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僕らの旅   作者: yu000sun
8/43

7.職業案内所

「おい、いつまで突っ立ってる気だ?」

「イタッ!」


 立ち去って行くオヤジの後ろ姿を追ってぼんやりと厨房を眺めていると、背後から突然由久が殴ってきた。


「……殴るとはどういうつもりだ!?」


 透が眉間に皺をよせながら殴られた後頭部をさすりながら振り向くと、すでに由久は、出口に向って歩いていた。


 ――コイツ、いつも突然に殴ってくるから面倒だよなぁ…――あ。


 彼の後を追いながら、ふと思いついた。

 今度、松之介に由久の弱点を聞き出そう。彼と松之介は小学校からの仲だから、何かしら弱点を知っているのかもしれない。 口元に手を添えながら笑みを忍ばせていると、透の足は出口に差し込む日向に踏み入れた。

 徐々に上に上にと昇ってきて、一瞬、目をくらませる。


「…やっぱり凄いな。」


 出口から外に出た透はあたりを見上げつつ呟いた。地面は赤みを帯びたレンガで敷き詰められ、建物は5階建ての立派なものから二階建ての物まで、多種多様に建てられている。


 その殆どが、地面と同じレンガと木材でできている。二人が出てきたここ、レストラン兼宿屋の店『ハウス・ねこ』は珍しく白壁と青々と茂った植木でなかなか新鮮だ。

 その為、隣に建っている木造建築の、横に長い家も薄い茶系の建物として、目立てずにいる。


 裏口を出ると、目の前に大きな三階建ての建物があり、その上に大きな塔が建っていた。地面からおよそ五階分ほどの高さだと透は目星をつけた。


 左斜め前方にはこの町の表通りに続いている道。右には町に住む人々の住宅街につながっている広めの路地で、さらに丁字に分かれている。

 レストランは角に立っているために、そこの角を曲がればお店の入口だ。


 透はお店の中を少しだけのぞきたいと思いつつも、二人は左前方の道を歩いて表通りに出た。


 表通りは、街の形からして大きな二つの門から繋がる一段と広くなった広場のような丁字路を合流地点に、内側と外側で流れが違う。

 外側が時計回りで内側は反時計回りだ。


 これは、時折通る物品運送用の巨大な馬車が通る道のりがそうだからで、年に数回程度にしか行われない巨大馬車の大量の物品運送は、行事の様相を(てい)している。


 街が出来たての最初の頃は、自由に道を走っていたために接触事故などが多く起こり、安全と馬車の減少を恐れた街側の人間は、急遽、道路交通法のようなものを取り立てた。


 死活問題でもあったが為か、街の人々は日常生活においてもこの流れを重視し、表通りは川が流れていくように、見事なまでに人の流れができている。


 そんな歴史があるとは微塵も知るわけがない二人は、その様子にただ圧巻し、時折通って行く中型〜小型の物品用の馬車を、さながら流されていく丸太の様だと例えた。


 後で聞いてわかることだが、実はこの街には旅人用の馬車は入れない。


 旅人達の馬車まで入り込んでくると、所々で立ち寄ってはそこで流れが塞き止められ、他の旅人達の馬車はおろか、最優先の物品用馬車までもが通れなくなるといった事態が起こるからだ。


 通りに出て、二人は人の密集率が比較的少ない道の中央――流れと流れの間を歩いていた。暫くたったころ、急に透は腕を組み、う〜んと呻き声をあげながら考え込み始めた。


「出る時に、レストランの名前見たんだけど、なんで『ハウス・ねこ』?なぜに猫?」

「さぁ?それより今は職だろ。」


 由久が今朝見つけた職業案内所を探しながら心なしに答える。


「――ハンターか……。あんな話を聞いた後だと、少し乗り気にならないね」

 透が肩を落として――由久が話に乗ってこないので仕方なく乗り換えつつ――呟いた。


「まぁな。就職者が死んだとなれば………恐ろしくもなるもんだ。就職者が増えたと言う事は、このゲームの参加者がハンターになったと言う事だが、死亡者が増えたとはどういうことだ?

 そんなに強いのか?魔物っていうのは。」


 腕を組みながら由久が真剣に考えながら言っている。


 彼が言うと何となく重いが、怖気ついているなんて思われたくないので「わっかんねぇな」と明るく答えた。その様子に由久は呆れたように首をふる。


「少しは危機感とか緊張感なんてものを持てないのか?…ん?」


 不満そうに由久がぼやいると、ふと彼の視線の先に見覚えのある風変りな店を見つけた。透その視線を追ってその店を見る。内側の方にあるその店は見るからに他のと違っていた。

 その店に吸い寄せられるように体の向きを変え、由久が足早に近づいて行く。

 逆向きの人の流れに逆らうことはできず、横を横断するような形で内側の方へ歩いてき、そこから人の間を縫うように店の方へ歩いて行く。


「ここが職業案内所?」


 風変りなお店の前についた透は看板を見上げながら声を裏返した。

 遠くからは風変わりと言えたが、近づいてみると、いやに寂びれていることがわかる。ボロではないのだが――この街で初めて見る、大きなショーウィンドのガラス越しに見る中は、薄暗く、殺伐としていた。


「ホントに…ここ?」


 中の観察を続けながら透は、不安げに聞いた。薄暗く、殺伐としているせいか、店の中はとても広く感じられる。


 店の奥にスポットライトの様に付いた一点の明かりのもとには、大きな役所で使われていそうな立派な机と谷のように積まれた二つの書類の山。わずかに光が当たる後ろには本棚と、器具が所狭しと置かれた棚があるだけだった。


「ああ。俺が張り紙を見つけたのが、ここだ」


 その言葉を聞いてもう一度看板を見上げる。案内のパンフレットの字は、何故か読めたのにこの文字は読めない。


「ここだ。間違いない」


 由久はだめだしと言わんばかりに、自信のある声で確信めいたことを言った。



「ここに張ってある紙が、職業の案内板なんだ。ほぼここで間違いが無いはず」

「そっか。じゃぁ……」


 どうせなら早く済ませたいと思った透は早速ドアノブに手をかけるが、何だかとっても入りにくい。 さっと身を退いて、お先にどうぞと由久を振りかえるも、由久はなぜか冷ややかな目で入れと顎でさす。

 散々渋った挙句、やけくそになった透は勢いよくドアを開けて中に足を踏み入れた。

 外からは分からなかったが、部屋の両壁にはずらりと棚が並んでいる。驚いたことに、奥の机に一人の眼鏡をかけた老人が居た。


 顔を上げた時に、その大きな丸眼鏡の黒光りする縁が光る。


「いらっしゃい………どんな職業をお目当てかな?」

 入り口で立つ二人に、そのしゃがれた声で話しかけてきた。


 勇気が尽きてどもる透の横を通り過ぎて、由久は軋む床を落ち着いて歩いて行く。


「『ハンター』と言う職業に就きたいんだが………」


 老人を照らす照明が足もとを照らし始めるたところで、静かに落ち着き払った声で単刀直入に言った。


「ほぅ。ハンターになりたいと………別にいいが、パーティーは、その娘と一緒か?」

 その老人は手元の書類から目を離して顔を上げると、慌ててこちらに来た透を上目使いに観察しつつ由久に聞き返した。目を細めているが、その眼光は鋭い。 


「ムス…?」

「ああ、そうだ」


 透は『娘』と言われて顔が引き攣り、口を開きかけたところで由久がそれを遮るように一歩前に出て続ける。


「そうなんだが、あとから仲間を、つまり………?――あ、いや、パーティーを増やしても大丈夫か?」


 右手のしぐさを加えつつ、左手では透を後ろに押し返していた由久は、不意になんだか妙なさわり心地にあう。 思わず後ろを振り返りそうになったが、触られた透自身それを意識してないのか、さして反応しないなので、そのままやり過ごして続けた。


 老人はその様子に、不思議そうに片眉だけ吊り上げた。


「その度に職業案内所に来るか組合の支店であるロドに申請すれば――」


 机の引き出しから厚い本を取り出した。開くと、それは実は箱で、中には金糸の混ざった白い書類を取り出す。

 青と金の飾り枠の書かれた書類には、七つの氏名欄が書かれていた。


「何人でもかまわん。だが、簡単な手続きも七人までで、それ以上になると大がかりな団体の加盟方法になり、手続きもやたら長くなる。と、それだけ注意しておこうか」


 老人の言葉を言いきると共に、その紙を由久の方へ押しやる。しばらく由久は口に手を当てて黙り込み、再び口を開くと


「あー大丈夫だ………。この職で頼む」


 静かで、慎重さが(うかが)える声の調子で答えた。透はこの漂わせる静けさに眠気を感じ、欠伸を噛み殺していた。

 老人は、「そうか」とだけ頷くと、机の上に散らばった書類を片付け始める。 書類の山を更にどかすと、机の端に置かれていたタイプライターのような機械を手元に引き寄せ、その登録用紙を入れた後、由久の目の前に押し出した。


「これは?」

「登録用の機械だ。ここに、現在パーティーを組む人間の名前――お前さんとその娘の名前を登録してくればいい」


 由久は老人の顔を見ながら、機械を手元に寄せると視線を機械に移した。あの謎の文字を打つキーが並んでいる。 いやに古いところを見ると、他の職業に就く時でも使われているのだろう。


「………………………。」


 透が後ろからのぞいていると、由久は自分の下の名前「ヨシヒサ」と打ち、行を改すと「トオル」とキーを叩いた。


「な、ちょっ…!!」


 それを見た透が反論しようと口を開きかけたが、由久の肘鉄砲が透の腹に直撃した。鳩尾(みぞおち)に入らなかったところは幸いか。


「これで終わりか?」

 後ろから恨めし気に睨み上げる透に構わず由久が聞いた。


 老人は、紙を引き抜くと、打たれた名前を見ながら、

「あぁ。これで手続きは終わりだ。あと、細かい説明をする」

と一通り名前を読みつつ答えた後、しゃがれた声で説明を始めた。



 ハンターは町から町へ移動しても――先も言ったように――ハンター用に作られた役所、通称『ロド』と言われるものが、町に一軒ずつ建てられている。

 ハンターの主な稼ぎといえば、魔物との戦闘で、特定の部位がアイテムとしての価値がある。それを引き渡せば代わりにG………ゴールドに替金してもらえるはずだ。


 アイテムの値段だが、当然ランク別の表がある。高い物ほど取り難く困難な物だ。ちなみに、ここで集められたアイテムは商人に売られるため、場所によっては直接売る手も策だ。


 倒したモンスターの数は………配られるこれ。



 老人が机の引出しから、透明で水色の水晶が付いた革ベルトの腕輪を引っ張り出した。


「この腕輪が、記録してくれる。特定の条件を満たすと装着者のハンターとしてのランクが上がり、上がるたびに色々と武器やアイテムをくれたり、特権を与えられたりもする。しかし――」


「特権?」

 由久が、説明の途中で口をはさむ。


「そう、特権だ。しかし条件もあまり簡単ではないし、最初の方は、商売に出された道具とかを一般より安く手に入れたり出来る程度だがな。――まて!」


 話終えたのか、区切りをつけて水晶を机の上に置いたので、由久がそれを受取ろうと手を伸ばしたところだった。 老人の声で驚いた様子はないが、手を止めると視線をあげて老人を見つつ、由久がゆっくりと手を引く。


 由久が手をひていくのを確認すると、老人は机の下から、何やら手袋のようなものを取り出してきた。


「今から、水晶にお前たち二人の名前を登録させる」

「え?」


 老人の言葉に透の顔に焦りが出る。


「登録するって、先ほどの名前をですよね?本名じゃなかったらどうするんですか?」

「大丈夫だ。登録する際の名前は偽名でも良い。登録に使った偽名は愛称と同じだ。ロドから名指しされる際の名前に使うくらいだからな。 水晶に登録した名前を入れた後、最初に『素手』で触れた人間の持ち物になる」


 透の質問に即座に答えると、老人が黒と水色のうねった縞模様のある、手の甲には陣の書かれた手袋を、右手にはめる。甲の陣と水晶が水色の淡い光を放ち始めた。


「まず、お前。お前がトオルでいいんだな?」


 老人が水晶をつかんで握る。淡い光が弱いそよ風を起こしながら少しだけ光を増した。老人の問いに、透は表情を曇らせながらも頷く。


「わかった。――フン!!」


 老人が水晶を強く握ったかと思うと、突然に強い風が巻き起こり、強烈な光が水晶から放たれ、手の指の間から漏れる。 あまりの眩しさに手で光を遮りつつ、何が起こっているのかという好奇心がわいた。


「ッ!……出来たぞ」


 最後に一段と強く光ったと思うと、光も、強い風も収まっていた。


 老人の差し出す水晶は淡い光を放っている。だが、まだ、何もしていない水晶より、若干濃く強い光だ。

 透は恐る恐る手を伸ばした。水晶に触れてみると、なんでもない。熱かったりするのかと思っていたが、いたって普通で、冷たいくらいだ。


「握りしめろ」


 透が怖気ついて摘まんで受け取っていると、老人がピシャリと言った。驚き半分、不思議に思いながらもつまんでいた指を上に向けて手のひらに転がす。 透は言われたとおり水晶をギュッと握りしめた。


「うわっ!?――わ、………うっ………」


 握りしめた途端に、水晶から忽然(こつぜん)と水があふれ出し、透の体を一気に飲み込んだ。足もとを水に(すく)われ、体が水中に浮く。 驚いて水晶を離そうと、力一杯に指を()がそうとするが、手の内側に強力な接着剤を付けられたように、手のひらから離れない。口から息が漏れて行き、息も苦しくなってきた。


 危なくなってもがいていると、突然、水がはじけて地面に落ちた。透もそれに伴って前のめりに膝をつく。


「くはっ……はぁ………はぁ……」

「おい大丈夫か?なんで宙に浮いたんだ?」


 息を切らしていると由久が肩をつかみ上げて立たせてくれた。


「なんでって、水が流れてきて…」

「水?あれは幻覚だ。周りを見てみろ。濡れてないだろ?」


 透が老人に質問しようとして口を開きかけると、老人が先に答えた。


 キョトンッとした表情であたりを見渡すと、床に水たまりができているどころか露ひとつない。透も同様、濡れてなどなかった。


「な、でも、今…!」


 困惑した様子で必死に言うと、退屈そうにしていた老人が、突然乾いた声で軽く笑った。


「すまない。説明を抜いた箇所があったようだ。水晶に、持ち主の登録をさせるときに水に飲み込まれる幻覚におそわれるんだった」


 そういうと、今度は由久の方の水晶を手に持とうとしていた。


「…あんた確信犯だろ」

「気にするな。幻覚くらいで死ぬやつなんざぁ、どの道ハンターにはなれんよ」


 水晶がまばゆく輝き、強い風が二人の会話をかき消した。透はただ茫然と立って、水晶に由久の下の名前が登録されていくのを眺めていた。



 一分と経たぬ間に由久の登録は終わった。透とは違い、由久は事前に何が起こるか分かっているので、彼は特に何の苦もなく、登録を終わらせてしまったのだ。


 透には、それが酷く残念で悔しく、つまらなかった。水晶の登録が終わった由久がふーっとため息を吐いていると、透は何も言わず無表情に店を出た。


 ――チッ…。あのじぃさん感じ悪っ!なんだよあれ?鬱憤(うっぷん)晴らしに心のうちで文句を叫ぶが、余計に腹立たしくなってくる。


 透は腕を組んで店の出口から二メートルほど横に置いてある掲示板の横に歩いて行った。この掲示板は、先ほど覗き込んでいた職業案内板だ。見れば、ハンターという職の他にも色々と職業がある。

 だが、それの大半が街の中からの募集だった。


「誰かさんは、選択する余地はなかったわけか。」


 掲示板の端から端まで見ていくと、いくつか外からの募集が入っている。港からでる輸送機関を海の魔物や賊から守る護衛。行商人およびその護衛。………国境の兵員募集もある。


 それでも、それらの職業は各々に特殊な限定があった。身分や、能力を証明するための試験などがあるらしい。それに比べ、ハンターは資格なしで受けられるのだから、なんともお安い職業だ。


「あ、ああ。ありがとう」


 『誰かさん』の戸惑いながらもお礼を言う声が聞こえた。どうやら店を出てきたらしい。

 店の前で職業案内の掲示板を眺めていた透が、視線を掲示板から憎たらしく見える顔へ。そこから右手の袋にへ移動していった。


「おうおう、こいつは何とも珍しいものをもってんじゃ…アーリマセンカー?」


 前半をヤンキー風に、後半は透の中にある間違った外人さんの、間違った日本語の訛り風に、由久に歩いていきつつ大きく手を広げ、大げさな演技で言ってみた。


 通りを歩く人々の一部がこちらを見ているようで、

「…すいません。人違いではありませんか?」

なんとも気だるそうに言いつつ、眉間皺を寄せてを左手を額に当て、俯き加減に空いている右手を横に振った。


「オウッソウデスカッ!?それはヨカッタネ!………で、それはなんだ?」


 二カッと笑って受け流すと、表情を一変させて言った。目を座らせて言っているが、由久には意味がないようだ。


「いやさ、あの老人が武器を買えって渡してくれたんだ。気前がいいよな――退屈を紛らわせてくれたお礼だとよ」


 由久は満足そうに笑って透を指差してきた。その先に立っている透は右頬がヒクっと引き攣るのを感じた。


「OK。じゃぁこうしよう」


 反射的に引き攣ってしまった右頬を手のひらでほぐしながら、

「…つまり、それは俺への礼金ってことになるよね?オレニヨコセ」

青筋を立てつつ必死の笑顔をして、右手を差し出す。


 由久は考える間も無く、すぐさま「却下」と答えた。


 ――………。受け取ったのが自分だからとか言うつもりじゃないだろうな?


 透は笑顔のまま固まり、笑いかけていた口は右ほほが引き攣ってさらに(いびつ)な『笑顔』になった。

 彼に言うことをきかすには、この手の方法では多少時間がいると悟った透は、さしだした右手を下ろし笑顔をやめると深呼吸した。まずは落ち着かなければ。


「フゥ………。そのお金で、マツオに武器を買ってやるんだよ。宿屋で一人留守番ってのも暇だろうし、一刻も早く三人、それぞれが戦える術を持つ状態にしておくべきだって」


 色々と関係の無い怒りは――いや、実際にお金を入手するのに貢献したので、関係無いわけではないが――取り敢えず、なるべく落ち着かせて丁寧に話した。


 由久は袋を見つめて固まっている。惜しいと感じているようで、お金をじーと見つめていたが、やがて「分った………ゴリラにくれてやるよ」としぶしぶ承諾した。


 宿屋に戻ってみると、レストランは出かけていった時より更に混んでいる。気付けば丁度ランチタイムだ。喧騒とした厨房の方からと食欲をそそられる美味しそうな匂いが漂ってくる。


「………。」

 ――そういえば、お腹すいたな………かなり。

 ただで部屋を貸してもらっているのに、その上「お腹が減ったので何か下さい。」とは言えなかった。何より惨めだと感じる。

 だがそれ以上に、透を悩ませる空腹感が悲しい気持ちを満たしていった。


「ただいま………」


 透が元気の無い声でドアを開けると、中から美味しそうな匂い………。


「!?」


 ばっと顔を上げると、ベッドの向こう側にある足の低く、長方形に広いテーブルの上に昼食の料理が。松之介は一人、本を片手に食べている。


 二人に気付くと口の中につめたパンを呑み込んでから、

「よ、遅かったな。さっき、ここの人が昼食三人前、持ってきてくれたんだ」

そう言うと、フォークで肉を一突き。口に入れてほお張った。


 あれ?なぜだろうか。涙が止まらない。


「本当に助かるよな。金が集まったらおかえしでもするか」


 横で涙を流している透を余所に、由久が感心した面持ちで言った。その言葉には、前回ももらっていますという意味も含まれていた。


「え?もしかして、前から食わせてもらってたりとかしてんの?」


 由久は軽くうなずくと、

「もしかしなくても、だ。ゲームを始める前に、注意で出たろ?餓死でもゲームオーバーって」

と言ってフンっと鼻で笑い、松之介の前のソファーに腰掛けた。


 ……あいつを焼いて食べたら食いごたえがありそうだな。 透の目が怪しく爛々と光っているのを透自身、そして食事に目をやっている二人も知ることはない。


「まぁ、お前は丸一日寝てたからな。その間の食事は透の分抜きだったな。昨日、お前が起きる少し前まで飯食ってたんだぜ?」

「道理で…」


 ――道理で体が重かったわけだ。


 部屋に入ってから棒立ちで動けずにいた透は、窓の隣にあるテーブルに近づく。松之介の隣は荷物…毛布が置かれていて座れる状況ではない。


 ――いや、座れるには座れるけど…ね?


 今日はなんだか利用されたような気がして、由久の隣は座りたくないが………それほど気にすることでもないので、由久の隣に空いている空間に座った。

 透は手元に自分の分の食事を手繰り寄せると、手を合わせて軽くお辞儀をした。


「頂きます…」


 消え行くような小さい声で言った途端にかぶりついた。 物凄い勢いで食べる透に「凄いペースだな…」と、余りの速さに唖然とする松之介。


「育ち盛りだから、サッ!」


 少し驚いた面持ちで松之介が言うので、透はパンにかぶりつきながら親指を立てつつ言った。


「育ちざかりって…ゲームだぞ?」

「透までに行かないが…一食抜くだけでも結構、腹は減るんだな」


 松之介がツッコミを入れるが、誰も大した反応はせず、透はニコッと笑うと再び食事に夢中になり、由久は透とは対照的に余裕を持って食べながら呟いていた。

 猛烈な空腹から来る透の早食いは、皿に盛り付けてあったロース、サラダ、パン、スープなどをあっという間に消し去っていった。 次々と吸い込まれていく食べ物を目にして感心していた松之介よりも、早く食べ終わった透は、満足そうにソファーに寄り掛かる。


 ふーっとため息をつくと、

「あ、そうそう松之介。これから午後、武器屋さんに行ってお前の武器を買いに行くよ」

透が切り出した。


 由久が思い出したように腰バックから袋をだして松之介に渡す。


「………んッ。これがお金。武器を買ったら早速手続きを済ませちまおう。明日、街から出てモンスター狩りだ」


 口に流し込んでいた、シャキシャキの野菜が入ったコンソメスープを飲みこんだ後、透に続いて由久が言う。


 すると、松之介は顔をしかめて、

「なんで、半日でこんなに稼げたんだ?」

 自分の分の最後に残ったパンの一切れを食べつつ、松之介が疑惑の目で二人に聞いた。


 由久は、片頬あげてニヒルに笑うと

「いや、これは稼いだんじゃなくて、職案内のじいさんに貰ったお金だ。どの位あるか、分らないから余り高いのを買うなよ」

松之介からの疑いを晴らしながら、軽くあしらうように注意する。


 その口ぶりは「俺はここに残る」といった感じだ。


 ――それはいいとして、そのお金は結果的には俺が稼いだといってもいいのではないのか?


 犠牲者になった透は横眼で冷やかな目線を送りながら思った。


「なんだ?由久、お前来ないのか?」


 立ち上がる松之介は驚いたように言った。それに続いて透も立ち上がる。


「かったるい。お前ら適当に武器買って来て。俺は少ししたら先に職案内の所に行って待ってっから」


 ひらひらと手を振り、部屋から出て行く松之介と透を見送っていた。


「――武器屋さんか………朝、歩き回った時に見つけたと思うんだよな」


 廊下に出ると、透が自信なさげに松之介の後ろでつぶやく。松之介は不運かどうか。聞き逃すことなく次の言葉も聞いてしまった。


「とりあえず、歩き回ったら見つかるよね」

「………………おい」


 その何気ない一言で始まった、街の中迷子騒動は――実際に騒いだのは松之介と透しかいないのだが――一時間以上もさ迷い、やっとの思いで二人は武器屋に辿り着いたのだった。

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