27.街の役人
薄暗く広い部屋。小さく空いた穴の様な二つの窓がある。
男は煙たそうにせき込みながら、カーテンの代わりに近くにあった、使われなくなってずいぶん経っていると思われる絨毯を片方にかけた。
外からの昼を過ぎた明るい光が、絨毯を通して茶色と白い光の模様を見せる。照らされた床は、滲んだように淡く陽の枠を作っている。窓と床の間にある光の街道の中を、宙を旅した埃が白く照らされながら横切って行った。
その窓の脇にある何も入っていない本棚には、その下の方の隅に、端に追いやられたように数冊の本と雑貨が置かれていた。
「これも、つかわせてもらおうか」
先程の絨毯が置かれていたところにもう一枚絨毯を見つけた男性は、乱暴にその紺色の絨毯を持ち上げると、埃が煙のように舞い上がった。
大きく吸い込んでしまった男性は眉間にキツく皺を寄せ、咽てゴッホゴッホと苦しそうに咳をした。透は部屋の真ん中に置かれた小さい机の傍らに座り、その様子をランタンのオレンジ色の光の向こう側から黙って見ていた。
ここはレストラン「ハウス・ねこ」の二階にある倉庫。エルフィンの使っている向かい側の部屋がそうで、透から左の壁に階段がある。そこから屋上に出られ、洗濯物を干したりするのだ。暗がりで見えない所にも多種多様な物が置かれている。だが、その多くは布を被されてあった。
何故、そんな部屋に来たのかは、彼が『話があるのだが、人に聞かれることの無い所で話がしたい』と申し出て透を連れていこうとした時、エルフィンが咄嗟に早口口調で『なら、二階の物置をつかってください』と言ってこの部屋に案内したのだ。
「ゴホッ!…さて、これで――ゴホンッ!――これで、良いだろう」
男性は目に浮かべた涙を拭うとこちらに振り返った。距離があるランタンの灯が、彼の堀の深い顔に淡い濃淡をつける。
真ん中で分けた前髪…埃をかぶっているような鈍い銀髪の髪は、流れる様に綺麗に整えられている。
透たちの世界で言う外人の――白人に多いその顔は、更に生乾きの上質な紙粘土で作ったかの様に青白く、灰色を滲ませたような青い瞳が、ランタンの中で揺れる灯を受けて、その瞳の一部に透明感のあるオレンジの輝きを放っている。
咳き込んでハラリと降りてきた前髪を指で跳ね返している男に、緊張からか透はどことなく僅かな恐れを抱いていた。
「――で、用件はなんですか?一体、僕に何の用です?」
透は落ち着いた様子を装いながら、内心恐々と聞いた。その心は隠しきれなかったようで、少しだけ声がかすれ、その調子に震えが入る。
それでも、完全に心を折られまいと、訝しげに彼を見つつ、透は思った。一体、街の役人が自分に一体何の用だろう?
その時、透の心の内で『下衆どもの笑い』と称して言い様な卑しい笑みを浮かべた男たちが脳裏を横切った。…ハンターや街の若者たちに関してのことか?
動悸がする。最近の透は、彼らを返り討ちにするために街に多少の損害を与えていた。昨日、吹き飛ばした男が噴水の一部を粉砕してしまったばかりだ。
あの後、透は壊した噴水を直してから帰ったのだが、やんややんやと喝采を受ける中、白い目を向けられていることも感じていた。
「…街の治安、に関してですか?」
透の声は一層、震えが走るようになった。彼には見えないとは思うが、机の下で膝の上に重なっている手は、緊張で微かに汗ばんていた。
「んまぁ…」声が少々甲高い彼はわざと少し声を低くして応え、手を組み、腹の位置に携えてこちらに歩み寄ってきた。
一歩踏み出すごとに照らされる部位と影の濃淡が強まる。
「それもありますが――それは私の役目ではありませぬ。後に町長自ら…御呼びが掛かるでしょう」
御呼びがかかる。その言葉に透は全身に寒気、また、焼かれる様な暑さを交互に感じた。動悸がさらに早まった。
「それよりも――私は最初、君に『手伝ってもらいたいことがある』と言いませんでしたかな?」
その声には苛立たしさを感じ取った。彼の視線を身に受け、最初は敵意かと思っていたものは、次第にそれは嫌悪感だという事がわかった。
「そうでしたね。なんですか?」透はあろうことに『開き直った』様に怠慢な態度で聞き返した。
少しでも冷静であれば、それはしてはいけない事だという事がわかったはずだ。
だが今、透は少しでも自分の心情を悟られないようにと誤魔化すことで精いっぱいだった。
透が、自分が誤った言動と態度を取ってしまったことに気が付いたのは、言葉を発した後に漂う、耳が可笑しくなったかのような沈黙が流れた時だった。
「…ハンターに依頼以外で『手伝い』があるのかね?」
ぎらりと見開いて睨みつけた後、腹から押し出すように低い声で言った。男はすでに唇を動かしていなかった。透はビクッと体を揺らした後、顔色は瞬く間に青白くなっていった。
彼の緊張の張った唇の下で力一杯食いしばられているであろう歯が、わずかに開いた唇からその姿を覗かせる。
「これだからハンターと言う奴は…」男はため息をしたのち、不愉快そうに塞がれて淡い光を放つ窓に視線をむけた。
下の…レストランで声をかけられた時の人物像からは一切、想像することのできないその変わりように、透は紛れもない恐怖を抱いていた。
「――ここから北方の地点から魔物の群れを察知した」
何かを己の内に押し込むように黙った後、静かに言った。若干その声には不快だという響きが残っていたが、先ほどよりもよっぽど冷静であった。
「これより夕方五時〇〇分、役所一階、左翼の棟にある会議室でこの街にいるハンター全員を集めた、魔物撃退の為の集会を行う。現時刻は…」
男は左ポケットから淡い黄色の光を放つペンダントを取り出した。右手でその水晶部をなぞると、一段と強い光を放ち、男はその水晶の中を目を細めながら読みとった。
「一時五六分。遅くても四時五五分には会議室に来たまえ………無論、グループメンバーである『ヨシヒサ』『マツノスケ』もだ」
キビキビと言い放つと男はさっとペンダントをポケットに戻すと、スタスタと透の脇を通り過ぎ、出口の扉に手をかけた。ふと、透は彼に、何かしらの反撃を加えたいという、抑えがたい衝動に駆られた。
「あの!」
透は咄嗟に立ちあがり、男に向かって叫んだ。扉をあけ、廊下から回りこんで入ってくる昼間の光が、男を暗い影のシルエットにする。
影が振り返った。墨汁をブチまかれた様なくらい顔は眉間にしわを寄せた。
「なんですかな?」
低められた、元甲高い声は耳に残る尊厳さを思わせるような耳に残る声だ、と透は思った。
「あのこれ…態々こんな風に面倒な手を打つほどの――」
「フッ………君は分かってないようですね?」
背筋に寒気が走るほどの強い蔑んだ声が透を絶句させた。
「ハンターと街の依頼、契約は、その場に役人とハンターと言った関係者だけの空間でするものだと、私は心得、また常識だったはずだと思いますが――」
「可笑しいですわね?役人にしては非常識の貴方が常識を語るなんて」
廊下の方から女性の嘲る声が聞こえ、嫌味な笑みを浮かべていた男は瞬時にその声のした方をみた。
その途端、男の目がわずかに見開かれたのを透は見逃さなかった。
続きが気になる様な書き方を勉強中です。
難しいですね文学。…これも文学に入るでしょうか?




