8.武器屋と紅の鎧の女性
登場人物に複数の呼び名があって、分かりにくいという意見をいただいたので、
勝手ながら、すでに掲載済みの「7.職業案内」での透、由久の登録したときの名前、
「ネイラ」「ツゥタケ」を、「トオル」「ヨシヒサ」に変えさせていただきました。
「お、あったあった。」
ほっと胸を撫で下ろす透と、透の方向音痴に呆れる松之介。円形状になっている街にある表通りも当然、輪になってつながっている。
しかし、それにも関らず、この通りに入った後も武器屋に気付かずに、二人が見つけたのは二周目が終わって三周目に入った時だった。
「………なんなんだこいつは。」
歯を食い縛り、口元をほとんど動かさず松之介が呟いた。こめかみには薄らと汗が滲んでいる。
「そんな事はいいから、早く買っちゃおう、な?由久だって待ってるわけだし!………まぁ、あいつはくたばって貰ってもヨロシイノデスガ。」
最後に本音を言いつつ、恨みを込めた据わった目で見てくる松之介の背中を押しながら武器屋に入っていく。ふと、入口に立っていた番人のような男の人に睨まれたような気がした。
透は気付かないフリをしつつ微妙にいやな気分になりながらも、だらける松之介を押して入っていく。 入ってみると中は結構広い店だった。だが、それに反して人が少ない。疑問に思った透はすぐに答えが浮んだ。
――武器屋さんだからか!………毎日売れる状況ってとってもあり得ない状況だろうな。
自分の馬鹿げた自問自答に笑っている透を尻目に、松之介は店内をスタスタと歩いていく。
店に入ってすぐのところに立っていた透は、足元に謎の赤い字を書かれた籠を見つけた。
「特売五百ゴールド!」と読めたその籠には実に多種多様な形状の、剣類の武器が入っている。横の傘立てのような円柱状の籠には槍が無造作に入れられていた。 眺めているだけでも透は楽しめたが、不意にその武器がなんとなく粗悪品に見えた。
無理もない。「特売五百ゴールド!」と書かれているのだ。
透は顔を上げてあたりの武器を見渡した。
一本ずつ丁寧におかれている武器はちゃんと手入れが行き届いているようで特売品とは違い、気品というものがあるような気がする。ぱっと見ただけでも全部が1,000ゴールド以上の値段だった。
透は、自分も剣がほしいな…と憧れの含んだ目で眺め始めたころ、足音が近付いてきた。 目をやると、独り歩きしていた松之介が店内をくまなく見てきて、一周して戻って来たところで…と、思ったらまた歩いていった。
今度は透もついて行くと、ナイト級と書かれた棚に飾ってある剣に目が止まっている。
ナイト級って………お前はどちらかと言えば、斧持って戦う戦士だろう!と言いたかったが、言葉に出すと殴られることが分かっていたので、透は心の内に思っているにとどまった。 暫く眺めていると、松之介は決心したかのように、眺めていたナイト級の中から一つの剣を手にする。
両刃の剣で、刃渡りだけで片腕一本半ほどの長さ。特別な所は何も無く、無駄な所もない。少し長めの標準的な鋼の剣だ。
松之介は色々と持ち替えてみて一人で頷き、最後に刃の部分を見ると、また鞘に戻した。確かに、松之介の体格の良さであれば、その剣は中々いいかもしれない。
「よし。これだ。………二千か。ヨル、これにするから買って来い。」
一人でに呟いたと松之介が突然、後ろに立っていた透に剣とお金の入った袋を差し出す。
「な、なんでだよ。」
松之介が頼むそぶりもなく当然と言った感じに反感を覚えた透は、剣を押し返しながら反発するも、「お前のせいで一時間も武器屋を目指してさ迷ったんだぞ。」と言って松之介は催促するように突き返した。
「んな………!」
無言で剣を差し出す松之介。
「ぅう………ちぇっ。」
渋々、松之介から剣をひったくるとカウンターに持っていった。
「………これ、下さい。」
不貞腐れた調子で、清算するためにカウンターに置く。置く時に慎重に力を抜いたつもりが、剣は思った以上に重く、ゴンっと音を立てて台の上に落ちた。
「はい。えーっと………二千ゴールドになります。」
カウンターの女性が剣を持ち上げて値札を見ると、顔を上げて明るい営業スマイルして言った。
「はい、二千ゴールド………。………。ごーるど?」
ハッとして透は頭の中が真っ白になった。始めたばかりの透が金貨の単位など知る由もない。助けを求める様に松之介をチラッと見たが、知る訳が無いかっと断念。オロオロとしながら、途方に暮れているとカウンターの女性が困ったように笑いかけてきた。
うん、とても困った。店員の口から更に状況が悪化する言葉がでた。
「あの、失礼ですが、単位が分りませんか?」
と言って来た。顔が熱い。汗がとめどなく流れて行く気がする。
「え、あ…え〜っと………。」
透が俯き加減にぼそぼそ言っていると、店員からさらに思いもよらぬ言葉が出てきた。
「え、いえ、別にいいですよ?最近、他のお客さんにも時々、硬貨の単位が分らない人がいますから。」
驚いて店員の女性を見上げた。透の急な態度の変化に、店員が多少動揺しているのがわかる。
「あの………ひょっとしたらと思っただけでして…」
「ぜ、ぜひ、教えてください!」
台に手をつき身を乗り出して叫んだ。広い店にいる、少ない客が何事かとその場から首を伸ばしてカウンターに注目する。店員の言葉は、思ってもみない助け舟だった。
女性の説明によると、
銅貨は、一ウィック。銀貨は、十ウィック。金貨は一ゴールドで、一ゴールドは五十ウィックであるらしい。
それ以上の単位は、五十ゴールドで二ミリの金板。二百ゴールドで、同じく二ミリで金だが、少し大きめの金板。つまり、ゴールドと呼ばれる単位は、全部で五種類有るわけだ。
さらに、それぞれ金貨には呼びながあり、銅貨がウィック。銀貨がシールで金貨がゴールド。カードほどの大きさの金板はそのままカード。それよりも少し大きめの金板がウィリオンと言うらしい。
透は早速袋の中から、金貨を全部出して数えてみた。いろいろな形のお金が入っているが、全部が説明にあったのと同じ様な形だ。残念なことに、ウィックという銅貨とシールという銀貨は見つからなかったが。
次々に小分けしてお金を数えて行く内に、透の顔は再び青白くなっていった。合計金額が一八五〇ゴールドしかなかったのだ。
これはこれで固まる透は思考回路が止まりかけていた。あれだけ丁寧に教えてもらって、さぁ買えるぞ!と思った次にはお金が足りないときたのだから。
泣きべそかいて、やっとの思いで落とし穴をよじ登った途端、叩き落とされた気分だ。
「……………。え〜っと………。」
これにはカウンターの女性も助けることが出来ずに気まずそうに透から目をそらした。サービスの限度を越えてしまうので、お金を誤魔化すということもないだろう。
それにしてもこの店員はやさしい。「お客様、申し訳ございませんがお金がたりません。」などと言って一刀両断するのが普通だろうに。
暫く黙っていて、やっと透の思考がはっきりしてきた。仕方ない。「やっぱりいいです」と言って潔く松之介に諦めてもらうことが一番無難だ。
(どうしようかしら………。負けてあげる?でも店長さんにどういいわけしよう…150ゴールドなんて金額、肩代わりできないし…)
チロチロとこちらを見る店員の口からは、ぼそぼそとした聞こえずらい独り言が聞こえてきている。
「あなた、一五〇ゴールド足らないのね?」
絶望に打ちひしがれていると、突然、後ろから女性に声をかけられた。振り返ると、鮮やかな紅色の鎧で身を包む女性が立っていた。店員さんも思わず驚いた顔で視線を移す。
女性は、エメラルドグリーンの髪にポニーテールで前髪を左目の上で七三分けしていた。
頭には顎の下まで伸びる紐のついたニット帽の様な形の、赤い革製のヘルメットを着けている。ブレスプレートは外しているのか元々ないのか、つけていない。鎧のインナー服としてクリーム色に近い白の服を着ていた。
透より背が高い。今の透は背が縮んで一六〇前後の身長なので、女性は一七〇近いことになる。
「一五〇ゴールド………いいわ。それくらいなら、わたしが出してあげる。」
そう言うと女性は腰のから『カード』を三枚、カウンターに出した。店員さんが「それくらいなら」という言葉にとても驚いてたが、彼女の左手首を見た途端、「あ」と言ってその顔から驚きの表情が消えた。
「あ、あの、そんなことしてもらわなくても!迷惑でしょうし………。」
一方の透はとても狼狽していた。思ってもみないことが起こったことに慌てて、両手を振りながら首を小刻みに横に振る。
初対面の人間にこんなことをしてもらうなんて…恐縮極まりないといった様子の透に、その女性は透の肩に手を乗せる。 ただでさえ人見知りをする透は、女性に対しても不慣れなため、ビクッと体を揺らした後、にわかに顔を染める。
「人の好意は、素直に受けとっておくものよ?」
顔さえ上げられずに俯いている透にそう言って彼女は店員にウィンクすると、店員も笑って彼女にウィンクを返した。
「確かに二千ゴールドお預かりいたします。お買い上げ、ありがとうございました。」
出されたお金を受け取って、にこやかに剣を透に渡す。
「え?あ、あの………いいんですか?」
半ば強制的に説得されたようで、戸惑っている様子の透が女性を見上げると、その女性の明るく笑っていた。
「まぁね。一五〇ゴールドくらいならどうってことないわ。それに困ってる人見かけると、つい助けちゃう性分なの。気にしないで」
陽気にそう言うと、女性は奥からやってきた別の男性の店員から、矛ではなく、特徴的な刃の付いた槍を受け取り、代わりに代金を渡すと、もう一度透に手を振って立ち去っていった。
――あの人もハンターだ…。
その女性が武器を受け取る時、透は彼女の左腕の手首にあの水晶のついた腕輪があるのをみた。
放心状態に近い透は、出て行く女性をしばらく見つめていたが、はっとして我に返る。
「あ、あの、ありがとうございました!」
慌てて透は店員に頭を下げて礼を言うと、店員は微笑んでいいえと答えた。もう一度頭を下げると、他の武器を眺めている松之介の左足を通り抜け様に蹴り、足早に店を出ていく。
なんだか、とても心の内が不思議に心地の良い気分の透が見上げた空は、もう夕焼けに染まり始めていて、空が全体的に淡いオレンジ色の空になっていた。




