第十一話 長いお使い
普通に食事をしていたジン達。
突然、ジンの体に異変が表れ始める。
それはある晩の事だ。
俺達は普通に食事をしていた。
今日の食事当番はメイとレイの二人が作る事になっていた、
メニューは至ってシンプル、四つの頭を持つ巨大な鳥の丸焼き。
ただそれだけで、全員分の食事が間に合う。
俺は普段から干し肉を食べているが、しっかりと火を通して、焼き加減をウェルダンにしてもらうと食べる事が出来る。
普通の肉では柔らかすぎるからだ。
生の肉を食べることも出来る…それが悲劇を招く引き金となる可能性もありうる。
これは事前にタナトスからも注意されていたこと。
下手をすると理性が飛ぶ可能性がある、だからこそ注意が必要なのだ。
「なかなか良い鶏肉だ、味付けも素晴らしい」
「そうでしょ?今回の味付けは自信作だから、ジンはいつもただの干し肉で飽きると思って、しかも提案したのは」
「これは僕なりの罪滅ぼし、疑った事に対しての…せめてもの」
罪滅ぼし…結局は微妙な謝罪しかされなかったな。
顔面に跳び蹴りされた挙げ句に、罵倒までされた…しかも大ダメージを負った上での事件を解決したってのに。
「美味しいでしょ?タナトスお姉ちゃんからジンは辛党だって聞いたから、激辛にしてみました」
「確かに辛党だが…コイツはちょっとやり過ぎだな…見てみろ、いつも以上に腕から炎が吹き出してる、むしろ止らないぞ!」
俺は食卓を飛び出し、マリーナの部屋へと向かって行く。
吹き出す炎が止るどころか服にまで引火し始め、髪から全身にまで火がついてしまった。
燃えるゾンビが全力疾走で廊下を走る、なんてホラー映画だよ。
急いで扉を開き、裸で泳ぐマリーンを無視して飛び込む。
「な!なんで燃えてるの!?」
「退け!焼き魚になりたくないならそこを退け!」
プールの水が火傷に染みる。
考えると片腕を凍らせるという手もあったが、そこまで頭は回らない。
そこまで考える余裕自体が無かったからだ。
「ふぅ…助かった…遅くなったが邪魔するぜ」
「邪魔するぜって…乙女の部屋に無断で入って来るって、正直あまり良いこととは思わないんだけど、まぁ今回は燃えてたから仕方ないけど…」
確かに、いきなり飛び込んだのは失礼かもな。
それも相手は素っ裸と来てる。
下半身が魚だから別に俺は気にしていない、上は女だがまるで巨人だ。
彼女はその巨体を腕で隠すが、下を隠してもお前は普段と変らないだろうが。
「ところで何が起ったの?もしかしてタルちゃんに火着けられたとか?」
あの子が俺にそんな酷い事するかよ。
「メイとレイが作った鶏肉を食べたら、魔力が暴走したらしくてな、炎が止らなくなって引火した」
「鶏肉食べて魔力が暴走?そんなの聞いた事ないわよ、もしかしたら薬を仕込まれてたとか…でも二人がそんな事をするはずもないし…」
二人は薬なんて混ぜる事はしない、確かにそうだ。
それにエル達のは普通の味付け、俺のは激辛だった。
しかし、辛いからと言って魔力が暴走することなんてあり得るのだろうか。
マリーンの考えでは、薬の可能性が高いと言う。
だとしても、一体何の為に薬を混ぜると言うんだ。
下手をすれば周りの被害は大きいはず。
「調べてみるか…ベロニカと確認をするから水着に着替えろ」
「え?なんで私が?二人で調べればいいんじゃ?」
俺は人でが多い方が良いと説明をする。
それに彼女はベロニカの手伝いをする事が多い、だから薬についても詳しいはずだ。
問題点は、自ら腕を上げると直ぐに炎が吹き出す。
仕方ないので、利用不可能を承知で俺は左腕を凍らせた。
切断をしょうと思えば出来る、だが痛いので断念する。
「お前…さては飯の時間だっての忘れてただろ?」
反応からしてそうなんだろうな。
驚きの表情でこちらを見つめてくる、多分エルは呼んだのだろう。
それで適当に返事して、忘れたってところか。
全くコイツは…忘れ癖が相変わらず酷いな。
「それじゃ行こ、てか私の胸とか普通に見てくるようになったよね?流石に私女の子だから恥ずかしいんだけど」
「恥ずかしいなら常に水着で泳げよ、俺の前で居ると言う事はつまり、裸イコールOKと受け取るタイプだからな」
マリーンに水を掛け掛けられながらも、プールを上がる。
左腕が使えないだけでも、大分不便だな。
食堂に集まった俺達三人。
一応二人には、今日使った調味料について聞いたが、大して怪しい言動は無かった。
使用したという調味料は唐辛子ににた木の実、フレイムチェリーと呼ばれる物らしい。
見た目は唐辛子だが、木に実ると言う特性と二つの実で繋がっていると言う、まさに唐辛子のさくらんぼと言える。
考えてみると面白い物だ。
他にもバナナのように実がなる唐辛子もあるとの事、それはバナガラシという、なんとも微妙な名前らしい。
そんな事を考えつつ、調味料を調べる。
「辛ッ!私、ゲホッ!辛いの、ゴホッ!超苦手なんだけどオェッ!」
調味料の臭いを嗅いで噎せるベロニカ。
俺は彼女の背中をさすりながら、何か分った事がないか聞く。
「正直わからない…とりあえず全部持ち出して、部屋で薬品に浸して調べてみるけど…結構時間掛かるかも」
「別に構わないさ、それより魔力の暴走を押さえる薬はあるか?左手が使えないせいで不便すぎる」
「確かに不便かもね、タルちゃん抱っこ出来ないし、オムツも替えてあげられないもんね」
今ルナはエルに託してある。
マリーナの言うとおり、このままではルナを抱っこしてやれない。
それどころか、バイオレットの遊び相手すらも出来ないのだ。
そうなってくると、二人は機嫌が悪くなる。
「聞いてよ、ジンってば私が泳いでたら突然プールに飛び込んできたの、それも裸見られたし…もうなんでこうなるの?」
「もう割り切りなさいよ、私はあの事件があってから、ジンに裸見られても別になんとも思わなくなったし、むしろ見られると興奮するというか…新しい世界に目覚めたって感じかも」
マジかよこいつ…そのうち変な恰好で外とか徘徊しないよな?
多少罪悪感が湧くが、俺の責任じゃないだろう。
これは目覚めた本人が悪い。
そのうち俺の前に現れたら…悪くないか。
ただルナとバイオレットには悪影響だな。
「新しい遊びに目覚めるのはいいが、子ども達には見せるなよ、もし二人に影響与えたら…どうなるか分ってるな?」
きっとそんな事はしないだろうが、念の為に釘は刺しておく。
ベロニカが調味料を持って部屋に戻ると言う事で、俺も薬を貰う為に着いていくことにした。
背中にはマリーンを背負いながらだ。
大分彼女を運ぶ事には馴れて来た。
「はい、これを飲めば一時的には収まると思うから」
俺が完全に収まる薬は無いか聞くも、無いと言う。
彼女曰く、まずは原因を見つけ出して、しっかりと合った薬を使用しないと意味が無いそうだ。
「じゃあ調べるから、食事は部屋で取るから、あとセイレーンの歌声って言う石とハルピュイアの無精卵を買ってきておいて」
そんなの何処に売ってるんだよ。
例え売っていたとしよう、絶対高価な物ばかりだろ。
聞いた事ねぇよ、セイレーンの歌声とかハルピュイアの無精卵とか。
つか店くらい教えろっての。
「あ、あと吸血鬼の鮮血も不足してるから、それもお願い、出来るだけ純潔のいいかな」
「へいへい、分ったから店の場所を言え、でないと買い出しが出来ない」
話しを聞いたところ、店の場所は少し遠いので、明日の朝一に行くことにした。
時間的に既に夜中、ルナとバイオレットはもう寝ているはず。
俺はエルが寝かし付けてくれている事を信じながら、何故か屋上で星を眺めていた。
どうしてここに居るのか、俺自身も理解出来ていない。
不思議と月を眺めていたと言う感じだ。
今日は特に綺麗な満月だな、若干赤みがかってるのがまた良い。
「あ、ジン…なんでここに居るの?」
声のする方へと振り返ると、こちらを見つめるメイとそっぽを向くレイが居た。
二人は若干戸惑う様子を見せるも、少し安心したような表情へと変る。
「なんかな…たまには月を見るのも良いかと思ってよ、お前達の方こそどうしたんだよ?」
「眠れなくて…私達じゃないよ、料理に変な物なんて混ぜてないから!」
俺はメイを落ち着かせ、疑っていない事を話す。
実際に二人を疑う理由がない。
普通であれば疑う所だが、この二人に関しては、そこまでやる度胸すら感じられないからだ。
「普通は僕達を疑うのが普通では?」
「お前は疑って欲しいのか?違うだろ?俺はお前達がやったなんて思ってないから安心しろよ」
「ジン…やっぱり優しい…」
メイの方は信用してくれてるみたいなんだが、レイの方は何故疑いの目を向けてくる。
お前は何を言っても意味がないのか?
流石の俺も傷つくぞ?
ため息をつきながら、俺は二人の頭を軽く撫でて、その場を後にしようとした。
すると、後ろから服を掴まれる。
メイが何か用があるのかと思い振り返ると、顔を赤くしたレイがこちらを若干睨んでくる。
「ななな、なんで僕の頭を撫でるんですか!?死ね!この変態!」
「落ち着いて!ごめんジン!ちょっとレイの様子がおかしいから先に部屋に戻らせて貰うから!」
そういうと、二人は走って行ってしまった。
……俺が先に部屋へ戻ろうとしていたのに。
あのレイの反応…手応えありか?
多分俺の経経験上、手応えはありだな。
アイツは俗に言うツンデレってやつなのか?
実際俺は、ツンデレには会った事がない。
あるとすれば…いや、思い出すだけでも恐ろしい。
「明日も早起きか…ゾンビに早起きって普通おかしいよな…俺の体内時計が狂ってるだけか」
俺は部屋へと戻り、ベッドの中へと潜り込んだ。
正直、体の傷が痛む。
全身に火傷を負ったからだ。
一応は薬を貰って置いたが、コイツがかなり苦い。
どこかで飲んだ事のあるような味だが、思い出せない。
薬の副作用のせいか…徐々に視界は霞始め、気がつけば眠ってしまった。
馬車に揺られながら、俺とエルは買う物を確認し、バイオレットとルナは外を眺めはしゃいでいた。
「ハルピュイアの無精卵は知っているが…セイレーンの歌声というのは聞いた事すらないな、それも石となってくると…録音石に記憶したというものだろうか」
「どうなんだろうな、ベロニカはそこの所を詳しくは話してくれなかった」
「ちょうちょ!ちょうちょきた!……ぶわくしょい!」
なんだよ…今のおっさんがしそうなくしゃみ。
バイオレットのくしゃみに驚きながら、俺とエルはお互いを見合わせた。
このくしゃみには彼女も驚いたようだ。
俺は笑いを堪えようとしたが、エルに釣られて共に笑ってしまった。
「バイオレット、あははは!女の子がそんなくしゃみをするものじゃない、あははは!」
「お前面白過ぎだろ」
きょとんとした顔でこちらを見つめてくるバイオレット。
その隣で状況を理解出来ていないルナが、俺達を見て楽しげに笑い掛けてくる。
「聞いたか?バイオレットのくしゃみ面白いな」
俺はルナを抱き上げ、膝に乗せてやると、バイオレットもこちらに掛けよってくる。
それをエルが抱き上げ、膝に乗せた。
膝の上ではしゃぎ出す二人。
可愛いやつらだよ、本当に。
そんな事を考えて居る間にも、俺達は目的地に到着していた。
「ここが…随分と寂しい場所だ…」
「確かにな、酷く寂れてやがる…人間の気配とかは感じないな」
俺達が訪れた場所は、人の気配が一切感じられない街。
これがゴーストタウンって言うやつなんだなって、俺は心の中で感じていた。
バイオレットが手当たり次第に匂いを嗅ぎ、人を探し始めた。
ベロニカの話では、この街にある店で必要な物が買えると聞いていたのだが、人が居なければ意味が無い。
「どうする?人が居ないみたいだぞ」
「……もしかすると、幽霊が相手なのかもしれない」
幽霊か、あり得るかもしれない。
これまでの経験上、幽霊が取引相手でもおかしくはない。
「別に良いんじゃねぇか?場合によっては俺が相手をしてやるよ」
幽霊に物理は通用しない。
昔の俺なら戦えなかっただろう。
だが今の俺は魔法が使える、ただし……氷だけしか使えないのがネックだ。
右腕は凍らせてある、故に使えない。
「頼もしいよ、結婚したタナトスが羨ましい…今までは、私が皆を守ってきたが、こうして守られる立場も良い物だね」
「当たり前だ、お前もタナトスも、バイオレットもルナも、館にいる奴ら全員が俺の大切な家族だ…もし手を出す野郎がいたら…殺しちまうかもしれないな」
俺の言葉に対し、彼女は笑い始めた。
「嬉しいね、少し気が楽になった気がするよ」
「もしかして惚れたか?」
ただ単に、冗談で彼女に言った一言。
言葉と言うのは時に、とんでもない効力を発揮するものだ。
それは俺自身がよく知っている事。
長い事、女遊びをしていないだけで、忘れてしまうなんてな。
言葉こそが最強の武器ってことだ。
戸惑う彼女を見ていると、心苦しくなるの何故なんだろうな。
「パパ大好きー!」
「うお、バイオレット…俺もお前が大好きだぞ」
「人気者だな、君は本当に女性を引き寄せる、罪な男だよ」
彼女の言うとおりだ。
外の世界に居た頃は、こんな大人しくはなかった。
理由の一つは、この傷だらけの顔。
事故に遭い、俺は自慢だった顔を失った。
頬の肉を亡くし、歯茎はむき出し、目玉は外れる。
他にも、片腕は骨だけ、体の一部も肉がない。
だが一番の理由、それは家族が出来たことだ。
「あそこの店から気配を感じる、一応警戒はしておいた方がいいかもしれない」
確かに…何かの気配を感じられる。
場所は目の前の酒場。
それも地下があるのか、下の方から感じ取れる。
もしかして、ベロニカの言っていた店は酒場の下にあるというのか?
俺達は警戒をしながら酒場の中へと入っていく。
「ただの…朽ち果てた酒場か」
「朽ち果てたとは失礼な、ここは夜になれば綺麗な時だった場所に戻る素晴らしい酒場、それをなんという言いぐさ、これだから生者は嫌なのじゃ」
突如聞こえてきた声の主は、見た目はとても小さい子ども。
黒いフードを着て、漫画に出てくるような渦巻き眼鏡を掛けた少女がこちらをカウンタ-越しから眺めていた。
とりあえず、こいつ絶対子どもじゃないな。
明らかに雰囲気からして違う。
体型は子どもだ、バイオレットと同じか、あるいは少し大きいくらい。
一番の子どもではないであろう理由は、片手にウィスキーを持っていることだ。
こんな小さいガキが飲んだら大変な事になる。
「言い過ぎた、悪かったな」
「分ればよいのじゃ、では始めようかのう、ここへ来たと言う事は何か欲しい物があってであろう?何が欲しい?いにしえより伝わる禁断の媚薬、禁じられた呪術のアイテム」
「ここで間違いなさそうだ…すまないのだが、このメモに書いてあるもが欲しいのだが、置いてあるだろうか?」
エルが店主らしき女にメモを渡す。
すると女は興味深そうにじっくりと見た後、カウンターを乗り越えこちらに寄ってくる。
「なるほどなるほど、これは面白い…ゾンビにエルフ、ライカンスロープに……不思議な赤子か」
この女、俺達の正体を見破ったのか?
だがエルとルナの事を、完全に見破る事は出来ない様だな。
もしルナが神の子どもであることを見破られれば、大変な事になっていただろう。
ある意味助かったと言えるのかもしれないな。
「着いて来たまえ、人間以外の者は歓迎だよ…この間来た者は酷い奴じゃった…ハァ…」
「酷い者?」
女は俺の問いに対し、一度振り向いたが、再び深いため息をついた。
「酷い者じゃった…いきなり店に来たと思えば突然じゃ、強力な媚薬を要求してきての、出してやれば値段にケチをつけ始め、その後は再び来たと思えば失敗したのをワシの所為にして…強力な秘薬、人舐めするだけで魔力が数倍に膨れあがるが、大量に服用すれば逆に力を暴走させる秘薬をただでもって行きよった」
……強力な秘薬だと?
それに強力な媚薬。
俺の頭には、ある物が引っかかっていた。
「その秘薬ってのは、もしかして辛いのか?スパイスみたいに」
「そうじゃ、見た目は普通のスパイスと一緒じゃがとても強力でのう、その辛さに耐えるのは至難の業、特に炎系の力を持つ者が服用なんてすれば一瞬で全身が燃え上がる事もある」
「ジン…これはもしかして…」
どうやらエルも気づいたようだ。
これにはある共通点がある。
強力な媚薬、まずこれは以前ラフェルが俺に盛ってきた。
干し肉にこっそりと入れていた。
次に、強力な秘薬について。
効果を聞いたところでは、俺の症状にそっくりだ。
もしかすると……ラフェルの奴が何か企んでいるのかもしれないな。
「店主、つかぬ事を聞きたいのですが…その者は、金髪で人形の様な雰囲気ではなかったですか?」
「………そうじゃ!金髪で白いドレスを着ておった!何故か店の中でも傘をさしおってからに、大切な商品を棚から落としおったのじゃ!おぬし等、あの女と知り合いか?」
「知り合いと言えば知り合いだが…こちらは敵対しているつもりなんだがな…あっちから突っかかってくる」
俺の腕の事件、完全に犯人が判明したな。
だがどうやって館に侵入したんだ?
あの女はまさか、未だに館の中にいるというのか?
となると非常にマズイ状況だ。
「買う物買って帰った方が良さそうだ…昨晩の事件も、あのアマが原因だ」
「分ってる、今の話しを聞いて私もハッキリと理解が出来た、あの女とは本当に決着を付けなくてはいけないようだ…これはあくまで私の予測だが、ラフェルは君から私達への信用を失わせる事が目的なのだろう」
油断出来ない女だ。
更に警戒を強くする必要がある。
それから二人の前に突きだして、謝罪させてやる。
「ゾンビくん…どうやら秘薬を服用しているようじゃね、その右腕から放たれる強大な冷気、左腕からも冷気は感じられるが…中から強大な熱を放っているのが分る…さては盛られたといったところじゃね?」
凄いな…そこまでしっかりと見抜くか。
「ご名答だ、見事に薬を盛られたせいで炎が止らない…だからこうして凍らせてるんだ」
「二つの力、それも相対する物を使うとは…おぬしの持つそのピアスが原因じゃな?面白い物を見せてもらった礼に、その治してやろう」
案外いい人なのかもしれないな。
俺達は地下へと案内された。
地下は薄暗く、かなり冷え込んでいたが、直ぐに見えた扉を開くと嘘の様に明るく暖かい空間が広がった。
大量の戸棚、そこにはベロニカが好みそうな薬品類が大量に並べられている。
「えっと…あの秘薬には何が効くんじゃったかな…そうじゃそうじゃ、八つ頭蛇の毒牙をすりつぶした粉…それと、マンドラゴラの笠一つに発狂鴉の卵を二つ、ドクヤミ草の種を三粒、これを全てすりつぶしてと」
女は怪しい薬を作り始めている間、俺達は棚にある物を見物させて貰う事にした。
棚に置いてある物はどれも見た事がない物ばかりだ。
「ちょいとゾンビくん。これを飲んでくれないか?」
女はいつの間にか、俺の後ろに立っていた。
手には何か黒と紫色の混ざったような玉を持ち、俺の口元へと押しつけてくる。
「ほら、多少苦いが死ぬことはない…これを食べれば君の肉体で起っている副作用を止める事が出来るんだ」
「食べるんだジン、ベロニカが信用している店なら大丈夫のはずだ」
俺は、エルを信用して薬を飲み込んだ。
口の中に広がる苦み、人間が食べるようなものじゃない味だ。
想像以上の苦みに俺は悶絶しながら、咳き込んだ。
しかし不思議な事に苦みは突然として、甘味へと変って行く。
……甘すぎる!
「なんだよこれ……歯が痛くなりそうだ…」
「それはドクヤミ草を入れたからじゃ、本来は気絶するほど苦い薬なのじゃが、私が研究を続けた事で甘みを入れる事に成功したのじゃ」
気絶するほど苦い…だと?
俺は救われたと言う事か。
「すみません、薬を調合して頂いて」
「いいんじゃよ、死人同士助け合いが大切じゃ、私もここに住んで数千年は立つのじゃが、おぬし達はなかなかに面白い、特に彼からは多少じゃが神の力を感じ取れる、そこの赤子からもじゃ…おぬしからは悪魔の力も感じ取れるのは、不思議なものじゃな」
完全にお見通しかよ。
こいつは完全に恐れいったぜ。
俺達の驚いた表情を見て、女は笑みを浮かべ始める。
棚に飾ってある石を取り出すと机の上に置き、何処かへと行ってしまった。
「多分これがセイレーンなんだろう、だとすると卵を取りに行ってくれているのかもしれない?」
「とりからたまごをとりにく」
「どうしたんだよ?なんか今日のお前、妙にオヤジ臭いぞ?」
馬車の中でのくしゃみといい、今放ったオヤジギャグといい、本当にどうしたんだ?
少しエルも心配している様子だ。
ルナに関しては腕の中で眠って居るから良いが、まさかバイオレットにも何かされているんじゃないか?
もしそうなら、俺はラフェルをこれ以上許す事は出来そうにないな。
もともと許す気なんて、微塵もないけどよ。
「よいしょっと…ふぅ、相変わらず重たい卵じゃ」
机の上に乗せられた卵。
それはルナよりも大きく、バイオレットと同等くらいの大きさだった。
流石にここまでの大きさは予想していなかった。
「これが卵じゃよ、こんな対して価値のない物を欲しがるのはどうせベロニカの奴じゃろう?あやつにもたまには顔を出すように言ってくれんかの?エリザベスが会いたがってると」
この女、エリザベスって名前だったのか。
「ベロニカとはどういったご関係で?」
「あやつはワシの姪じゃ、弟の娘、あやつに魔術等を教えたのもワシじゃよ、あやつの事は水晶を使えばいくらでも見れる、だからおぬし等の事は何でも知っておる」
この間のライカンスロープといい、この女といい、最近は親戚に会うことが多すぎないか?
そのうちエルとかマリーナ、メイとレイの親戚とかに会うことになりそうで怖いぜ。
「お代の方はおいくらですか?」
「ああ…本来はかなり高額なんじゃが、ベロニカの奴が世話になっておるからのう、この石も使い道は限られる上に高価過ぎてまず買う輩はおらん、卵も同様じゃ、だから代わりと言ってはなんじゃがあやつを、ここへ来させるように説得してくれんかの?」
「それくらいなら問題ないですよ、なんだったら引きずり出してでも連れてきましょうか?逃げ出せないように素っ裸にして担いで来ますよ」
俺の言葉にエリザベスは笑い始め、いいかもしれないと答えてくれた。
冗談が通じてくれる人でよかった。
もしこれでキレられたら大変だ。
「ジン、ルナは私が預かるから卵と石を頼む」
「了解だ、ほら、寝てるからそっとな」
彼女にそっと眠るルナを託す。
ここで泣かれれば、弁償することを考えたら背筋が凍りそうになる。
見るからに全てが高価な物ばかり、素人の俺が見ても分る。
その後は無事、馬車っへ運び込み、俺達は館に戻る準備を始めた。
するとエリザベスが俺に助言をしたいと言う。
「よく聞くのじゃゾンビくん。館に帰ったらまず自分達の部屋、丁度ベッドの真上に誰もしらない空間がある、そこはかつての住人が作った物置のような物じゃが、そこを調べてみるがよい…必ず皆を連れて行く事を忘れる出ないぞ…最後に、明日は君の大切な人が来る、そこで修羅場があるかもしれんな……幸運を祈る!」
彼女に見送られながら、俺達は店を後にした。
外に出る頃には既に暗く、夜になっていた。
ここで俺達は不思議な事に気づく。
街が、とても明るいのだ。
人の気配なんてなかった街が、もの凄くいきいきとしている。
後ろを振り返るとエリザベスは、お客らしき人達を店の中に招き入れている最中だった。
そして、こちらへ向かって親指を立て、笑顔を見せてくれた。
館に戻り、俺は皆を集めて屋根裏を調べた。
そこには、腹を出していびきをかきながら眠るラフェルの姿。
俺は無言で彼女を引きずり出し、皆の前に突きだした。
「本当に居たぞ、この馬鹿女」
「私達の作った料理を台無しにしてくれたみたいね?」
「正直僕達はもの凄く怒ってる、覚悟は出来てるよね?」
空気が徐々に禍々しく変って行く。
「やっほー!奥様のご帰還ってあれ?なんでこの女がここにいるわけ?しかも淫らな姿で…体型からして私の勝ち!」
「お前酔っ払ってるのか?丁度良い、この女が館に侵入した挙げ句に俺に毒を盛りやがった…それにお前の妹分達の料理に細工をしてだ」
タナトスの真っ赤な顔が強ばり始め、怒りの表情へと変わり始める。
完全にキレてるな。
「二人共…この女、どうして欲しい?」
「「制裁を!」」
「ほどほどにな、アルコールが回ってるなら無理はするな」
俺達は部屋を後にした。
彼女から二人っきりにして欲しいと言うオーラが感じられたからだ。
静まり帰る食堂。
ただひたすら彼女による制裁を待つだけ。
そんな時に、二人は俺の前に、干し肉を置いてくれた。
食卓に座る全員の前に料理が並べられていくが、いつもならエルのを最初に置くことが暗黙の掟になっていた。
しかし、彼女達は先に俺の前に料理を置いた。
「昨日…あんな事があったから…エ、エルが先に食べさせるようにって!」
「そ、そうなの!エルが苦労してたからって!」
二人の動揺を見て、俺はエルの方を軽く見た。
彼女は視線に気づき、優しく微笑みながら、食事を始める。
俺も同様に食事を始めた。
気がつけば更に乗っていた干し肉は全て食べ尽くしていた。
食事が終わり、俺は立ち上がり、二人の元へと向かった。
「美味かった…また次も楽しみにしてる」
そう言うと、俺はルナを抱きながら衝動を後にした。
体の異常が治ったジン。
日常が戻ったように思えたが、彼はまだ面倒な自体が起る事を知らなかった。




