めたのは選手以外の者が相手を妨害すると言う行為のみです」
迂闊だった。
あの話し会いに、俺も出るべきだった。
エルなら安心かと思っていたが、この女に対しては冷静さを失う様だな。
「確かに、ルールを細かくしなかったこちらの落ち度だ」
「あら、ちゃんと理解をなさってるなんて、ますます気に入りましたわ、これが終わりましたら二人で綺麗な海の夜景でも眺めません?なんでしたらお食事もご用意させていただきま」
俺はラフェルの口に指を添え、最後まで言わせないようにした。
「気が早い人だ、そういうのは完全に勝利した後、勝者が言う方が綺麗に輝く、特に貴女みたいな人が言うならなおさらだ、貴女が一番輝きそうなのは…これ以上は娘の前ですので」
「なっ!ジン!ちょっと!」
「そいつは敵だぞ!君は裏切ると言うのか!?」
裏切るだなんて、人聞きの悪い。
これはあくまでも作戦だ、特にラフェルは俺に夢中のご様子だ。
最後まで、骨の髄までしゃぶり尽くすのも、いいかもしれないな。
そろそろ離れないと、後ろの二人が出す殺意に潰されそうな気がする。
「それじゃ、後ほど、海の中で会えるのを楽しみにしてますよ」
俺は作戦を考えるといい、タナトスとルナを連れ馬車に乗り込む。
馬車の中で詰め寄られるまでは、想定通り。
問題は泣かれた事、それも大声で泣くから慰めるのに時間を大分取られた。
「落ち着けって、これは作戦だ、まずは敵を騙すなら味方からって言うだろ?さっきのは悪かった、だから泣き止んでくれよ、分った、今晩はお前の言う事何でも聞いてやるから」
「それじゃあ…ひっぐ…有給取るから…一週間連続昼までコースね…絶対に離さないんだから」
お望みなら、何処までも相手をしてやる。
例え完全に記憶が無くても、一度でも本当に愛した女なら、俺はそれに答えるとするさ。
お互いに納得した後、俺達は馬車から降り、バイオレットの様態を見る。
マリーナの治療のおかげで失明はしてないものの、少しだけ砂を食べてしまったとのこと。
怪我自体が無くて良かった…あの女、必ず泣かせてやる。
「負けた……お肉なし…」
「お前は頑張った、ただ相手がウサギの皮を被った狸だったから負けただけで、別にお前が悪いわけじゃない、あとはゆっくり休んで、ルナと一緒に皆を応援してくれ」
「すまないバイオレット、私がしっかりしていれば、今夜はちゃんと肉を用意するからそれで元気を付けてくれ」
バイオレットは俺達に笑顔を向け、いつもの様に元気よく頷く。
次の競技は呪文魔法対決、どういった内容なのかまでは知らない、だがベロニカなら行ける可能性がある。
「ペナルティ!ベロニカ選手!悩殺をしようとした事により失格!」
は?今なんて言ったんだよ?
ベロニカがペナルティ?それも失格?理由が悩殺しようとした?
どう考えてもおかしいだろ!?
彼女は普通の水着を着てる、それが悩殺だと?エルはどうなると言うんだ?
「異議あり!ベロニカは色仕掛けなんていないぞ!彼女は元々外に出ないから色仕掛けなんて技術持ち合わせていない!」
「いいえ、彼を見たらどうです?家のサムは、そのベロニカを見て鼻血を流して再起不能、つまりこれは反則」
「あの…反則ならさっきバイオレットに行った行為もそうなるんだけど、これは私の不戦勝でいいのでは?正直今魔力を消費してるからあまり使える魔法ないし」
再びエルとラフェルの睨み合いが始まる。
その間にも審判の間で審議が始まった、これはどう考えてもおかしいとこちらのチームによる抗議も加わる。
だが相手は、あの眼鏡女、理屈が通用するだろうか。
「これに関しては…仕方ありません、今回は多めに」
「多め!?ふざけてるの!?バイオレットに砂掛けた挙げ句に言いがかりって頭おかしいんじゃないの!?ねぇレイ!」
「そうだよ!こんなのおかしい!最初にそっちがおこなったのに!こっちはただ水着を着ただけでだよ!勝手に鼻血を出して気絶したのはそっちだ!僕たちはこんな理不尽には屈しない!」
見事二人の抗議により、ベロニカの不戦勝と言う形になった。
メイはこちらにピースしてくるが、レイは別の方向を向いていると言うか、相手を睨み付けてる。
この調子なら行けるか…思い返すと次はエル、なんか心配になってきた。
彼女は頭に血が上ると前が見えなく鳴る可能性がある。
そこが一番心配な点だ。
「次の競技は力の対決、選手は前に出てくだ…なんですかその恰好!?」
「水着に決まっているだろう?こっちのチームは皆水着だ、それにそっちだって」
確かに、あれはかなり素晴らしい。
エルが着用していたのは紫色のヒモ水着、それも極めて細いタイプだ。
昨日来ていたのは確かマイクロビキニ、多分着替えとして用意しておいたんだろうな。
別に俺が気にするような事ではないが…本当に素晴らしいの一言に尽きる。
「…ジン、あまりエルの胸ばかり見てたら怒るよってタルナトスもしっかりと見てる!?流石はジンの子、立派なおっぱい星人に育ってる」
今は偽りでも、俺とエルが夫婦だ、大事な所を忘れてないか?
「見てみて!エルってあんな怪力なの!?あの大男ですら苦戦してる岩を軽々と持ち上げてる!」
「そりゃそうだよ、なんたってエルはいつもマリーナを運んでたんだから」
「ちょっとどういう意味よ!?それじゃ私があの岩より重たいみたいじゃない!?」
実際の所、彼女の胸二つであの岩くらいあるだろうな、何を詰め込んでるのやら。
その後もエルが重い物を持ち上げ、無事勝利を得た。
次の対決はスイカ割り、これにはメイとレイが出るわけだが。
「メイとレイ?二人合わせて命令ですね、クスクス」
「二人を馬鹿にしてられるのも今のうちだよ、二人で一人、それがあの二人なのさ」
まぁ、確かに二人で一人だよな、体が一つなわけだし。
……やはりスイカ割りと言う事は目隠しを…。
「来るよメイ、覚悟は出来てる?」
「もちろん、私達双子は二人で一人、脳が二つあれば知識も二倍、頭が二つあれば全部二倍!」
「…あれってスイカだよな…?なんか凄いデカい目が着いてるんだが……気のせいか?それ以上に巨大過ぎないか?」
「こっちの世界だとスイカって凶暴なの、体内に水分を大量に吸収して肥大化、そして甘みを増すために生命を食べるのが、この世界でのスイカ、あのサイズだとかなり濃縮してると見た、流石は金持ちのする事は違うわね」
のんきに言ってる場合かよ!?あれスイカじゃねぇぞ!?
もうあれだ!アタック・オブ・ザ・キラースイカだろ!…英語だとウォーターメロンだが、そんなの言ってるばあいじゃねぇ!
俺はエルに止める様に言うが、二人は問題ないと言う。
二人が問題ない以前に…あの化け物が問題だろうが!
「「呪文詠唱!地獄で嘆き続ける亡者達、罪無くも殺された者達、我らに力を貸せ!我らメイレイに従え!」」
す…すげぇ…海が割れ始めたぞ…。
アイツ等、あんな力を隠し持ってたのかよ…。
「負けたら承知しませんよ!早く詠唱しなさい!」
「も、申し訳ございません!詠唱!天に登りし太陽よ」
相手も呪文を唱え始めたか。
だが二人の方は既に…魔方陣が出来てるが、なんか出てきてる!スイカ異常にヤバいのが出てる!
何あれ!?魔方陣二つから巨大な犬が首出してる!
なんでメイの方はドーベルマンなのに…何故レイの方はブルドックなんだよ!?バランス考えろ!
「来るよジン、二人の魔法が…しかも召喚魔法をマスターしてたんだ、私がいない間に、ちょっと驚き」
「「オルトロス・ザ・ブレイク!」」
二人が召喚した犬の口からビームが飛んで行くが……ドーベルマンしょぼっ!
隣のブルドッグはデカい球体発射したけど、何故にそんなにしょぼいんだよお前。
まるで水鉄砲じゃねぇか、しかも水圧溜めて撃つやつの全然チャージしてない感じで。
でも以外と威力がある、あの化け物スイカが一発で吹き飛んだ。
これはどう見ても完全勝利だな、あの二人にこんな隠された力があったとは。
俺は正直二人を見直していた、特にいつも敵視してくるレイには尊敬するくらいに。
「次で最後です、選手はボートに乗って下さい、次の水泳はあの遠い島からここまで泳いで来てもらいます」
は?そんなの初耳だぞ、普通の水泳じゃないのか?
「それでは始めましょう、これで勝てば、全て私達の勝ちでいいですよね?だって心優しい貴方はそうしてくれるのを信じてます」
「ジン!絶対に勝ってね!遠いけど応援してるから、ほらタルナトスも頑張れって、飽きて寝てる?なんでこのタイミングで寝ちゃうの!?」
「いいか、よく聞いてくれ、相手はラフェル、恐らくなんとしても君を倒しに来るだろう、だが君の事だから簡単には誘惑に負けない事を信じている、あの件もTから聞いてる、見事だった、すっかり私も騙された、それでも絶対に油断はしない様に、頼んだよ」
俺とラフェルはボートに乗り、目的の島へと移動した。
「それでは並んでください!これは最後の勝負、これに勝った方が相手に好きな要求を出来ます!」
……なんか変ってね!?
いやいやいや!おかしい!絶対におかしい!
だってこれは海を掛けた勝負、それがなんで勝った方が好きな要求を出来る様になってるんだ!?
「きゃあああああああ!」
今度は何だよ!?いきなり悲鳴上げるな!
「水着が風に飛ばされて!これでは上半身裸で泳がないと!」
なんか…むなしいな…。
何だろう…こう、胸が締め付けられると言うか、可哀想に見えてくる。
あの感じだと…明かにわざとだろうし、別に興奮とかしない…胸ちっせ…。
しかもさっきからチラチラと見てくる、あ、若干腕の位置を下げたな。
……とりあえず綺麗なピンク、以上感想終わり。
「どうしましょう、審判?これは相手も裸になるべきでは?」
「ラフェル様、それ以上はお見過ごし出来ません、このようなゲスの塊にラフェル様のお美しいお体を見せるなど、今すぐこの男の目玉を繰り出します」
勝手に巻き込むんじゃねぇ!別に目玉は取れるから問題はないけどよ。
それにしても、この眼鏡女、良く近くで見てみると結構あるな、見れるならこっちのほうが断然いい。
「上に羽織っている服は脱がないのですか?」
「ハンデってやつだ、俺は力が強いからアンタを巻き込む可能性がある、だが服を着ているなら行動に制限が掛かるからな、これで均等と言う俺なりの気遣いだと取ってくれれば嬉しいよ」
「それでは、今度こそお並びください、先に浜辺へ着いた方が勝者とします、位置について…よーい!ドン!」
眼鏡女が魔法で開始の合図を出した瞬間、俺とラフェルは同時に走り出したはずだった。
一瞬だが、足が異常な程寒くなった気がしたのだが、俺は気にせず走る。
隣に居たラフェルは少し先を超されてしまった、それでも追いつけない距離じゃない。
海へ入り、海辺へ向かって泳ぐ、ゾンビになってからの二回目の海水浴、昨日は楽しかったな。
皆でビーチバレーして、バイオレットに泳ぎ教えて、ルナと三人で砂の城を作って、俺も完全に保護者になったものだ。
昨日の思い出に浸りながら泳ぐと、再びラフェルの方から悲鳴が上がってきた。
またハニートラップかと思い、無視をしようと思ったが、完全に助けを呼ぶ感じの声で横を振り向いた。
「た、たすけて…タコが…水着を、いやっ!」
ああ……これはこれでありだな。
「これはまた随分とマニアックなプレイを」
「違います!お願いですから助けてください!私タコは苦手なんです!いやっ!触手が下に!水着脱がさないで!」
何だよこれ…地味に興奮してきた…俺にはこんな性癖があったのか。
とりあえず、このまま過ぎ去るのがいいのかもしれないが……うーん。
もしこのまま放置したとしよう…するとどうなる…。
パターンA、ラフェルを助けないで戻ったことで、相手と俺達で戦争が起る。
パターンB、その場で戦いに発展してルナが巻き込まれる。
パターンC、全員から批判される。
パターンD、惚れられてメンヘラに進化。
いや!どれもいや!俺に逃げ場無いじゃん!?
「たすけて…お願い……タコだけはいや…」
ハァ…目の前で泣くんじゃねぇよ、胸くそ悪い。
俺はベッドの上とかで泣かせるのは好きだ、興奮するからな。
あと別れ話で泣かせる事もよくある、それでも……。
「助けを求められながら泣かれると、助けないわけにはいかないだろうが!軟体生物のくせに女襲おうなんて生意気なんだよ!いいか!俺が勝ったらバイオレットに謝罪してもらうからな!あのウサギにも謝罪してもらうからな!」
チッ、もう気絶してやがる。
騒がれないだけマシと思うべきか、にしても気持ち悪いな、吸盤が引っ付いてくる。
握り潰そうにも、柔らかすぎて潰せそうにない、殴っても駄目そうだな。
本当なら使いたくない手段だが、ゾンビは怪力が取り柄じゃない。
映画とかでゾンビは相手に噛みつく、それで仲間を増やして行くが、残されてるのは噛みつきしかない。
俺はタコの頭に噛みつく、するとタコも暴れ始めラフェルを放し、俺を海の中へと引きずり込んだ。
このまま窒息死させる気か?随分と頭がキレるみたいだが、既に遅い。
相手が悪すぎたな、お前の頭に噛みついた時点で感染が始まって、そこからお前は腐敗していく。
タコの意識がもうろうとしてきたのか、俺から逃げようとする、だがここで俺達は想定外の自体に見舞われる事となる。
海には巨大な生き物が沢山居る、その中で一番デカい生物は何か?そう鯨だ。
その鯨が…今…俺達の前に来て、飲み込もうとしてやがる…。
俺は急いでラフェルの手を掴んだ、仕方ないだろう、このまま見殺しにしても、一緒に飲み込まれるのには変わりないからだ。
俺が目を覚ますとそこは、とても生臭く、暗い場所だった。
ゾンビであるおかげか暗闇に対しては強い、例え暗くてもしっかりと見ることが出来る。
「さてと…ここは鯨の腹、このままじゃ消化されて汚物に大変身ってオチはいやだな」
「だ…だれかいますの?」
声のするほうを向く、そこには素っ裸のラフェルが怯えながら、辺りをキョロキョロとみていた。
産まれた姿でか、ベッドの上なら最高なのに、なんでこんな生臭いところで…マリーナの方がまだマシだ。
とりあえず明かりを手に入れないと、それから着る物だが、俺のこれ貸したら……まぁ後で考えるか。
「いいか、今からお前に左手で触る、冷たいだろうがしっかりと掴め、でないとはぐれるからな」
「ひっ!冷たい!」
ラフェルはそう言いながら、俺に抱きついてくる。
冷たいのによくやるぜ、俺は死人だから温もりを求めても、意味なんて。
「暖かい…人の温もり…」
何?俺、死人だよな?普通は体が冷たいはずなんだが。
俺は不思議に思い、右手で顔を触るが普通に冷たい…あれれ?何故か右サイドが暖かい?
何が起ってるんだ?まるで半分だけ生命が………腕が燃えてる!?
いや、燃えては居るが、もの凄く熱いわけじゃない…まるで発火して、やっぱり燃えてるよな?
「それは炎系の魔法、魔法使い……きゃあああああああ!ゾンビ!ゾンビになってます!ゾンビに丸焼きにされます!」
「騒ぐな喧しい!そうだよ俺はゾンビだ!文句あんのか!?」
しばらく騒いだ後、冷静になったのか俺から距離を取りつつも、かすかに見える炎で俺を観察し始めた。
「とりあえず俺の上着でも着とけ、さっきからお前の」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
彼女は顔を赤く染め、その場にしゃがみ込んだ。
そりゃ恥ずかしいだろうな、ずっと見られてたんだから、別に見慣れてるけどさ。
とりあえず俺は上着を脱ぎ、ラフェルの上に放り投げ、別方向を向きながら明かりを照らす。
これでも多少はしっかりと気遣いくらいは出来る。
「食べないのですか?ゾンビならば人を襲うのが常識では?」
「想像させるなよ、俺は基本干し肉しか食べない、それにしっかりと理性も保ってるだろ?でないとお前を食うどころかエル達にも襲い掛かってもおかしく無い、それよりなんで俺が魔法を使える様になってるか分るか?今まで使うことなんて出来なかったのに」
突然魔法が使える様になる事例、それは聞いた事がないらしい。
だがもしかすると、何かアイテムを身につけると、そういうことは可能だと言う。
俺には一つ心当たりがあった、今着けているこのピアスだ。
タナトスが土産としてくれたこのピアス、それ以外には服くらいしか買っていない。
恐らくだが、彼女自身もこんな力がるとは知らないだろう、問題は左耳に赤いピアスで炎が使えたとする。
では、右耳に着けている青いピアスはどうなるのだろうか?
「と…とりあえず火が欲しいです…ごめんなさい!ごめんなさい!」
さっきから妙だな、態度というか、人が変ったというような。
というよりは、もの凄く怯えている、まぁ俺がゾンビだと言う事実があっての事だろうが。
「今火着けてやる…それから今俺達の置かれてる状況を説明しておくと、ここは鯨の腹の中、飲み込まれたんだよ俺達はピノキオみたいにな]
「鯨のお腹…さっきのタコ!?あのタコはどうしたんですか!?私お嫁に行けない!」
また泣き始めたか、とりあえず鯨から脱出をする方法を優先するか。
俺はとりあえず内部を殴り着けるがビクともしない。
左手にある炎を押しつけるも、反応は無し、炎って案外便利だな、簡単に点火と鎮火を使い分けられる。
「私…永遠にここで暮らす事になりますの?お父様とお母様に会いたい!」
更に後ろで泣き出すラフェル、いい加減アイデアとか出してくれよ。
上の方ではどうなってるか…浮気とか疑われそうだな。
とりあえずは、出来る限りの事するしかない、次は飲み込まれてる廃材を持ち上げて、壁に向かって投げつける。
一応は刺さるのだが、そこまで効いている感じでも無い…ピノキオだと鼻が伸びて脱出するのに。
……いい加減泣き止めよ、うっとうしいな。
「いつまで泣いてる気だラフェル、何もしないで泣いてばかりでよ、涙流す暇があるなら何か考えよう、諦めるのは早いだろう?もしこの程度で諦めるなら、到底エルには勝つなんて無理な話だ」
「……エルに勝ちたい、でも暗いの怖い…誰も居ないのはいや…」
暗いところが怖い…だから怯えてるのか。
なる程な…確かに人は恐怖症を持ってるのは理解出来る、俺もトライフォビア恐怖症だからな。
「分った…なら俺が側にいるのは駄目か?今の俺はこうして炎を出して暗闇を照らせる、そうすれば怖くないだろ?何かあれば俺が代わりに盾になってやる、一人にはしないから、な?」
しばらく考え込む彼女を静かに見守りつつ、他の手段を考える。
右手の状態を確認するか…もしかすると水を操れるかもしれない。
手袋をい外し、袖をまくり上げる。
思った通り、右腕はまた違う力を宿している感じか…妙に冷気を放ってる気がするが、多分そうなんだろうな。
「わかりました…お願いします、ですが…外にでれば再び敵同士です…」
「フッ、そうだな…聞き分けのいい子は大好きだぜ、ところでこれを見てくれ、俺の左腕は炎だが、右腕はどうやら氷が使えるらしい、憶測だがこのピアスのおかげだろうな」
ピアスを見せると興味深そうに見つめてきた。
「聞いた事があります、この世界には伝説のマジックアイテムが存在していて、その一つに身につけた者に炎と氷の力を与えるピアスがあると、おそらくそれかもしれません…一体どこでそれを?」
タナトスに貰ったなんて言えない、ここは誤魔化すしかないか。
どう話そうかと考えていると、彼女は何故か俺の頬に手を添え、そして涙を流し始めた。
状況を理解出来ない俺、そして彼女は初めて会った時のように顔を近づけてくる。
「可哀想に…とても悲しいです、貴方のような方がゾンビだなんて…ゾンビでなければ私が婿にしたいくらいですのに」
「……悪いな、俺は既に先約がいるんだ、隣に居られるのは絶対にその人だけ…あまりふざけてないで真面目に考えようぜ」
ここでラフェルがいい案を出してくれた。
もしかすると、俺の左腕で鯨を凍らせる事が出来るかもしれないと言う。
凍らせた上で、ゾンビである俺の怪力を利用して粉砕する。
考えとしては面白いかもしれない。
「それに私は、これでも魔法が使えますの、力を強化するサポート系です」
「なら好都合だ、無駄にリスクを犯して使うより安全ってもんだ、始めるぞ」
俺は鯨の内壁に振れる、すると一気に氷辺り一面が氷始めた。
そこへラフェルが詠唱を始め、俺の体に触れる。
これが彼女の力か、肉体に力が漲っていくのがハッキリと分る。
先ほどまでとは違い、俺達の周りは一気に凍りついた。
……これで、後は砕くだけだ!
「俺達を飲み込んだ事を、後悔しろ!この馬鹿鯨がぁ!」
力一杯の一撃を叩き着ける、すると鯨の肉壁に日々が入り、水が流れ込んでくる。
大量の海水が流れ込み、俺達は巻き込まれた。
次に目を覚ましたのは…浜辺で、俺の隣にはラフェルが気絶していた。
後でどう説明しよう…絶対に怒られる…だって…俺水着だし。
衝撃のせいで、俺の左腕に掴まったラフェルが来ていた上着…全部燃えてまた裸になってるから。
鯨に飲み込まれた二人。
その後、強力をして脱出に成功する。
だが裸になったラフェルを見た全員の反応は一体!?