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僕らの旅   作者: yu000sun
38/43

35.酒場の一時

「まぁ、こんなものね」


 換金を終えたアーウィンは手渡された大きな革袋を少々重そうに持ちつつ、どうってことないといった顔つきで言った。

 それに比べ由久、松之介など、ほかのハンターが受け取った換金後のお金の入った革袋はとても小さかった。マツオはちょっとがっかりしているのが見て取れたが、由久はそうでもないようだ。

 用事を済ませた四人は、アーウィンを先頭に、その左隣に透、後ろに松之介と由久が付いて行く形で歩いていた。

 ロドで渡された革袋を見比べていた透は、サンタクロースの持つ袋と子供用の巾着袋みたいだと思った。もちろん、サンタクロースとはアーウィンのことである。


「まぁ、このお金もあっという間になくなっちゃうんだけどね」


 透が彼女の顔を見上げていると、はぁっとため息とともに『リシアやロインたちの胃袋に』という呟きが聞こえた。


「終わったら私のお金で食事を開くことになったの――というよりも、させられたのかな」


 三人は、特に聞いてもいないのに話すアーウィンを見つつ少し心配になる。彼女は虚ろな目で空を仰ぎつつ皮肉めいた薄い笑い方をしていた。

 暫く歩き、レストランのある通りへ続く脇道にも入らず、何かを探すように表通りを歩いていた。程無くしてアーウィンが、立ち止まると「あそこよ」と言ってとある酒屋を指差す。その酒屋には、大きな斧が立て掛けられていた。


「おお、テラス!」


 アーウィンを筆頭に中に入って行くと、中から熱気と料理のにおいと主にアルコールの匂いが鼻をつく。明るい店内は、大量の明かりがともらされている所為か、むあっとする熱気があった。敷地いっぱいにスペースがあるのか、広さがあり、大きな柱や壁がない代わりに、細い角柱の木柱が十本ほど等間隔に建っている。

 ロインと同じテーブルに座っているリシアが、手に持った大きなジョッキを振り上げ、楽しそうに叫んだ。


「遅いぞ全く! ……でもまぁ、ちゃんと約束は守るんだよね〜あの人は!」


 上機嫌の面持ちで、だっはっはっと笑うリシアに、紳士的と言ったロインは少々反応に困っているように苦笑していた。


「さぁ、三人とも一緒にいらっしゃい」


 困惑顔で出口に立っている透と松之介に彼女が言った。その表情は先ほどの虚しさが漂う顔ではなく、とても楽しげに笑っていた。


「ほら、さっさと行くぞ行くぞ」


 それでも入ることをためらっていた二人に、後ろから割り込むように無理矢理店に入った由久は、特に気にしている様子も無くスタスタと彼女の後を追って店の奥に歩いて行く。


「……ねぇ松之介。俺らって未成年だよね?」

「そうだな」

「……。ゲームならOKなのかな」

「それ言ったら……そもそも現実でないのなら、お酒飲んだところで酔わねぇよな」


 松之介が、あっと気付いたように呟くと、二人は暫く顔を見合わせ、それから黙って中に入った。

 初めてこういう場所に入る透は、料理の匂いに伴って漂う発泡酒のアルコールの臭いで透は軽いめまいを起こすような気がした。いけない。将来、本物を飲むにしても、俺は絶対に酒が弱いな。


「おーい、こっちだこっち」


 アーウィンと由久の姿が消えたあたりまで来ると、右の方から由久の声が聞こえた。見ると6人ほど座れる円形テーブルに、ロインを外した三人が座っていた。同じテーブルに居ると思っていたロインは近くのテーブルに座っていて、リシアとは丁度背中合わせだったのだ。


「じゃぁ、この二人がテラスの弟子ってわけか?」


 ビールに似た発泡酒を飲みつつ、リシアが由久、そして松之介をみて彼女は陽気にアーウィンに言った。


「ええ――彼女も一緒だけれど」


 アーウィンが誇らしげに頷いた後、透を見ると、彼(周りからは彼女)に手を差し伸べて会話の相手に誰を言っているのかわかる仕草をする。

 透はそのままアーウィンの隣に座った。


「残念な事にトオルは魔法を使うの。私じゃぁ、訓練のしようがないわ」


 アーウィンがはぁっとため息とともに肩を落とした。会話の内容から透なりの解釈をするに、松之介と由久は彼女から見て逸材と言うことで鼻が高いらしい。

 と言うことは、透を鍛えられなくてがっかりしているのか、それとも透の才能の無さに対してなのか。はたまた、彼女自身で何か思うところがあるのかもしれない。

 アーウィンが何と思ってそう言ったのか思いを巡らせた透だったが、思い当たるようなことが複数あって、結局考えないことに決めた。


「ふ〜ん」


 アーウィンの話を聞きつつ、リシアはお酒の入ったジョッキを傾けつつ、彼女の眼は透を食い入るように見ていた。


「そういう場合――そいつの素質の有無は……魔法使いに弟子入りして、師匠に教えを乞う……しかないっぽいなぁ」


 器用にお酒を飲みながら喋りつつ、中身を飲み干したリシアはふぅっとため息をつくと、肘を立てて、少し間を開けて訝しい表情で天井に視線を投げながら呟いた。


「あたしが育てた馬鹿小娘は、今頃何やってんだか知らないけど」

「えっ!?」


 その言葉を聞きもらさずにアーウィンが聞き返すと、リシアは面倒な事をしてしまったという風に顔をしかめた。


「リシア、貴女子供がいるの?」


 彼女は驚きに喜びを詰めた好奇心の表情で少しだけ身を乗り出していた。


「馬鹿、誤解するな」


 目を座らせて威嚇するように言うと、空になったジョッキを高らかに上げて『お代り!ついでに四つ持ってきて!』と叫んだ。

 あ、俺たちも飲むんだ。


「実子じゃない。弟子だよ、弟子。双剣使いとしてね」

「あぁ……形の違う剣を別々に使うスタンスって、使い手となると中々いないですものね」


 彼女の言葉にアーウィンがなるほど、と納得したように頷いた。ウェイターが新しく継がれた計五つのジョッキを持ってくると、リシアの前に置いた。

 それからの彼女たちは、三人をそっちのけで由久と松之介の弟子の自慢話に入って、それからリシアの弟子である女の子自慢話やら愚痴を話し合っていた。(『そこのトオルって女と同じくらいの年だ』と言っていた)


 お酒がすすむと次第にリシアの喋り口調が可笑しくなっていき、等々実年齢よりも幾分下であっても頷けてしまうような、女の子らしい口調になった。

 口調とガサツな態度の所為か、年上の女性だという事がわかりやすかったのか、しゃべり口調や態度がガラリと変わって、丁寧でやや大人しいといった印象を与える口調になると、もはや目の前にいる女性は、三人と同い年、下手すれば年下に思えてしまうような程であった。


 彼女らが親しげにしゃべり(時折透をからかい)お酒がすすんでアーウィンの言動や態度も崩れてくる一方で、三人は時折ロインとも話しながら談笑していた。


 お酒はビールとは味が似ているも(飲んだことのある由久の証言では)苦味が少なく、仄かに残る香りに、どちらかと言えばシャンパンに似ていた。

 『ホップなシャンパンだと思え』と由久が言うも、透はシャンパンと言えば子供用のノンアルコールのシャンパンしか飲んだことがなく、どういった感想を漏らせばいいか正直分からなかった。


 お酒を飲んでいるうち、口調が自然と『僕』に戻って行く事を感じつつ、自分の態度も以前に近い落ち着いた感じを取り戻していることに気が付いた透は、久々に二人と話している気がした。

 何故だろうか。ここに来てからは以前よりもずっと三人で話したりすることが多いのに、お酒の場で、逆に落ち着いて行くような錯覚を受ける透は、幸福感に満ちた気持ちになった。


 安らかな時間。例え、互いに話が聞こえにくいほど店の中で他のハンターが騒ぎまわっているどんちゃん騒ぎの中でも、透は素直にそう思えた。

 そんな中、ふとロドに居たハンター達、そして連想的にホールに布をかけられ整然と並べられた六人のハンター。

 彼らを思い出すと、店の真ん中で馬鹿をやっているハンターを見つつも、笑顔が引き攣るのを感じた。


「? トオルさん、どうかしましたか?」


 完全に喋り口調が変わって可愛いとさえ思えるリシアはアーウィンに話しかけようとして偶然、目にした透の表情に身を乗り出して聞いてきた。


「――? あ、いい、いえ! なんでもありませんよ」


 記憶の旅に出ていた透は、急に迫った小麦色の可愛らしい小顔(口調が変わってからそう思えるようになった)にドギマギしながら弾かれた様に身を引きつつ慌てて答えた。

 お酒でほんのり熱くなっていた顔が、急激に温度を上げていくのを感じた。


「ぼ、僕、ちょっとぼーっとしてて……驚いただけです」


 僅かに傷ついたような顔をしたような気がした透は取って付けた様な笑いをしながら付け足した。


「やっぱり子供だな〜ヨルは」

「……俺はうらやましい限りだけどな」


 透の慌ってぷりに、意地悪な顔して笑う由久に、松之介が酷く遠い眼をしつつ呟いた。


「ば、馬鹿。子供って言うな」


 からかわれて耳まで熱を帯びるのを感じながら、透は恥らいを隠しきれない顔でにらみつつ言った。その隣でアーウィンが口に手を当てクスクスと笑い、リシアに振り返る。少し何時もよりも無礼講な感じのアーウィンは松之介の表情を指差すと、リシアもハッとして二人で含み笑いをし始めた。

 松之介はシャンパンの様なビール似のお酒をチビチビと傾けながら、遠い目で一筋の涙を流していた。

 それに気づいてしまった透も思わず口元がゆるんでしまった。


 なんだろう? あれ? 今はこんな会話もたのしいや。


 取り敢えず、松之介を宥めることにした透は、落ち着いてお酒を口にすると、いいことあるさ、と言って肩を叩いた。

 すると彼は、小さい声でぽつりと『男のお前に慰められても嬉しくない』と何時もは言わなそうな本音の本音を漏らした。



「ああ、そういえば」


 アーウィンとのリシアの会話が再び彼女の弟子の話に戻ったとき、晴れ渡った表情で胸元の前で手を合わせた。

 アーウィンが少し驚いた顔をする。


「そういえば、トオルさんにはお師匠が欲しいと言っていた気がしますが……なら、ハイウィンドさんに頼んでみればどうでしょうか?」

「ええ? でも彼はサーチャーだから、弟子をとれないと思うけど……」

「いえ、彼自身に頼むのではなく、彼の親戚に弟子入りするんです」


 リシアの言っているあて(・・)がどこにあるのか見当が付かないアーウィンは怪訝な表情で「どういう意味?」と首を振った。親戚と言うと、南の大陸まで渡ると言うことか?


「ハイウィンド・アスヴァイター。アスヴァイターと言えば、有名な魔法使いが居るじゃないですか」


 リシアは瞳に力をこめて言った。暫く思い当たる節が見つからなかった様子のアーウィンが、急に空を仰いでいた目がとまり、そろそろと表情が驚きに満ちていった。


「――っ! 賢者、ボストン・アスヴァイター!?」


 彼女は思わず目を見開いてリシアを見た。リシアはそうです、と喜々とした表情で頷く。


「トオル! 貴女に提案が――」

「Zzz……」


 思わぬあて(・・)が見つかり、アーウィンが急いで振り返ると――松之介と透がテーブルに突っ伏して寝ているのであった。

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