表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らの旅   作者: yu000sun
42/43

*リシア団長の一日‐前編*

修正中の本編にあまり干渉することのない話と言う事で、今回は傭兵団 団長リシアの話です

 食堂を後にしたリシアは表通りの雑踏の中を、人の流れに沿うように気ままに歩いていた。

「あ〜あ。友と久しぶりの昼食も終わったことだし、な〜にすっかねぇ……」


 大きく欠伸をしつつ、頭の後ろでに腕を組んで空を見上げる。雲が点々と浮かび流されていく。ここの街は気候が穏やかだ……季節ごとに大雨が来るが、今はその季節じゃないらしいな……。


 大陸の中央にある巨大な山脈、イクォス山脈。寒冷期には、その山脈からながれ出てくるように降りてくる寒気が、隣国のバグザの砂漠を這うように横断し、ルビナの南――大陸南端の方まで、その冬の凍てつきをもたらす。

 逆に温暖期――特に夏は、ルビナは暴風雨にさらされる。が、それ以外の季節ではほとんど雨が降らないため、蒸し暑い春から夏の間を避けて初秋に訪れれば、比較的過ごしやすい土地となる。

 あたしもこの街に来るのはまだ二〜三度だが……物資調達のためだけど、たまにはこういう『平和な』街によってみるもんだね〜……。あ、そうだ。


 リシアは(おもむろ)にポケットから通信リングを取り出すと水晶体にはめ込んで「ディグ・ランダスに」とリングに命じた。水晶体がまだ赤く成り切る前に指示を出したので、水晶体から放たれる細い光の環は一部に水色のまだら色をして広がっては消えた。赤色の煙が水晶体の中に充満するかしないうちに、俄かに強い光を発して黄色に変色する。

 それと共に応答の言葉を切り出したディグは若干不機嫌そうな声で出た。


『……はい、だれでしょうか?』

「ああ、あたしだ。今度は随分と早かったな」


 ここは……あ、『グリードの武器屋』がある。ということは……(おおむ)ね東門通りからそう遠くはないな……。

 リシアがそれとなく辺りを見回しながら言うと、リングの音声発生部から僅かにため息が聞き取れた。


『団長……なんで、一人分の料金しか言わなかったんですか?』


 悲痛に呻くような声で、ディグは無遠慮に非を責めるような口調で言った。……ふむ。最初のころはあんなに丁寧な物腰だったのに、大分砕けてきたな。


「まぁ、あれはルーさんの分だ」

『普通、後の二人の分も払いませんか? 奢るって言いだしたのは団長ですし……不足分、俺が代わりに払っておきましたよ』


 不貞腐れた様な声で話すディグの言葉に、リシアは「ああ……そうだな……」と言葉を濁した。

 突発的な悪戯程度の思いつき立ったのだが……考えてもみれば、結構酷い事をした様な気もしてきた。下らん思いつきで行動するのは程々にしないとな……。


「あたしはぁ……そのアレだ。あんたが払ってくれることを信じてたよ」

『団長ぉ……』


 ほめ言葉の代わりに、うんうんっと頷きつつ言い切りると、ため息とともに彼の情けない声が聞こえてきた。


「ディグ〜。男ならあんまり情けない声出すな? ――あたしが殺気立つから」

『そこはもう少し言い様が……いえ』


 リシアの言葉に、あんまりですよ、と言いつつ言葉を出しかけるも、かぶせるようにリシアが言った一言に、ディグは息を詰まらせるように言葉を締めくくる。


『……で、何の用ですか? また面倒事ですか?』

「そう! わかってるじゃない」

『「新人は雑用も引き受けるのが基本!」……なんですよね』

「まぁ、入団してしばらくは」


 再びため息が来ると思っていたリシアは、耳を澄ませて待っていたが、意外にも予想は外れた。「わかりました」と割と素直な返事が来た後「何をすればいいんですか?」と聞いてきたのだ。


「……チッ」

『? なんですか?』

「いや? なんでもねぇよ」


 からかい甲斐の無い……と心の内で呟きつつ、用件を思い出す。


「じゃぁ、団長命令を出す。あんたは宿に居る団員全員に命令を伝えて、あたしが戻るまでに準備を完璧にしな。いいか?」

『はい……!』


 リシアの問い掛けに、若干の緊張を含んだ真剣な声で彼は答えた。彼のことだ。律儀に真剣な顔つきで、今の返答の際に力強く頷いているに違いない。


「……ッククク」

『? 団長』

「い、いや、なんでもない……。……! ッククク……」


 そんなことをして、力強く返答するものだから道歩く周囲の人々に物不思議そうな眼で見られているんだろうな、などと考えているとつい、おかしく思えてくる。そんな様子のリシアに、訳が分からないと言った状態のディグは、「また、何か変な事させられるのか……」と心配そうにつぶやいた。


「いや、まともなことだ……――では、団長命令を通告する」

「――はっ!」


 リシアの真剣な声に、彼も改めて気合いのこもった返事をする。思わず噴き出しそうになったが、ここは何とか堪えて息を整える。


「今日中にここ、ルビナ第五番街を発つ。具体的には――……そうだな。今日の夕方、北西門外壁側の馬車駐留場に集合、遅くても日没には出発する。それまでに食糧、武具、その他、旅に関する全ての備品の準備を整えておくこと。以上だ」


 リシアが一通り命令を言い終えると共に数秒の沈黙が訪れる。僅かに、彼が暗記の為に、断片を繰り返しているのが聞こえてきた。


『……了解。命令の復唱……しますか?』

「いや、その必要はない」


 事務的な声で聞き返すディグの言葉に、即座に答えた。


「あんたなら完璧だろ?」

『……そう言えば、速筆のところも買われたんでしたっけ』

「まぁね」


 気さくに笑っていうリシアの声に、やや得意げに彼は答えた。彼女もそれに満足そうに頷く。ディグは「では、俺はこれで……」と言って会話を締めくくりに入った。


「ああ、伝令の方、よろしく頼む」


 言葉の合間の呼吸に、ディグが「はい」と短く相槌を入れる。


「……あたしは、ハンター協会に現場の到着に若干の日程の狂いが出ること、そのことをハンター協会を伝って依頼人に報告する手続き。それと……今回の街護衛の任の後始末に関する諸説の話し込みがあるんでな」

「は、はい」


 苦々しい顔をしながら、指折りに自分のやらなくてはいけないことを話していると、ディグが素頓狂な声で返事をした。「ん? なんだ、なんか質問でもあるのか?」と聞くと、「いえ、別にありません」と言いつつ「ただ……」と関心と驚きが入り混じった声で彼は答えた。


「そう言う事務的な仕事は、参謀のグリドアさんがしているものとばかり思っていたので……」

「失礼な!」


 心外だ! と言わんばかりにリシアが軽く怒鳴ると、水晶体からリシアの怒声に驚いたディグの声が漏れて聞こえた。


「グリドアが事務仕事をするようになったのも、元々あたしが全部やっていたからなんだ。今は大部分の事務仕事はアイツがこなしてくれてるけど、こういうのは団長のあたしが手続きしてるんだぜ?」

「す、すみません!」

「よーし、分かったなら良い。時間が惜しいからこれで通信終了! いいな?」

「はい! 団長、がんばってください!」


 ディグの言葉の数秒後に水晶体は発光をやめて、色は赤色に変わった。リングを引っ張り上げる。これはいくら力任せに引き抜こうとしても、煙が突起部に戻るまで、水晶体からはがし切ることはできない。リングが離れていくのにあわせて、吸い込まれるように赤色の煙が、溶け込んでいた突起部分に姿を変えていく。


「……ま、実際はあたしが事務的業務をこなし切れないから、グリドアに押し付けてるんだけどな」


 完全にリングが水晶体から抜けると、短パンの右後ろのポケットにそれをしまった。


「さ〜て。まずはロドに立ち寄っていかねぇと……」


 そう言って立ち止まっていた足を、再び歩ませるとリシアは頭の後ろ手に腕を組んで陽気に北西通りの方へ向かった。



「……あ」


 ハンター協会支部のロドにある受付で用紙に記入事項を書き込んでいたリシアは、ふとあることを思い出して思わず口から声がこぼれた。それに反応して、向きあうように受付の向こう側で事務処理をこなす受付嬢が顔を上げた。


「? どうかなされましたか?」


 濃い茶色の髪をロングカールさせたその女性は大体二十歳前後で、瞳の大きく髪の色に対しては珍しい薄い明るめのブルーグレーの瞳の受付嬢だった。はにかんだ笑顔で形式的に決まっているようなセリフを言う。


「――あ、いや。なんでもない」


 リシアは左手に持ってるペンを顎に当てながら物思いに入りかけていたが、話しかけられたことに気が付くと、愛想笑いをしつつ首を横に振った。リシアの答えに「そうですか……」と軽く首を傾げて不思議そうな顔をした。


「ただ、思い出したことがあってな――なぁ、一応ハンターに関する書類は、職業案内所でも書けたよな?」

「はい?」


 書類に再び目を落としかけていた受付嬢はリシアの問いを即座に聞き取れ切れずに逆に聞きかしながら顔を上げると、「そうですね……」と呟きつつ視線を宙に泳がせた。


「確かに書類の処理だけなら……できますね、はい。――ただ、それぞれの職業案内所の設備によっては、それも出来ない場合がありますので……」

「へ〜……。――なら、職案(しょくあん)(=職業案内所)に行って、その足で役所に言った方が早かったのか……」

「そういうこと……に、なりますね」


 自分の額をペンで突きながら書類を食い入るように見つめて呟く言葉に、受付嬢も街の地図を思い出しながら頷いた。「ふむ……」と呟きながらペンでつつくのをやめて書類の上にペンを走らせる。


「あ〜……にしても、なんでこんなに面倒なのかねぇ……依頼人の都合に一日や二日間に合わないだけなのに――あ〜、まただ」


 書きこんでいる途中でインクが掠れて文字が途切れるのを見て、リシアは不機嫌な声を出して、インク瓶の中にペンをなげやりに突っ込んだ。


「道中の遅れなら通達の必要が無いくせに、街の滞在で遅れるたびに、何かと報告しねぇといけないのはどうなんだかね」

「確かに問題視されてる点でもありますが……仕方ありませんよ」


 チッと舌打ちして再びペンをインク瓶の中に突っ込む。明らかにイライラとしてきているリシアに、受付嬢が苦笑気味に宥めた。


「ハンター協会に持ち込まれる依頼は、依頼人にとっては死活問題のことばかりですから……」

「それにしたって腹立つんだよね。今回の依頼は協会が――……このペンはあたしに喧嘩をうっとるんか?」


 インクを補充したばかりなのにも関わらず、数文字も書かない間にまた掠れ始める字をみて、手元にある真新しいペンを殺気丸出しの形相で睨みつけた。


「できたばかりの新品なペンはインクのノリが何かと悪いことが――い、今ペンを変えますので、おらないでくださいっ!」


 苦笑してどうすればいいか対応策を考えながら、取り敢えず宥めようとした受付嬢は、リシアの持っているペンが、「ミシリ……」と不吉な音を発てたのを聞いて、慌ててリシアからペンを取り上げた。

 急な事にぽかんとリシアが驚いている中、受付嬢は焦り慌てつつ、ふとリシアの書いていた書類の方へ視線を移して「あ……」とボソリと呟いて動きを止めた。


「……ん? なにかおかしな点でも?」

「え、あ、いえ……」


 リシアの書類に目をとめて固まる受付嬢に、リシアが軽く笑いながら聞いた。軽く青ざめているのが妙におかしく思えたのだ。彼女はリシアの視線に気が付いて、ハッと我に帰ると、書類から明らかに目をそらして、斜め下の机の隅に視線を落とした。


「……あ〜、これのことか?」


 なんだか妙な反応をする受付嬢にやっと意味を察したリシアは、彼女の反応を見ながら自分の書類の字を指差した。リシアの問いかけに、こちらをみて、次に指先の書類を見た彼女は、言い難そうに「そう……ですね」控えめに肯定した。


「いやぁ……あたしは旧字体の書き方で書く癖が付いてるから。横向きに字を書くっつぅのがどうも苦手でな」

「あ、ではバグザ国の――」


 パッとして明るくなった受付嬢は言いかけた所で、ハッと顔を青ざめさせ慌てて口を抑えた。射抜かれた様な衝撃がリシアの心を貫く。


「あの……も、申し訳ございません!」


 受付嬢の必死の声に、ロド内に居た他のハンターや他の職員たちの視線がちらほらとこちらに向く。


「あ〜いいって」


 泣きそうな表情で頭を下げる彼女に、リシアは無意味に後頭部の掻きつつ、苦笑気味の表情で宥めた。


「アンタに限ったことじゃない。良くも悪くも、よくある事だし――それに、あながち間違いじゃないしな」

「……本当に、申し訳ありません……」


 肩を優しく叩かれ、リシアの宥めに上体を起こした受付嬢だったが、その心痛な面持ちはリシアの眼に深く焼きついた。受付越しに、やや自分より身長の高い受付嬢の肩に手をやるリシアは、それとなく辺りに睨みを利かせると、こちらに関心を寄せる野次馬たちの視線をそらさせる。

 次いで受付に手を付き、彼女の方に身を乗り出して小声で話しかけた。


「気にするな――とは言い難いけど、あたしに関しては思いつめなくていいぜ? あたし自身それほど気にしてないし、あたしの生まれは、一応、パルミティアの田舎だしな」

「……申し訳ございません、ありがとう……ございます」

「あらら。泣かんでもいいだろうに」


 今度はポロポロと泣きだした受付嬢に参ったな……と困り顔になるリシア。一先ず書類方は置いておき、「よっ」と受付に腰かけると、彼女が落ち着くまで静かに宥めるのだった。


 暫くして段々と落ち着きを取り戻した受付嬢は、小さく「ありがとうございます」と言って椅子に座りこむと「書類は新しい髪に、私が代わりに書きますので、少しその書類を貸していただけますか?」と申し出た。

 横書きが不得意なリシアは、『これはいい機会だ』と一旦、受付から降りると書類を彼女に渡した。


「ガーディアンの討伐……」


 書類に目を通す彼女は眼を見開いて驚いた表情をし、書類からリシアの方へ視線を移した。


「まぁ、うちの団にしちゃぁ良いカモだな」

「そうですか――……そうですね」


 団長の名前と、騎士団の名を書く欄を見た受付嬢は目を細めて少しばかり記憶を探った後、納得したように頷いた。

 互いに喋ることも無くペンが紙の上をカリカリと走る音だけが二人の間に流れていく。周囲の関心もすでになくなっていた。


「……私」

「?」


 暫くして、書かれている書類の上を走る筆の動きを眺めていたリシアに、受付嬢が(おもむろ)に口を開いた。


「私、子供のころに、両親の都合で一時期だけバグザのとある町に住んでいたことがあるんです」

「……」

「今はこんなにも肌が白いですけど――国土全体の七割以上が荒野と砂漠のバグザは、噂どおり、国の治安もその国土と同じ様に荒んでいました……――子どもの私にとって日常が恐怖の連続だった。何より肌の色が違うだけでも目立ちますから。子供となると身の危険が増します」

「……」


 黙って耳を傾けつつ、書類の先に詰まるとその記述欄を指差しつつ「予定の道程に変更なし」と指示する。無言でいるリシアに不安を感じたのか、「あの……やはり、身の上話なんて――」と慌てて言いだしたが、リシアはそっと彼女の肩に手を乗せた。


「あたしが聞きたくない時は殴ってでも黙らせる。続けて」


 普段見せない優しい口調で言うと、受付嬢はどうしようか迷ったらしいが、やがてコクリと頷いた。


「……そんなある日、私はスラム街で同年代の子供を見かけたんです。始めて――というわけではなかったけど、何故かその子と仲良くなれました」

「……」

「といよりも、こんな私にでもその子は偏見を持つことなく接してきてくれたんです」


 彼女はふっと花が咲く様な穏やかな笑みをした。と、次の瞬間には表情を改めて「本部あての書類も同じ内容でいいですか?」とリシアの顔を見上げた。


「ああ……そーだな。そうしてくれると助かる」


 意識の半分は記憶の中の模索をしていたリシアは、彼女の言ったことに対する反応に少しだけ戸惑ったが、笑顔で頷いた。「わかりました」と言って受付嬢は新たに多少、欄などの位置が異なる用紙を引っ張り出してサラサラと書き始める。その様子を見ながらリシアはその探している記憶と、彼女の話に登場するその子に該当するであろう人物を絞り込み始めていた。


「とっても嬉しかったんです。人目を避け、朝早くにどこかに出かけていく両親の帰りを待つのに、常に隠れ場所を変えながら夜を待つ生活でしたから……」

「……」

「その子が私の友達になってくれると、私を異端視していた他の子どもたちも、次第に角が取れて、友達になってくれて……」

「……」

「その頃からです。あんなに怖くて、早く故郷に帰りたいと願うばかりのバグザに、両親意外と一緒にいて心が休まるのは……いえ、両親と一緒に居る時よりも、楽しくて……幸せでした」

「……そこ、団員の人数は――」

「知ってますよ。今日、初めて会いましたが、貴女の傭兵団は有名ですもの」


 にっこりと笑って答えて記述欄に正確に団員数を書き込む彼女に、リシアはある考えが芽生えてきた。……逢わせてやろうじゃない。


「人攫いをしようと、何かと目立つ私を狙う一部の大人たちの手から逃れるのに、友達になった皆が協力してくれるようになりました。恐怖の瞬間が、多くの友達と一緒に居ると何故か胸がワクワクするんです。――でも」

「……裏切った?」

「違います!」


 悲痛そうな表情の彼女に、リシアが当てずっぽうに聞くと、彼女は泣きそうな悲しい表情で「そんなことは一度もありませんでした」と否定した。その彼女の手元の書類はすでに書き上がっているが、リシアは何も言わずに彼女の続きを聞いた。


「……私は故郷に――ルビナの北西部の町に帰ることになったんです。」

「北西部の町……山岳の田舎町……だったか」

「はい。あそこはとても長閑(のどか)な町で、バグザの町に比べたら走ってでも帰りたいくらいです。――でも、私は帰りたくなかった」

「……」

「友達と離れたくなかった……! 辛くて寂しい中で出来た友達に……私は……」


 ……依存、か。


「特に、初めて友達になってくれたその()から離れるのはとても悲しい事だったんです。……故郷に帰ってから私は……」

「……」

「そんな時です。バグザの子どもたちの大半はハンターになるという事を知ったのは」

「それで、『もしかしたらその人に会えるかもしれない……』と思って協会の受付嬢に入ったんだ?」

「はい……。バグザの方へ行こうと思っても、私には国境を渡る手立てがなく、ハンターでなくても協会に入れば、支部の人事異動で国境を渡れる可能性がありますから。でも実際はそううまくいかなくって……」


 そう言って「人生、思うようにいかないものなんですね」とため息交じりに寂しげな笑みを浮かべる受付嬢に、リシアは諭すようにポンっと肩を叩いた。


「世の中意外と狭いもんだぜ?」

「え?」


 うんうん、と一人頷いているリシアに、意味が分からない様子の受付嬢は驚きと困惑の入り混じった声を出した。リシアは構わず矢継ぎ早に続ける。


「アンタ、名前は?」

「リ、リースです」

「リリース?」

「リース・ルナヴァースです!」


 少しからかうように意地悪な笑みで聞き返すリシアに、「もうっ」と言いつつ少し怒った調子の声で受付嬢――リース・ルナヴァースは応えた。


「リース・ルナヴァース、ね……」


 そうかそうか……と一人頷くリシアに、ハッとして自分の醜態を思い浮かべた彼女は、サッと顔を赤らめて「も、申し訳ございません」と小さな声で謝った。


「あ、あの、それで……貴女はもしかして――」

「いや、それはない」


 俄かに期待と緊張の眼差しで見上げる彼女に、リシアは掌を振って言った。


「あたしがいた所は、リースの話す町の状態から数段飛ばしに治安が悪いところだからな」

「そうですか……」

「それに、そこまで心に残っている友達なら、すぐ見分けつくでしょう?」

「……なんだか自信がなくなってきました」


 仕事そっちのけで話しこんでいる状況だが、それは互いに言わずにいた。リシア自身、彼女に興味を持っていた。まさか、あの馬鹿が話していたでっち上げの作り話が本当だったとは……。


「まぁそういうな? きっと一目見て分かるさ」

「そうでしょうか?」

「ああ、きっとな……」


 そう言葉を切って水晶体を見ると、今から役所に行ってすぐに集合場所に行くとしても良い頃合いの時間だった。


「あ、すみません……私の身の上話なんかで貴重な時間を……」


 再び、シュン……として悲しげな表情をするリースに、リシアは「いいって」明るく笑って返した。


「あたし的に有意義な時間だったよ」

「ありがとうございます」


 リシアの言葉にリースはクスッと笑った。


「さて……あたしはもうそろそろ行くんだけど……」

「?」


 サッと手を差し出したリシアに、手を見て、それからリシアの顔を見たリースは不思議そうな顔をした。


「ほら、手。手!」

「あ、はい!」


 やっと何をしたいのかが理解できたリースは慌てて手を出しかけたが、その手が伸びる前に早く、リシアがその手を握って引き寄せた。


「アンタも今日からあたしの『友達』――だ」

「!」


 リシアの言葉に驚いた表情でハッと息をのむばかりのリースに、リシアは念を入れる様に固く――痛くない程度に――手を握った。


「分かったな? と・も・だ・ち、だ」

「あ……は、はい……」

「あ〜泣くな、泣くな?」


 急にポロポロと泣きだしたリースに、今のはちょっと余計だったか……と、時間的余裕がないことに焦りを感じながら肩をポンッと軽く叩きつつ、宥める――が、今回は時間がかからなかった。


「す、すみません……時間がないのに……」


 泣き顔で涙をボロボロと流しながらも、リシアの手を制した彼女は泣き顔で笑みを作りながら「へ、平気です」と言って、軽くリシアを押し戻した。


「時間に余裕がないんですよね? 私は……友達が遅れないように見送ります」

「……ん。あたしとリースはもう友達だ。今度来るときは、物資の補給じゃなくて、あんたに会いに来るよ」

「……う、……うっく……」


 凛々しいという言葉が似合いそうな笑みをしつつリシアが言うと、落ち着き始めていたリースが再びボロ泣きをし始めた。時間を気にしていたリシアだったが、初めて会ってからそれほど立ってないのに、ここまで頼りにされると、なんだか急にリースが外見だけではなく内面も可愛いと思え始めた。

 何というか……そうだな。保護したくなるぜ、こいつぁ。


「んじゃ、あたしはもう行くな?」

「は、はい」


 未だにボロボロと泣き続けるルースを見て、名残惜しく思いつつも別れを告げると、出口に向かって歩き出す。


「――あ」


 受付の広めのホールから、酒場のバーと一体化した細長い廊下に差しかかったところでリシアは振り返った。


「リース!」

「?」

「信じ続ければ、いいことあるぜ?」

「……。……はいっ!」


 とどめと言わんばかりに泣きだしそうなのを堪えて、叫ぶように答えたその声は、震えながらも力強い声だった。その返事に満足そうに頷くと、リシアは振り返りざま後ろ手に手を振って別れを告げた。


「じゃぁ、またな」

「また……いつか!」



「――……、……。ディグ・ランダスに……」


 空はすでに青から白に近くなり、これがもうすぐオレンジに染まり始めていく。

 ハンター協会支部、通称『ロド』を出たリシアは早速、水晶体にリングを乗せて突起部分を押すとすぐさま呼び出しに入った。


「――……おう、あたしだ。……。いやまだ、終わってない。役所の仕事が残ってる……。……」

「それより、アイツに伝言、伝えてくれないか? クロア・ディギッスにだ。……ああ? 通信使えばいい?」

「ばーか。あいつは何かとホラ吹きで調子もんだからな。通信開くと本題に入りづれぇんだよ。……。……ああ、そうだよ、そう! 伝言だったら投げかけるように伝えてはい、おしまい、だろ? ……。……おっしそれでいいんだよ。さっすがディグ! 話がわかるな〜」


『――じゃぁ、ディギッスさんの命令はなんですか?』


 水晶体の向こうから聞こえてくる、いやに疲れた声のディグの問いかけに、リシアは不敵な笑みを浮かべた。


「北西門通りのハンター協会支部『ロド』の受付の、一番右端……五番受付の受付嬢に花束持って渡してこい――だ」

『……。……花束、ですか?』


 手短に書くものがないのか、呪文のようにブツブツと復唱するディグは、花束という言葉を聞きなおした。


「そう、花束だ。それに、五番受付の受付嬢だ。間違えるなよ?」

『わ、わかりました……。……一応に伝えますが……なんなんですか? この命令は』


 ディグの納得のいかないと言いたげな物言いにリシアはフッと笑って答えた。


「柄にもないが……『奇跡の命令』……かな?」

『……ホントしゃれにならないですよ』


 冷めた声で返すディグに、リシアはため息とともに水晶体を口元に寄せる。


「……ディグ。あたしがそっちに戻った時の覚悟はできてるだろうな?」

『!? ――すみま……』


 ディグの言葉を遮るように通信を切ったリシアは、「さてと……」と呟くと風の中に溶け込むかのような速さで役所に向かっていった。

長期にわたって更新できずに、申し訳ございません!

読者の皆様には多大な迷惑をかけてしまい、自分の能力の至らなさが身にしみます。

三学期は何かと忙しく――現在も試験中ですが――時間を見て、修正の内容と、つなぎの話数を重ねていきたいと思います。


残念ながら本編の方を進めるには今しばらく時間がかかります(汗


申し訳ございません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ